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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
最終章 サクラ色の春休み編

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第118話 もう一仕事

 

 渚先輩を見送ったあと、

 俺と桜井さんは、少しのあいだ同じ時間を過ごしていた。


 一緒に昼ご飯を食べて、

 一緒に駅前を歩いた。


 たぶん、お互いに口数は少なかった。


 気まずいから、というわけじゃない。

 ふたりの時間は最初から最後まで楽しかった。

 ただ――お互いに初めてのことで距離感が、よくわからなくなっていたんだと思う。


 やがて、日が傾きはじめたころ。


「そろそろ暗くなってくるな。家まで送るよ」


 俺がそう言うと、桜井さんは髪を整えながら首を振った。


「あ、ううん!

 ここからだと、大河くんの家、遠くなっちゃうし。ここで大丈夫!」


「そ、そうか。じゃあ……そうするか」


「うん!」


 沈黙。


 駅から吐き出されるように、人の流れが横を通り過ぎていく。


 帰宅する人たち。

 急ぐ足音。

 交わらない視線。


「あの……桜井さん」


「あ、はい!」


 ――そのときだった。


 俺のポケットの中で、スマホが震えた。


「あ、悪い」


「ううん」


「もしもし……母さん?」


 少し離れて、通話に出る。


「……うん。

 ……え?

 瑞希が、熱?」


 無意識に声が低くなった。


「……わかった。今から帰る。

 必要なものは、ラインで送ってくれ。買って帰るから」


 通話を終えると、桜井さんがこちらを見ていた。


「なんだか、大変そうだね」


「ああ。瑞希が熱出したらしい。

 多分、風邪だろうって言ってたけど……」


「それは心配だね! 早く帰ってあげて!」


「ああ……ごめん。また、連絡する」


「うん」


 桜井さんは、ちゃんと笑ってくれた。


 その笑顔を最後に、俺は背を向けて走り出す。


 ――振り返らなかった。


 今は、それでいい気がした。


 * * *


「ごめんね、お兄ちゃん。せっかくのお休みだったのに」


 ベッドの上で、瑞希が申し訳なさそうに言った。


 俺は濡らしたタオルで、妹の額の汗をそっと拭う。


「何言ってんだ。

 母さんは昔から働きに出てるんだし、こういうのはお互い様だろ」


「うん……ありがと」


「俺のことは気にするな。ゆっくり休め。

 おかゆくらいなら、俺だって作れるし」


 そう言って立ち上がろうとした、そのとき。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「今日って、澪さんと会ってたんでしょ?」


 どきり、と心臓が跳ねた。


「さっき、澪さんからお見舞いのライン来てたから」


「あ、あぁ……。

 バイト先の先輩を見送るって言ったら、桜井さんも来てくれてさ」


「ふーん」


 含みのある声。


 そして。


「でさ、お兄ちゃん」


「……ん?」


「いつ、澪さんに告るの?」


「……」


「お兄ちゃん?」


 逃げ場はなかった。


「……もう告った」


「え?」


 瑞希が、熱で赤くなった顔のまま俺を見る。


「まさに今日。

 お前には隠しても、しょうがないしな」


 沈黙。


「……お、お兄ちゃん」


「な、なに?」


「グッジョブ」


「ずいぶん、溜めたな……」


 瑞希はむくりと起き上がり、クッションを抱きしめた。


「じゃ、じゃあさ!

 もう付き合ってるってこと!?」


「起き上がるなよ……」


 思わず注意してから、正直に答える。


「いや、どうなんだろうな。

 お互いに好きだってことは確認したけど、付き合ってくれ、とは……まだ言ってない」


「それ、女の子からしたら――

 一番困るやつだからね!」


「え!? な、なんで!?」


「そういう時はさ、男の子のほうから、ちゃんと関係を進めてくれないと困るの!」


「ど、どういうことだ?」


「『俺と付き合ってくれ!』って、ちゃんと言わなきゃ!」


「……そんなルールがあるのか」


「普通はね、流れでそこまで行くと思うんだけどなぁ。まあ……お兄ちゃんらしいといえば、らしいけど」


「付き合う……か。正直、考えたこともなかったな」


「澪さんなら大丈夫だと思うよ。だから、今度ちゃんと伝えなきゃダメ」


「……ラインとかじゃ、ダメかな?」


「ちょ、く、せ、つ」


 一語一語、区切るように言われる。


「……わ、わかった」


「もー……なんだか、熱が上がった気がするー」


「悪い悪い。

 じゃあ、おかゆ作ってくるから、大人しく寝てろよ」


「はーい」


 バタン。


 兄が部屋を出ていった音がして、ようやく静かになる。


 その瞬間――


 私は布団の中で、思いきり拳を握りしめた。


(よっしゃ……!)


 声には出さない。

 でも、完璧なガッツポーズ。


 だって。


 お兄ちゃんが、やっと前に進んだんだから。

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