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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

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第24話 本音はやっぱりあの場所で


 時は冬休み前の朝。


 教室は、どこか浮ついた空気に包まれていた。

 プレゼントは何にするとか、どこのイルミネーションが綺麗だとか、そんな話題があちこちで弾んでいる。


 そのざわめきの中心で、桜井さんが目立っていた。


 髪は肩の上でさらりと揺れる長さに切られて、前髪も少し短い。コンタクトレンズに変えた彼女は眼鏡はしていない。

 笑ったときに見えるその目元が、前よりずっと明るい。みんなの言う通り、たしかに印象が変わった。


「桜井さん、なんか雰囲気変わったよな」


「急に垢抜けたっていうか……」


 周囲のひそひそ声が耳に入る。俺はノートをめくる手を止めた。


(桜井さんが変わったのは、たしかだ。――でも、それが“良い変化”だけとは限らない)


 キーンコーンカーンコーン――


 チャイムが鳴って、短い休み時間。

 プリントを職員室へ持っていく用事で廊下に出たとき、前方で立ち話をする三人が目に入った。


 桜井さんと、他クラスの男子が二人。

 ふたりとも軽そうな笑い方で、スマホを掲げている。


「さ、電話番号教えてよ」


「ラインのアカウント交換でもいいし、どっちでも。ね?」


 桜井さんは困ったように笑って、視線を泳がせた。

 ――こういう言葉をかけられ慣れていない、彼女のそんな戸惑いが表情に滲む。


 足が勝手に前に出た。


「おいおい、君達。休み時間に不純異性交遊はいかんなぁ」


 わざとらしく咳払いして、ふたりの間に割り込む。


「吉野くん!」


 男子の片方が露骨に顔をしかめた。


「なんだよ、お前には関係ねぇだろ?」


「そうそう。俺ら別に――」


「いーや、おおいに関係がある。俺はこの人と同じクラスのクラス委員だからな」


 プリント束を胸のあたりで持ち上げる。

 男子たちは顔を見合わせて、肩をすくめた。


「……おい、めんどくせぇし、行こうぜ」


「はいはい。じゃ、またね桜井さん」


 手をひらひら振りながら、足早に去っていく。

 廊下に冷たい風が通り抜け、残ったのは俺と桜井さんだけだった。


「ふぅ、助かった。ありがとう……吉野くん」


「ったく、ああいうやつらのあしらい方も、これからは覚えていかないとな」


「うん……そうだね」


 近くで見ると、髪を切ったせいか頬のラインがよく見える。明るくなった印象の裏で、目の奥だけがほんの少し疲れていた。


 俺はプリントの角を揃えながら、言い直す。


「えーっと、それとクラス委員として……いや、これはクラスメイトとして聞くけど」


「うん?」


「今日は上の空じゃないか? なにかあったのか?」


 桜井さんは、一拍だけ間を置いて、柔らかく笑った。

 作り物の笑顔じゃない。けれど、どこか無理が混じる笑い方。


「なんでもないよ」


 そう言うと、胸の前でそっと髪を整える仕草をした。

 新しい髪型に触れながら、指先が少しだけ震えているのが見えたのは――俺の気のせいだろうか。


(変わりたい、っていう気持ち。わかる。だけど、なんだろう、どこか彼女からは焦りを感じる)


 窓の外では、冬の陽が白く鈍く光っていた。


 昼休み。弁当のふたを開けた途端、前の席の大島さんが身を乗り出していた。


「やっぱ、澪っち、最近キラキラしてるよね〜! 髪切ったの正解すぎ」


「わかる。教室の空気すら、ちょっと変わった感じあるよな」

 橘海斗もうなずく。


 当の桜井さんは「そうかな」と笑って、箸で整った形の卵焼きを割った。


 その笑顔は柔らかいのに、どこか遠い。ピントがひとつ奥にずれてるみたいだ。


 コンビニで見る時の桜井さんの笑顔と微妙に違う。俺には、いや、多分俺だけしかそれはわからないんだろう。


「ねぇねぇ、みんな! 前言ってた冬休みの勉強会だけど、みんなこれそう?」


 それに橘が続く。

「もちろん俺は行けるぜ! な、大河?」


「あぁ、俺は別に構わないけど……桜井さんは大丈夫なの?」


「うーん、わかんない。……ちょっと予定が詰まってて。ちょっと家族に相談してみるね」


「あー、澪っちは習い事とか家庭教師とか色々やってるんだもんねー。でも冬休みの一日くらいなんとかなるといいのにね」


「うん……」


(そういや、“これから学校でやりたいことをお母さんと話す”って言ってたっけ。もしかしてそのことか? いやもしかしたらもっと別の……)


 チャイムの五分前。


 弁当と移動した机を元に戻しながら、俺は教卓へ向かう。

 担任に頼まれたプリントの束を受け取って、列ごとに配っていく。


「はい、前から回して——」


 最後の列。桜井さんの机の横で、束の角を揃えながら声を落とした。


「なぁ、今日の夜……コンビニ、来ないか?」


「え」


「息抜きにさ。うちに新しいブラックコーヒーが入荷したんだよ」


 我ながら不器用な誘い方だ。けれど、理由を並べすぎると、かえって重くなる。


「……うん。わかった」


(もし彼女の悩みの種が家のことなら、俺にできるのは大したことじゃない。けど——)


 ――あの夜のコンビニなら。


 あの時間の俺と彼女なら。


 言えないことのひとつくらいは、言葉になるかもしれない。


 

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