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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
最終章 サクラ色の春休み編

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第116話 「好きだ」

 

「……いっちゃったね」


「……いっちゃったな」


 先輩を乗せた電車は、線路に沿って走り、

 満開の桜の中へと、ゆっくり溶けていった。


 俺は桜の木の下で、言葉を探す。


「……なぁ、桜井さん。このあと、時間あるか?」


「え? うん。私は大丈夫」


「せっかく駅前まで来たし、なにか食べて帰らないか」


 桜井さんは、桜に負けないくらい頬を染めて、言った。


「うん! 行く! 渚さんからもらったお金もあるし」


「そっか……よかった」


 ほっと、息をついた、そのとき。


「あ、でも」


「ん?」


 桜井さんは、もう一度だけ桜を見上げて言う。


「もう少し……もう少しだけ、ここでこの景色を見たいの」


「ああ、それはもち――」


「大河くんと、一緒に」


「桜井さん……」


 桜井さんは、正直だ。

 いや、正確には――正直であろうと、努力している。


『たまには、思った通りに言葉にしてみなよ。私にそうしたみたいに』


 ついさっき、渚先輩が俺にくれた、おそらく最後のアドバイス。


 つまり、それは――


「なに、ぼーっとしてるの? 大河くん。こっちこっち」


 桜井さんは少し先を歩きながら、振り返って手を振る。


「お、おう! いま行く」


 その時、俺の右足はうまく前に出なかった。


 土手に生えた草が、靴に引っかかっていたらしい。


「おわっ!」


 バランスを崩し、そのまま前のめりに倒れかける。


「――大河くん!」


 次の瞬間、桜井さんが俺の身体を受け止めてくれていた。


 心臓が、一拍遅れて大きく跳ねる。


「だ、大丈夫!?」


「……あ、ああ。ごめん。いや、ありがとう」


 顔を上げると、すぐ近くに桜井さんがいた。

 掴んだままの手。


 離すタイミングを、どちらも見失っている。


(……あ、これ。なんか懐かしい)


 いつだったか、風邪でぶっ倒れた時と同じ、シャンプーの香り。


 桜の花びらが、ふたりの間を静かに落ちていく。


「……大河くんって、けっこう危なっかしいよね」


「そうか?」


 否定しようと思った。

 でも、できなかった。


 風邪の時から始まって、

 気づけば要所要所で、俺は桜井さんに助けられてきた。


 そんなことに――

 俺は、今になってようやく気づいたんだ。


 ――さっき、先輩が言っていた通りだ。


 青春は、ぼーっとしているうちに、本当にあっという間に過ぎていってしまう。


 だから今は。


 この景色を。

 この時間を。

 この人を。


 ちゃんと、見ていようと思った。


「立てる?」


「ああ、大丈夫」


 俺は体を起こし、桜井さんと並んで桜の木の下に立った。


 頭上では、一本の桜が静かに枝を広げていた。

 幹は太く、長い年月をその場で見てきたような落ち着きを纏っている。


 淡い桃色の花が、空をほとんど隠すほどに咲き誇り、風が吹くたび、はらはらと花びらが舞い落ちる。


「満開だね。今日、ここで見られてよかったなぁ」


「本当にな」


 桜井さんの髪は、いつだったかイメチェンした時よりも少し伸びていて、春の風に揺れていた。


「今度は、彩ちゃんとか、橘くんたちにも見せてあげたいね!」


「ああ」


 胸の奥が、静かに締まる。


「桜井さん」


「なに、大河くん」


 名前を呼ぶだけで、喉が少し渇いた。


 一度、息を吸う。


「……好きだ」


「え」


「俺、桜井さんのこと。その……」


 視線を逸らしかけて、でも、逃げなかった。


「好きだ」


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