第111話 なりゆきじゃないデート
「はぁ! 面白かったね!」
「だな。思ってたより良かった」
スクリーンに再び明かりが灯り、客席からは次々と人が立ち上がっていく。
その流れに混じって、俺たちも席を立ち、劇場の外へと向かった。
「それにしても、桜井さんってああいうアクションもの、好きだったんだな」
「意外だった?」
「まぁな。去年、瑞希と来たときは恋愛ものを観たって言ってたし」
「もちろん、ああいうのも好きだよ?」
桜井さんは身振り手振りを交えながら、少し熱を帯びた様子で続ける。
「でもね、今日の映画みたいに、ちょっと恋愛があって、最後はバーン!ってなるのが好きかな!」
(バーン、とは……)
「なるほどな。たしかにそれは俺もそう思う」
たしかにラストはスカッとした。
魔法が使えない主人公が、最後には魔法を使って世界を救うってのは、カタルシスがあったと思う。
「でしょ!」
そのあと俺たちは、このショッピングモールに最近オープンしたばかりのサクラコーヒーに入った。
そういや以前、梅宮さんを尾行してた桜井さんにここで鉢合わせしたんだっけか。
あの時の桜井さんは実に見ていて面白かったな。
そんなことを考えながら、カウンターでコーヒーを受け取り、向かい合って腰を下ろす。自然と話題はさっき観た映画の感想になる。
桜井さんは、俺なんかよりもずっと映画の細部にまで目を向けていた。
序盤のあのシーンが実は伏線だったとか、主人公とヒロインの関係性の変化が物語のキーポイントになっていたとか。
身振りを交えながら、一生懸命に語るその姿に、俺は少し圧倒されつつも、その時間を素直に楽しんでいた。
(桜井さんとは、もうだいぶ仲良くなったと思ってたけど……こんな一面もあったんだな)
「大河くん?」
じっと彼女の顔を見ながら話を聞いていたせいか、桜井さんは途中で言葉を止め、俺を呼んだ。
「どうした?」
「ごめんね。なんだか、私ばっかり話しちゃって」
「あ、いや。別に構わないよ」
「そう? 大河くん、ずっと聞いてる側だったから」
「ああ、気にすんな。うちの瑞希なんて、今の桜井さんの五倍はしゃべるから」
桜井さんは、くすっと笑った。
「だから、全然苦じゃないんだよ。それに……桜井さんが楽しそうだったからさ」
「楽しいよ。だって、大河くんと一緒だから」
「っ……。お、おう」
ずいぶんと屈託なく言うものだ。
桜井さん視点からすれば、映画を観終わったあとの高揚感もあるだろうし、こうして二人きりで向かい合っているこの空間では、俺への好意をあえて隠す必要もない――そんなところなのかもしれない。
……かもしれないが。
普通に、照れる。
「あっつ!」
それを誤魔化すように、俺は勢いよくコーヒーに口をつけた。
が、目算を誤って、思った以上に口に含んでしまう。
「だ、大丈夫!?」
「ったく……桜井さんが、変なこと言うからだろ……」
「へへ~」
彼女は舌を出して、いたずらっぽく笑った。
やがて俺たちは、お会計をすることになった。
「あ、桜井さんはいいよ」
「ダメだよ。さっき映画のチケットも買ってもらっちゃったし……」
「今日はホワイトデーのお返しだから。気にするなって」
俺の家は、決して裕福なほうじゃない。
むしろ、はっきり言って貧乏寄りだ。
でなければ、俺の元々の性格を考えても、あんな辛い思いをしてまでコンビニでアルバイトを続けようなんて、きっと思わなかっただろう。
「ううん。はい、これ」
そう言って、桜井さんは迷いなくお金を差し出してくる。
「お、おぉ……。じゃあ、割り勘で」
「今日はあくまでも、大河くんの“時間をもらってる”だけだから。気にしないで」
「……桜井さんは、いいお嫁さんになるよ」
「い、いいから! もうお会計しちゃって……!」
そう言って彼女は、俺にお金を渡すと、なぜか先に店の外へ出ていった。
その後も俺たちは、何気ない近況報告や日常の些細なことを話しながら、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
どこにでもいる、高校生のデート。
たくさんお金を使えるわけじゃない。
だから、これが今の俺たちの精一杯だ。
それでも、大人たちに交じってこの空間に身を置いていること自体が、俺たちに大きな高揚感を与えてくれていた。
ふと、桜井さんが足を止める。
「どうかした?」
彼女の視線は、一点に向けられていた。
俺も、それを追う。
――ぬいぐるみ。
ゲームセンターの入り口付近に置かれたクレーンゲームの中。
そこに、手のひらに乗るくらいのサイズのクマのぬいぐるみが座っていた。
焦げ茶色の短い毛。
丸い耳。
青いガラス玉みたいな目。
テレビCMやネット広告でよく見かける、最近話題のやつだ。うちのコンビニでもよくタイアップ商品が入荷する。
桜井さんは、なにも言わないまま、そちらへ吸い寄せられるように歩き出す。
俺も人波を避けながら、そのあとを追った。
「どうしたの、桜井さん?」
「かわいい」
「え?」
「すごく、かわいい」
その瞬間――
瑞希と店長の声が、同時にフラッシュバックする。
『あと、絶対にはずせないのは、おおきすぎるぬいぐるみとか』
『大きすぎるぬいぐるみとかは、やめておこうね』
(……小さいぬいぐるみなら、いいのか!? ホワイトデーのお返しは難解すぎる!!)
※ 人によります。
俺は財布から小銭を取り出し、迷いを振り切るように機械へ入れた。
「え?」
「あれで、いい?」
俺が中のクマのうち、ひとつを指さす。
「え、あ……うん」
操作は単純だ。
クレーンを動かす十字のレバーと、キャッチ用のボタンがひとつ。
俺は躊躇せず、それらを操作する。
桜井さんは――
まるで時間が止まったみたいに、クレーンの動きを見つめていた。
ピヨピヨと間の抜けた音を立てながら、クレーンが降下する。
寸分のズレもなく、そのアームはクマの胴体をとらえ――
ゆっくりと、確実に持ち上げた。ピヨピヨと音を立てながら。
ゴトン。
「えぇ!? とれた!! すごい!」
俺は取り出し口からクマを回収し、そのまま彼女に差し出す。
「なんで!? どうして?」
興奮した様子で問いかける彼女に、俺はタネ明かしをする。
「ああ、この筐体……いや、このゲーム機さ。うちのコンビニにも最近、同じのが一台入ってさ。
調整とかちょっと手伝ってたから、だいたいクセがわかるんだ」
「へぇ~」
「だから、これもホワイトデーのお返しのうちのひとつってことで」
「ありがとうっ! 大河くん!」
(――っ)
飛びきりの笑顔。
ありきたりな表現だけど、語彙力のない俺にはそれが精一杯だった。
そして多分、その表現が正解なんだと思う。
「……お、おぅ」
くどいようだけど、もう一度。
俺たちは高校生だ。
大人みたいに大金は使えないし、遠くにも行けない。
でも、きっとこの体験、この感情は、大人になったら味わえない。
百円硬貨一枚から生まれたこの笑顔と、胸に残るこの気持ちは、
今、この場所にしか存在しないものだから。
「大事にするね」
「ああ」
クマのぬいぐるみの青い瞳が、きらきらと光っていた。




