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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第110話 「しっかり、青春、楽しめよ」


 俺たちは駅前のショッピングモールの中に入り、並んで歩いていた。


「しかしさ」


 俺が口を開く。


「“俺の時間をくれ”ってのは、こういうことだったんだな」


 桜井さんはうなずいた。

 艶のある整った髪が、その動きに合わせてふわりと揺れる。


「そういうこと。だって大河くん、私へのホワイトデーのお返し、すごく悩んでそうだったし」


「よくわかったな……」


「だって、目の下にクマができてたもん」


「え、マジで?」


「うん。期末テストのときは、そこまでじゃなかったのに。なのになんで今になって、って考えたら……なんとなくね」


「全然気づかなかった……。まぁ、悩んでたってのはそうかもな」


 俺が正直に白状すると、桜井さんは小さく笑う。


「やっぱり」


「いやさ、正直に言うと――」


 言葉を選びながら、歩幅を彼女に合わせる。


「桜井さんにだけは、何を渡せば喜んでくれるかって考えるほど、わからなくなってきてさ。下手なもの渡して、がっかりされたらどうしようとか。そもそも、俺が何か渡す資格あるのかとか」


「資格?」


「だって、俺はまだ……その……ちゃんと“答え”を出せてないし」


 桜井さんは足を止めはしなかったけれど、視線を前に向けたまま、考えるように間を置いた。


「ね、大河くん」


「ん?」


「私、前に言ったよ?」


「え?」


「待ってる、って」


 一瞬、時が止まったかのように感じられた。


「……あ」


「ふふ、私は約束は守るよ。だから」


「だから?」


「だから、今日は大河くんが約束を守ってね」


 彼女は、続ける。


「私も考えたの。今の大河くんから、なにかもらえるとしたら何が一番、欲しいんだろうって」


「それが――時間」


「うん。

 一緒に歩いて、話して、笑って。

 それだけで、もう十分だよ」


 ショッピングモール内の吹き抜けの通り。やわらかい太陽光が降りそそぎ、春の匂いが混じった風が吹く。ガラス越しには、楽し気な人の流れが映っていく。


「それにね」


 桜井さんは、ちらっと俺を見上げる。


「大河くんが私のことで悩んでくれるの、嫌じゃないよ」


「……え?」


「むしろ、嬉しい」


 たったそれだけの言葉なのに、

 今まで抱えていた“正解を出さなきゃいけない”っていう重さが、少し軽くなる。


「じゃあさ」


 俺は前を見たまま言った。


「今日一日は、正解とか不正解とか考えないでいいか?」


「うん!」


 即答だった。


「いっぱい歩いて、いっぱい話して、いっぱい笑お!」


「それ、俺のセリフじゃないか?」


「えへへ。じゃあ、共同案ってことで」


 そう言って、彼女は一歩だけ俺との距離を縮めた。


 肩が、ほんの少し触れる。


 心臓が、わかりやすく跳ねる。


 “その時”の俺の気持ちが『恋』かどうかは、俺には自覚できていなかった。


 なにせ、渚先輩の時もそうだったからだ。


 俺はどうやら普通の人が感じているよりも、『恋愛』というものに対して臆病だったのだ。


 なぜか。


 幼少のころから家庭において、父親と母親の関係を見ていたのもあって、ずいぶん長い間、そういった感情とは向き合わずに過ごしてきたのが大きいだろう。 


 正解のないものは難しい。


 人の感情はとくに。


「なに、ぼーっとしてるの?」


 そのときの“澪”は俺を容易に現実に引き戻した。


 いや――


 そのときだけじゃあない。


 彼女はこのさき、何度だって、こうして隣に立って、俺を現実へと連れて帰ってくれた。


「あ、いや! なんでもないよ」


「私、見たい映画があるの! ね、いこ!」


 彼女が俺の手を引く。


 その手は、暖かかった。


「あ、おいおい! 慌てるなって!」


 よう、


 高校生の俺。


 しっかり、青春、楽しめよ。

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