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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11.5章 各々のホワイトデー編

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その④ 梅宮さんのホワイトデー

 

「ほ、本当に大丈夫でしょうか、澪お嬢様……」


 緊張した表情で私に問いかけてくるのは、母専属の秘書――松野さんだ。


「大丈夫です! いつも通りにいっちゃいましょう!」


 ここは、私の家の二階。


 時刻は夜の二十二時を少し過ぎたころだった。


 階段の下にはキッチンが見えていて、そこに梅宮さんがいる。


 梅宮さんは一日の仕事を終えると、ひとりでカフェインレスコーヒーや紅茶を楽しむルーティンをもっている。

 それは、うちの家族みんなの共通認識で、基本的に誰も立ち入らない時間だ。


「し、しかし……迷惑に思われたりしないだろうか……」


「また弱気になってるんですか……」


 松野さんは、父と母からもお墨付きをもらっている仕事人だ。

 取引先との交渉、打ち合わせ、折衝――そういった場面では、右に出る人はいない。


 けれど、唯一の欠点があるとすれば――


「自分でも、情けないと思っているよ」


 恋愛に関してのスキルが、ほぼゼロに等しいということ。


 でも、それは私も、そんなに変わらない。


 私だってスキルはゼロに等しい。

 だからこそ、向こう見ずに大河くんに突っ込んでしまったのだ。


 ……でも!


 これは今は置いといて!


「今日は“ホワイトデー”です」


 私は胸を張る。


「理由としては、十分すぎるくらいです。いつもの感謝の気持ちを伝える日、バレンタインのお礼をするくらいの気持ちでいきましょ!」


「だが……」


「それに」


 私は、少しだけ声を落とした。


「梅宮さん、きっと待ってますよ」


「……」


 松野さんは、ぴくりと肩を揺らした。


「……そういうことを簡単に言うところ、誰かに重なりますね」


「それは、どうでしょう」


 自分でも、少し不思議だった。


 こんなふうに、人の背中を押すなんて。

 ほんの半年前までの私だったら、考えられない。


(それは、きっと彼が私と向き合ってくれたから)


「行きましょう」


 私は、そっと松野さんの背中を押す。


「大丈夫です。失敗しても、死にません」


 松野さんは観念したように息を吐いた。


「……わかった。行こう」


 そう言って、彼はゆっくりと、階段を下りていく。


 私は二階の手すりの影に身を引いた。


 彼が階段を下りきったところで、梅宮さんがふと顔を上げた。


「お疲れ様です。梅宮さん」


「あれ。松野さん? お疲れさまです。もうお休みかと思っていました」


 梅宮さんはそう言って、カップを持ったまま首を傾げる。


「何か、ありましたか?」


 松野さんは一瞬だけ言葉に詰まったが、続ける。


「いえ。ただ……少し、お話を」


「私と?」


「はい。ご迷惑でしたら――」


 梅宮さんは松野さんが手にしているひとつの包みを見てから、視線を松野さんに戻して言った。


「そんなことはありませんよ」


 梅宮さんは、柔らかく笑った。


「ちょうど、一人では飲みきれないところでした。カフェインレスコーヒーですが、いかがですか?」


「……では、いただきます」


 そのあと、私はあの部屋に戻ってしまったから、ふたりがどうなったのかは、正直わからない。


 でも――たぶん、大丈夫。


 うん。


 きっと、大丈夫。


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