表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/83

第32話 サクラブレンド


 クリスマスキャンドルの火がゆらめく中、陽一がゆっくりと語り掛ける。


「さて……吉野くん、といったかな?」


 俺は背筋を伸ばして返事をした。


「あ、はい」


 桜井さんのお父さんはグラスから手を離しながら、穏やかな声で続ける。


「まずは――こうやって身体を張ってまで、僕たち家族のことを考えて動いてくれたことに感謝する。これはもちろん、松野くんや梅宮さんにもだ。本当にありがとう」


 そう言って、深く頭を下げた。


「い、いえ! こうやってまた家族が和解してくれたみたいで……よかったです。お父さん」


 思わずそう言った瞬間――。


「君に“お父さん”と呼ばれる筋合いはないがね」


「あ、はい」


(距離感、難しいな)


 なぜか桜井さんは隣で顔を赤くして俯いていた。


 桜井さんのお母さんがそれに気づき、柔らかい声を出す。


「澪……私、あなたの変化にもまったく気づかないくらいに、仕事ばかりだったわ。本当にごめんなさい。

 なんだか、やっと目が覚めた気分よ」


「お母さん……」


 春香はそっと手を伸ばし、娘の肩に触れる。


 その光景を見ながら、俺は思わず微笑んでいた。


「よかったな、桜井さん。お母さんが戻ってくれたみたいで」


「うん……」


 ほんの少し涙をにじませながら、彼女がうなずく。


 すると、今度はお母さんが俺に視線を向けた。


「あなたに“お母さん”と呼ばれる筋合いはないけれどね」


「あ、はい……」


(だめだ迂闊にしゃべれねえ……)

 

 その様子を見ていた梅宮さんが、後ろで小さくくすっと笑った。

 おそらく、このやりとりも“桜井夫妻なりの冗談”なのだろう。


 リビングに笑い声が広がり、先ほどまでの冷たい空気は、もうどこにも残っていなかった。


 笑いが落ち着いたところで、俺はそっと立ち上がった。


「……それじゃあ、部外者はそろそろ帰ります」


 そう言って軽く頭を下げる。


 すると、お父さんがすぐに手を上げて止めた。


「まぁまぁ。せめて僕が淹れるコーヒーを飲んでいってくれないか? 君が持ってきてくれたクリスマスケーキもあることだし」


「え、でも……いいんですか?」


「娘はやらんが、借りは作りたくないしね。さぁ、座っているといい」


(なんだこの人)


 そして、やっぱり桜井さんが顔を真っ赤にして俯いていた。


「お、お父さん……!」


 母がそんな娘を見て、ふっと笑みを漏らす。


「待って、梅宮さん。このクリスマスケーキは私が切るわ。あなたも座っていて」


「あ、はい。では、お言葉に甘えて」


 母は立ち上がり、キッチンへ向かう。白いケーキの箱を開け、ナイフを手に取る。

 握り慣れていない手つきで、たどたどしくナイフを動かすその姿が、どこか微笑ましい。


「懐かしいなあ。昔はこうだったよね」


 そんな親子二人の姿を見て、梅宮さんが優しく言う。


「どんな取り寄せた高級なケーキよりも、こういうケーキの方がいいですよね」


「確かに」

 松野さんがうなずく。


 その一方で、父は静かに立ち上がり、キッチンの奥の棚を開ける。そこから取り出したのは、見覚えのある銀色のドリップポットと、桜の花をあしらった木箱だった。


「――サクラブレンド、ここでこれを使うのは久しぶりだな」


 豆を計りにかけ、正確にグラム数を量る。


 無駄のない動き。


 お湯を沸かすタイミング、フィルターを湿らせる手際。


 そのすべてが、カウンターに立っている“店主”の所作だった。


 お湯を注ぐと、ふわりと香りが広がる。


「わー、いい匂い」


「本当だな」


 桜井さんと俺がそう反応した。


 母もケーキのナイフを置き、その香りを吸い込む。


「……懐かしい。変わってないのね、この香り」


「味は少し変えたよ。今の自分に合わせてね。」


(プロって、こういう人のことを言うんだな)


 香ばしい香りがリビングを満たす頃、カップが六つ、丁寧にテーブルへと運ばれる。


「――できたよ。サクラブレンド。久しぶりに飲もう。みんなで」


挿絵(By みてみん)


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ