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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

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第31話 家族


 ナイフとフォークの音が、リビングに響いていた。


 先ほどまで張り詰めていた空気が、柔らかくなっていく。

 テーブルの上には、ローストチキンの香ばしい匂いと、グラタンの湯気。


挿絵(By みてみん)



(……俺、なんでここに座ってるんだろうな)


 桜井家の家族のテーブルの端で、俺はちょっと居心地の悪さを覚えながらも、梅宮さんが別途用意してくれたナイフとフォークを手に取った。


「どうぞ、吉野さん」


「あ、はいありがとうございます」


 皿の上には、桜井さんが作った料理が並んでいる。

 見た目からして本格的だ。香りも、食欲を刺激する。


 意を決して、ひと口。


「……お、おいしい」


 思わず声が漏れた。

 フォークを置いて顔を上げると、桜井さんが心配そうにこちらを見ていた。


「ほ、ほんとに?」


「ああ、ほんと。めちゃくちゃうまいよ、これ」


 彼女の顔がパッと明るくなる。


「よかった……! うれしい!」


 そのやり取りを見ていた桜井パパが、微笑を浮かべてフォークを手に取った。

 桜井ママも、少し迷いながら同じように皿に手を伸ばす。


「……うむ。美味しいよ、澪」

「本当ね。私なんかよりずっと上手。……あなた、こんなに料理ができたのね」


 彼女は照れくさそうに笑って、指先で髪をいじった。


「えへへ……あのね、実は前から、梅宮さんに色々教えてもらってて。時間があるときに一緒に練習してたの」


 梅宮さんが嬉しそうにうなずく。


「お嬢様はとても覚えが早くていらっしゃいます。私も改めて勉強させてもらっています」


 桜井さんのお母さんは目を見開いた。

 その表情に、少しだけ“母の顔”が戻っているように見えた。


 桜井さんのお父さんが、ふと手を止める。


 懐かしむように、どこか遠くを見る目で口を開いた。


「なぁ、春香、澪。……そういえば昔、三人で“SAKURA COFFEE”の最初の店を出した頃も、こんなふうに一緒に食べたな」


 その言葉に、母・春香の動きが止まる。


 しばらく黙っていたが、やがて言葉をつなぐ。


「ええ。……あの頃はまだ、夢ばかり見てたわね」


 そう言う表情は、柔らかい。


 過去の記憶に触れた瞬間、肩の力が抜けたようにも見える。


 桜井さんがフォークを持ったまま、うれしそうにうなずく。


「うん。あの時は楽しかった」


「澪……」


 母が娘の名前を、まるで何年ぶりかのように優しく呼んだ。


 その声に澪が顔を上げ、目が合う。


「そういえば……こうやって家族で食事なんて、どれくらいぶりかしら」


「そうだな……」


 父がうなずく。

 フォークを置き、ワインのグラスを軽く持ち上げた。

 その指先がわずかに震えていたのを、俺は見逃さなかった。


「せっかくだ。久しぶりに……家族で乾杯しよう」


「うん!」

「そうね」


「ほら、吉野くんも! 松野さんも、梅宮さんも!」


 桜井さんが明るく笑って、テーブルの端を見回す。


「遠慮することはないよ」


 お父さんがにこやかに言う。


「では、私と梅宮さんはお茶で」


「はい。吉野さんの分もすぐお持ちしますね」


 梅宮さんが手際よくポットから湯を注ぎ、透明なカップを六つ並べる。


「じゃあ――家族と友人達のクリスマスに。乾杯」


 六人のグラスが音を立てて触れ合った。


 久しくこの家にはなかった“音”だったのだろう。

 桜井さんの見たこともないような楽しそうな表情がそれを物語っていた。


 ――そして、しばらくの間、誰もがその食卓を素直に楽しんだ。


 ふと、母がグラスを置いて、娘の顔をじっと見た。


「そういえば澪。あなた、少し雰囲気が変わったわね」


 驚いたように瞬きをする。


「え、そうかな?」


「うん。なんていうか、前よりずっと……明るくなった」


 父も笑みを浮かべてうなずく。


「確かに。眼鏡はやめたのか? 髪も短くなったね。大人っぽくなったよ」


「えへへ……コンタクトにしたの。髪は、ちょっと気分転換で」


「似合ってるわ」


 母の言葉に、澪がぱっと笑う。


 そのやり取りを、俺は黙って見ていた。


 つい数時間前まで冷え切っていた家に、今はぬくもりが戻っている。


(――よかった。ほんとに)


 外ではまだ雪が降り続いていて寒いけれど、ここはそうではなくなっていた。


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