表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11.5章 各々のホワイトデー編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/132

その② 霞 汐乃のホワイトデー

 

 僕が生徒会室の扉を開けると、そこに汐乃――いや、生徒会長がいた。


 彼女は書類から目を上げ、こちらを見る。


「稲葉か。早いな」


「会長も」


 僕は稲葉澄仁。

 生徒会執行部の会計を務めている。


 僕と生徒会長――霞汐乃は幼なじみだ。家も近く、昔から互いの性格や癖、思考の傾向まで把握している関係にある。


 とはいえ、距離は常に一定だ。

 踏み込みすぎず、甘えすぎず。

 僕たちは互いをリスペクトする友人同士であり、その共通認識は暗黙の了解として成立している。


 僕は彼女の机まで歩み寄り、ひとつの紙袋を置いた。


「……これは?」


 彼女はわずかに首を傾げ、僕を見上げる。


 僕は右手の人差し指で眼鏡の位置を整えた。


「今日はホワイトデーです」


「不要だと言ったはずだが」


「それは僕も同じです。バレンタインはいらないと、言いましたから」


「……ふ」


 彼女は小さく息を漏らし、肩の力を抜いた。


「たしかに。では、頂こう」


 そう言ってから、改めて紙袋に視線を落とす。


 そして、何かに気づいたように目を細めた。


「この紙袋……もしかして、お前の……?」


「はい」


 僕の実家は砂糖菓子を扱う店を営んでいる。

 創業から二百七十年。徳川の時代から脈々と続く老舗。今となっては、テレビや新聞の取材が入ることも、珍しくない。


 会長は僕の返答を聞いた瞬間、普段は冷静な黒い瞳を、わずかに――いや、はっきりと輝かせた。


 ……昔から変わらない。


 彼女は、筋金入りの甘党なのだ。


 それも、“大”がつくほどに。


 彼女は、その包みを開けた。


「……おぉ」


 個包装された透明の袋の中には、パステルカラーの砂糖菓子がぎっしりと詰め込まれている。

 動物、植物、星形――ひとつひとつが異なる意匠で、どれも丁寧に作られているのがひと目でわかった。


「こんなに……。いいのか?」


「ええ」


「お前のことだから、私に“甘いものだけ”は渡さないと思っていたが」


 僕は小さく、ひとつ息を吐いた。


「当然です。普段から会長の希望どおりに渡していたら、身体を壊しますから。今回は特別です」


 彼女はその言葉を聞いて、めずらしく一瞬、黙った。


 そして、ふっと視線を落としてから――静かに言う。


「澄仁」


「はい」


「ありがとう」


「いいえ」


 僕は、彼女が生徒会長になると決め、そして僕を執行部のメンバーに迎えたいと言ったとき、ひとつだけ決めたことがある。


 それは――

 彼女に、必要以上に近づかないこと。


 理由は単純だ。


 本校の生徒会執行部は、会長を除き、すべて会長の指名によって選出される。

 生徒会執行部に名を連ねるということは、この学校において名誉なことであり、内申点にも大きく影響する。


 だからこそ。


 もし、僕と会長が旧知の仲であるという事実が、妙な形で周囲に伝われば――

 生徒の間に、余計な憶測や噂が生まれる可能性は十分にあった。


 だが、会長は僕に言ったのだ。


 幼なじみだからではない。

 純粋に、能力を評価して会計の席を任せたい。


 その言葉を、僕は信じた。


 だからこそ、僕は彼女に提案した。


『汐乃。君がその役目を終えるその日まで、僕たちは“幼なじみ”という関係を封印しよう』


 合理性を何より重んじる彼女が、その提案を拒むはずがなかった。


『いいだろう、澄仁――いや、稲葉』


 あれ以来、久しぶりに呼ばれた彼女の声による僕の名前。

 やはり、不思議と耳に馴染む。


 僕は一拍置いてから、口を開いた。


「会長。ひとつ、聞いてもよろしいですか」


「なんだ」


「吉野くんからのお返しは、ありましたか?」


「……面白いことを聞くな、お前は」


 一瞬の沈黙。

 即断即決を常とする彼女にしては、珍しい間だった。


「いえ。少し、気になりまして」


「ああ、もらった」


 彼女は引き出しから、青い巾着包みを取り出し、机の上に置いた。


「大河は今日はアルバイトだそうだ。さっき、これを渡して出ていったよ」


「そうですか」


「それで? どうしたんだ」


「会長」


 傾き始めた西日が、生徒会室を橙色に染めていく。


「吉野くんのこと……好きですか?」


「稲葉……」


 僕は彼女を見ていた。


 そして彼女は、ほんの少しだけ間を置いて、問い返す。


「澄仁。お前には、そう見えるか?」


「ええ……幼なじみとしての勘ですが」


「そうか……」


 彼女は椅子にもたれかかり、視線を天井へと逃がした。


「お前がそう言うのなら、きっとそうなのだろうな」


 そう言って、僕にふっと微笑みかける。


「……そうですか」


「止めないのだな」


「止まりませんから」


「吉野大河。彼は面白い。実に」


 一拍。


「無論、私のこの気持ちが実ることはないと、わかってはいるがな」


「……汐乃」


 彼女は、少なくとも僕の知る限り、誰よりも頭がいい。


「だが、私にとっては、それが心地よいのだろう」


 そう言って立ち上がり、窓の外に視線を向ける。


「これまでの私の人生は、ほとんどが思い通りに進んできた。

 だが、大河はそうもいかなそうだ。だから、それがいいのだろう」


 届かないからこそ、追い求めてしまう。


 なんとも彼女らしくない、非合理的な感情。


 ――だが。


「いいと思いますよ、会長」


「そう思うか、稲葉」


「はい。今のあなたは……楽しそうに見えますから」


「楽しい、か……」


 僕は、思わず目を疑った。


 彼女が――汐乃が、こんなにも自然な笑顔を浮かべるなんて。


 今まで、一度も見たことがない。


 これが、恋というものの力なのだろう。


「そうだな。お前が言うのなら、きっとそうなのだろう。私は今、楽しいという感覚を味わっている最中なのかもしれないな」


 僕が彼女のそばにいられるのは、あと一年。


 この先、彼女の言う「楽しい」という感情が、どんな形に変わろうとも――

 少なくとも、この一年間だけは、僕は彼女のそばにいよう。


 生徒会の会計として、


 そして――


 彼女の幼なじみとして。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ