第117話 夢か幻か
――好きだ。
その言葉が聞こえた瞬間、私の世界の音が、ぜんぶ消えた。
(……え?)
風の音も、鳥の声も、
さっきまで確かに聞こえていたはずの踏切の音も。
なにもかもが、遠い。
目の前にいるのは、たしかに大河くん。
なのに。
(……今の言葉)
私はもう、彼に告白している。
私は返事を待ちながらも、それでも一緒にいられる時間が嬉しくて。
だから今日は――
渚さんを見送って、桜を見て、
それだけで十分だと思っていたのに。
「……え?」
声は、思ったより小さくなった。
心臓が、遅れて追いついてくる。
どくん、どくん、って、
自分でもうるさいくらいに。
(返事は、もっと、もっと先だと思ってた
今日じゃないよねって
しかも――
大河くんのほうから)
視界が、じんわり滲む。
嫌とか、そういうのじゃなくて、ただ、情報量が多すぎて。
「……本当? 聞き間違いじゃ、ない?」
聞き返した私の声は、震えていた。
大河くんは逸らさなかった。
逃げもしなかった。
まっすぐに、私を見る。
「間違いじゃないよ」
一拍。
「今の俺は、ちゃんと――
桜井澪のことが、好きだ」
大河くんは、本気だ。
冗談で、こんなことを言う人じゃない。
それくらいは、もう知っている。
「……うれしい……」
それが、私の口から、やっとこぼれた言葉だった。
そのあと、大河くんとなにを話したのか。
どんな顔をして、どんなふうに笑ったのか。
正直、あまり覚えていない。
駅前で一緒にごはんを食べて、
並んで歩いて、
たぶん、たくさん話もした、と思う。
でもそれが――
夢だったのか、現実だったのか。
区別がつかないくらい、
私の頭の中は、ずっとふわふわしていた。




