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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
最終章 サクラ色の春休み編

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第115話 春の旅立ちとブラックコーヒー


 ホームに入ってくる電車の音が、少しずつ大きくなる。


 三両編成。

 見慣れた色の車体。


(ああ……来ちゃったな)


 小さく息を吐いて、肩にかけた鞄を持ち直した。


「おっと、こんなんじゃダメだよね」


 私は笑顔を作り直して、澪ちゃんにもらった暖かいコーヒーの缶を握りしめる。


 ホームには相変わらず、人が少なくて私の他には三人ほどしかいない。


 家族も、友達も、

 ちゃんと挨拶は済ませた。


 もちろん泣かなかったし、笑えたし、後悔もない。


 ――いや。


 ほんとは、ひとつだけ名残惜しい。


(……大河)


 名前を思い浮かべただけで、

 胸の奥が、ほんの一瞬だけきゅっとなる。


 不思議だ。


 もう答えは出ているのに。いや、むしろ、私が答えを決めた。


 なのに、

 それでも思い出してしまう。


(でも、いいんだ。大河には澪ちゃんがいてくれる)


 だから、私も、前に進む。


 あの子たちが、歩き出したんだから。


 プシュー


 停止中だった電車のドアが開く音。


『ドアが開きます』


 私は一歩、足を踏み出した。


 ――大丈夫。


 ちゃんと、私の青春はここにある。


 そしてこれからは、東京で、その続きを書くだけだ。


 私は電車に乗り込んだ。


 乗り物酔いしやすい私は、自然と車体の中央付近、窓際の席を選ぶ。


 やがて、ドアが閉まる。


 警告音とともに駅員のアナウンスが流れ、電車はゆっくりと動き出した。


 ホームを抜けた瞬間、

 視界いっぱいに陽が差し込む。


 側道沿いに植えられた桜の木々が、一斉に姿を現した。


「わぁ……すごいじゃん」


 思わず、声が漏れる。


 手にしていたコーヒーの缶に視線を落とし、プルタブを倒した。


 かすかな音とともに、香りが立ちのぼる。


「……せっかくなら、みんなで飲みたかったけど」


 窓の外では、桜並木がゆっくりと後ろへ流れていく。


 そのとき――


「……え?」


 視線の先。


 大きな桜の木の下に、見覚えのある二つの影があった。


「……あの二人」


 大河と、澪ちゃん。


 二人とも、手にコーヒーの缶を持っている。



 * * *



 これは時間を少しだけ前に巻き戻した時のこと――


「そうだ、大河くん」


「なに?」


「このあと、間に合うなら……渚さんのお見送り、行かない?」


「え、それって……」


 桜井さんは、駅のホームの向こう――

 線路沿いに続く桜並木のほうを指さした。


「……なるほど。行くか」


「うん!」


 そうして俺は、桜井さんを自転車の後部座席に乗せ、線路沿いの道を走り出した。


「おぉ、けっこう揺れるな。落ちるなよ、桜井さん!」


「大丈夫。ちゃんと、つかまってるから」


 このシチュエーションは、二回目。


 もっとも、前回とは――

 いろいろと、状況が違うけれど。


 風が吹く。


 花びらが、舞い上がる。


「さて……どの辺がいいかな」


「あの大きな桜の木の下。あそこなら、渚さんからも見えやすそう」


「了解!」


 俺たちは自転車を降り、

 桜の下へと足を向けた。


 ガタンゴトン――


「お、ナイスタイミング!」


 俺たちがそこに到着した、その瞬間だった。

 向こうから、渚先輩を乗せた車両が走ってくる。


 エンジ色の車体が、ピンク色の桜並木の下をくぐり抜け、

 ゆっくりと――俺たちの前を通過し始めた。


 ガタンゴトン。


「大河くん!」


「ああ! 先輩も、こっちに気づいてる」


 中央の車両。


 窓際の席から、枝垂渚がこちらを見つけ、缶コーヒーを掲げて、軽く乾杯の仕草をした。


 俺たちも、同じように缶を持ち上げる。


 言葉は、いらなかった。


 その時間は、あっという間に過ぎていく。


 わずか三両編成の車両は、瞬く間に俺たちの横を走り抜け、

 やがて視界の向こうへと消えていった。


 ――あとに残ったのは、

 電車が連れてきた、やわらかな風だけだった。


「……いっちゃったね」


「……いっちゃったな」


 それ以上、言葉はなかった。


 俺たちは、その場に立ったまま、互いの缶コーヒーが空になるまで、ただ静かに、その味を噛み締めていた。

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