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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第112話 彼女じゃない彼女と間接キス

 

 ガシャン!


 驚かせただろうか。


 いつものコンビニのタイムカード打刻音だ。

 一昔前の旧式の打刻機は、印字のたびにやや大きな音を立てる。


 俺はエプロンを外しながら、シフト表の束から一枚を抜き取った。


 名前の欄、その一番下。


『熊野 潤』 AL


 AL――アルバイトの意。

 俺も、同じだ。


「店長。この一番下の子」


「あ、見たかい?」


 店長はうなずきながら、パソコンから視線を外す。


「そうそう。他にも何人か採用するんだけどね。

 とりあえず、シフトを組めそうな彼から、メンバー一覧に入れたんだよ」


 店長は自前のブラックコーヒーをひと口飲み、伸びをしながら眼鏡を曇らせた。


「出勤は四月からですか。もうすぐですね」


「うん。彼も新一年生だからね。

 僕たちで、いろいろ教えていかないと」


「……いろいろ、ですね」


 仕事のことだけじゃない、という意味だろう。


 家庭、学校という“お客さん側”の立場を抜け出して、

 自分の力でお金をいただく――その重み。


 それは俺も、渚先輩と店長から教わったことだった。


「四月になると学生のお客さんも増えるからね。

 新人教育を頑張らないと、また地獄になるよー?」


「そ、それは何としても回避したいところですね……」


「店長ー! ちょっと売り場、来てくれー!」


 売り場から、黒藪さんが顔を出す。


「はいよ!」


 店長はパソコンの前から立ち上がった。


「じゃあ吉野くん。おつかれさま」


「はい、お先です」


「あ、今日は彼女、また来てるみたいだね」


「あ、ですね」


「彼女によろしくね」


「あ、はい」


 ――彼女。


 店長が言った“彼女”は、あの彼女という意味じゃないよな。

 ただの三人称としての代名詞、だよな?


 しょうもないことを考えながら、俺は裏口を出た。


 お客さんが使う自動ドアとは、真反対の位置にあるこの出口。

 そこには喫煙所と、赤いベンチが置かれている。


 正面入り口にあるあの青いベンチと同型で、色違い。このコンビニができた当初、店長の知り合いから寄贈されたものらしい。


 外のゴミ箱と同じで、最近のコンビニではあまり見かけなくなった設備だ。


 実際、店長もスーパーバイザーから何度も撤去を勧められているようだが――

「寄贈品だから」という免罪符を盾に、あの物腰柔らかい店長が珍しく頑なで、青と赤、二台とも、今も変わらずそこに置かれている。


 “あの日”以来、しばらくのあいだ、

 この裏口から外に出るのが少し億劫だった。


 理由は明快だ。


 嫌でも、あの雪の日を思い出してしまうから。


 でも、もう大丈夫。


 季節は、ちゃんと前に進んでいる。

 もう雪は降らない。


 赤いベンチは、ただの赤いベンチだった。


 少し前まで、ここに座っていた

 青いピアスの、あの人。


 その姿が、ふっと胸をかすめる。


「……っと」


 俺は小さく首を振る。


「青いベンチに行かなきゃな」



 * * *



 そこに、彼女はいた。


 グレーのスウェット。

 そして――いや、これ以上はいいか。もう、みんなわかっている。


 ワイヤレスタイプの白いイヤホンで、なにやら音楽を聴いているようだった。


 服のポケットからは、青い目をしたクマのぬいぐるみが、ちょこんとはみ出している。きっとスマホに繋がっているんだろう。


「よいしょっと」


 俺は、彼女の左隣に腰を下ろした。


 青いベンチが、きしりと小さな音を立てて沈む。


 プシュ。


 プルタブを倒し、コーヒーをひと口。


「ふぅ……」


 背後では、相変わらずコンビニの煌々とした明かりが、俺たち二人をやさしく照らしていた。


 一分ほどだったか。

 いや、二分だったかもしれない。


 そのあいだ、会話はなかった。


 俺がコーヒーを半分ほど飲んだころ、彼女はぐっと伸びをして、目を開ける。


「リフレッシュできた!」


「また夜更かしか?」


「まぁ、そんなところ!」


「なに聴いてたんだ?」


「聴いてみる?」


「え?」


 彼女は、左耳につけていたイヤホンを外し、片方を俺に差し出した。


 一瞬だけ戸惑ったが、受け取って耳に入れる。


 音楽が聞こえ出す。


「おぉ……」


「どう?」


「いいな」


 正直、音楽に詳しいわけじゃない俺には、良し悪しを語れるほどの知識はない。


 それでも――

 ただ、その音に身を委ねる時間は、悪くなかった。


「今日はコーヒー、飲まないのか?」


「あ、うん。今月はちょっとね」


 学生ならではの悩み。

 金欠。


「半分、やるよ」


「え……ええ!? え、で、でも……」


「まだ熱いから大丈夫」


「あ、いや……そういうことじゃなくって……」


「心配しなくても、お金なんていらないし」


「そ、そういうことでもなくって……」


 ――あとで気づいた。


 妹に渡すような感覚で、物を差し出すと、

 よくない場合もあるらしい。


 TPOってやつだな。


「あ、でも……飲みかけなんて、あんま良くないか」


 俺が差し出したそれを引っこめようとした、その時だった。


「もらう! ほしい!」


「え? あ、ああ……どうぞ」


 彼女は一瞬、缶の飲み口をじっと見つめる。

 それから、少しだけ間を置いて、ゆっくりと口をつけた。


「……それ、いつもと違う安いやつだけど、けっこう苦くないか?」


 飲み終えた彼女は、缶から口を離して、ぽつりと答える。


「ううん、甘いよ。大河くん」


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