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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第2章 アンバランスな三角関係編

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第20話 どっちが主人公だか


 「ここのコーヒー、おいしかったですね澪さん!」


 「だね」


 カフェを出たばかりの私たちは感想を共有しあった。


 続けて私は思いきって切り込む。


「さっきは話が飛んじゃいましたけど――うちの兄のこと、どう思ってます?」


「え、吉野くんのこと?」


「そうです!」


「えっと……吉野くんには内緒にしてくれる?」


「もちろんです! 女と女の約束です!」


 澪さんは目を瞬かせ、少しだけ前髪をいじった(可愛い)。


 照れ隠しみたいに俯きながら、ゆっくりと言葉を選んでいるみたい。


「吉野くんには色々とお世話になりっぱなしで、すごく感謝もしてるし……その、仲良くなりたいなって思ってるよ」


「それは、ただのお友達としてですか? それとも異性として……ですか?」


 いくら私でも、この質問には少し勇気がいった。


 でも、ここで聞かなきゃ絶対に後悔する。


 だって――桜井澪さんって、こうでもしないと本音を話してくれなさそうなんだもん。


 澪さんはしばらく黙り込んだあと、コートの袖をきゅっと握って、ぽつりと漏らした。


「吉野くんは頭もいいし、目標もあってすごい人だもん。私なんかじゃ、きっと振り向いてもらえないよ」


 ……本音が出た!


 よし、聞けた! ここからが私の出番だ!


「澪さんっ!」


 私は思わず彼女の手をぱしっと取った。


「え、えっ!? 瑞希ちゃん、ちょっと!?」


「こっちです! さ、行きますよ!」


 澪さんの戸惑いをよそに、私は手を引いて駆け出した。


 通りを抜けて、専門店街の方へ。冬のショーウィンドウにはセールの文字と、きらめくライトが踊っている。


「はぁ、はぁ……そんな走らなくても」


「さぁ、着きました!」


「ここって……服の専門店街のエリアだよね?」


「そうです! ここで今から――澪さんを変身させます!」


「へ、変身……!?」


 澪さんが目を丸くする。

 私は胸を張って宣言した。


「将来スタイリスト志望の私に、ぜーんぶ任せてください! 今日、澪さんが変わるきっかけを私が作ります!」


 冬のモールに流れるポップソングと、きらびやかな照明。

 まるで映画のワンシーンみたいに澪さんの瞳がきらりと揺れた。


「……瑞希ちゃん。ど、どうしてそこまでしてくれるの?」


「うーん……なんででしょう。でも、なんとかしたいと思ったんです!」


 澪さんは驚いたように瞬きをして、それから今日一番の笑顔を見せてくれた!


「あはは!」


「どうしたんですか澪さん!?」


「ふふ、ごめんごめん。でも、なんだかそういうとこ、吉野くんに似てるなって」


「そうです! 家族揃ってお人好し家系なんです! さ、行きますよ澪さん! まずはそこのお店からです!」


「うん!」


 私たちは並んでアパレルショップの中に入った。


 木目調の床に、淡い照明。壁際にはマネキンが並び、冬物のコートやマフラーが整然と並べられている。

 店内には柔らかな音楽が流れていて、背伸びした世界の空気が漂っていた。


「うわぁ……かわいい。こういう場所、あんまり来ないんだよね」


「ですよね! 澪さんのファッションって、どっちかというとナチュラル派ですよね。落ち着いた色とか、無地が多い気がしますし」


「うん。昔からいつも“無難なのが一番”って言われてきたから」


 澪さんが寂しそうに笑った。

 私はその横顔を見ながら、ハンガーを一つ手に取る。


「じゃあ、今日からは真逆でいきましょう!」


「ま、真逆?」


「そうです。澪さんの“かわいい”を、私が見つけます!」


 私はショート丈の白いニットを手に取って、彼女の胸元の前に当ててみる。


「ね、これ絶対似合いますって。澪さん、肩のラインきれいだから!」


「え、えぇ!? こ、こんな可愛らしいの……!」


 頬を真っ赤にして慌てる澪さん。(可愛い)


「……どうですか?」


「うん……悪くないかも。こういうの、着たことないけど」


「ですよね! じゃあボトムは……うーん、このピンクの刺繍が入ったプリーツスカートなんてどうです? 派手過ぎないギリギリを攻めましょう!」


「瑞希ちゃん、本当に詳しいね」


「当たり前です! “スタイリスト瑞希”ですから!」


「頼りになる!」


 ふたりで笑い合う。


 澪さんの表情がさっきより柔らかくて、なんだか私まで嬉しくなっちゃう。


「澪さん、やっぱり笑ってる顔が一番似合います」


「そうかな? ありがとう、瑞希ちゃん」


 その瞬間――私は確信した。

 澪さんは本当は“変わりたい”と思っている。ただ、きっかけがなかっただけなんだ。


 会計を終えた澪さんが、両手に紙袋を抱えてお店の外へ出てきた。

 

「瑞希ちゃん、ほんとにありがとう。なんだか、着るのが怖いけど」


「大丈夫です! 私が付いてます! よし、次行きましょう!」


「え? つ、次って?」


「今度は澪さん“自身”を変身させます!」


「え、えぇぇ!?」


 私の宣言に、澪さんは目を丸くした。


 けれど有無を言わせず、私は彼女の手を取って再び歩き出す。


 エスカレーターを降りると、そこはモールの一角にある美容室エリア。

 ガラス張りの店内では、ドライヤーの音とヘアミストの香りが混ざり合い、明るい照明が鏡の中で何度も反射していた。


「こ、ここって……」


「今人気の美容室です! さっき澪さんのお会計待ってる間に電話して、空きがあるって聞いたんです!」


「す、すごい手際の良さ……」


「段取り力は私の取り柄ですから!」


 私は受付のスタッフに名前を伝え、あっという間に手続きを済ませる。そのまま澪さんをセット面へ案内した。


「さ、座ってください!」


「……う、うん」


 澪さんはおそるおそる椅子に腰を下ろした。

 周りの鏡に自分の姿が映るたび、どこか落ち着かない様子で指先をいじっている。


 後ろから、美容師さんが柔らかい声で話しかけた。


「こんにちは。あら、可愛らしいお嬢さんね! 今日はどんな感じにしましょうか?」


 私はすかさず身を乗り出す。


「えっとですね! ちょっとだけ大人っぽく見える感じでお願いします!」


「ちょ、ちょっと瑞希ちゃん!? わ、私まだ心の準備が――」


「大丈夫です! 任せてください!」


 美容師さんが笑ってうなずく。

 「じゃあ、前髪を含めて髪の長さを少しだけ短くして……ミディアムくらいかなあ」と言って、ハサミを手に取った。


「は、はい」


「そうですよ! 澪さんは目がおっきくて綺麗なんですから、もっと見せた方がいいです!」


「……うん、わかった!」


 しゃき、しゃき――。


 規則的な音が響く。


 鏡越しに見える澪さんは、緊張しているようで、それでも少しずつ表情が和らいでいく。


「澪さん、髪きれいですね。艶があってうらやましいです」


「え、あ……ありがとう。特別なことはしてないけど」


「あ、じゃあ私、終わるまで外で待ってますね!」


「うん、ごめんね」


「気にしないでください!」


 鏡の中で澪さんは、自分の変化を見つめながら、どこか夢を見ているような目をしていた。そんな姿を見た後、私は一旦外に出た。


 私は外の空気を胸いっぱいに吸い込む。


「ふぅ。あと少し!」


 澪さんの“変身計画”は順調。

 仕上がりを待つ間に、次の段取りを考えようとしたそのとき――


 視線の先、向かいの通りを歩く人影に目が留まった。


「……あっ! お兄ちゃん!?」


 思わず声を上げると、その人――吉野大河がきょとんと立ち止まった。


 兄は周りを見渡して、私の姿を見つける。


「あ、瑞希……! なんだよ、こんなところで」


「それはこっちのセリフ! お兄ちゃんこそ、なんでモールに?」


「え? いや、その……お前が“たまには外に出ろ”って言ってただろ? 暇つぶしにな。ま、ついでに欲しかったゲームと参考書を買いに来たんだ」


「ふーん、怪しい……」


「なんだよその目は。いいだろ俺がどこに居たって」


「あ!」


 私はにやっと笑って、指を立てた。


「もしかしてさぁ――澪さんのこと、気になってきたんじゃない?」


「なっ……なんでそうなる! んなわけないだろ!」


 反射的に兄の声が裏返った。

 あ、図星っぽい。


 これはチャンス!


「そういや桜井さんは? いないのか?」


「澪さんは今……うーん、内緒かな!」


「は? なんだよそれ」


 私は一瞬考えて、ある“いいこと”を思いつく。


「あ、そうだ! お兄ちゃん、どうせこのあと暇でしょ?」


「いや、別に暇ってわけじゃ――」


「なら決まり! 午後四時に中央広場の噴水前に来て!」


「話を聞いてくれないよこの妹! なに言ってんだよ、せめて説明しろよな」


「いいからいいから! 絶対だよ!」


 お兄ちゃんは完全に私にペースを崩されている。そして私はニコッと笑って念を押した。


「すごいのを見せてあげるから!」


「……?」


「来てのお楽しみ!」


 首をかしげながらも、結局お兄ちゃんは私の勢いに押されてうなずいた。


 ――午後四時。ショッピングモール内の中央広場の噴水前。


 そこで、“運命が動き出す”。私にはそんな直感があった。


 あ、これはさっきみた映画のナレーションね。

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