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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第109話 やっと訪れた転機


 あの後、私は大河くんと、まともな会話をできないまま終わってしまった。


 外はもう暗い。

 いつもなら、もう寝る準備を始めている時間。


 それなのに――

 私は、またあのコンビニへ向かおうとしている。


 ちょっと気まずい。


 それなのに、どうして?


 理由は、たぶん、


 今日の学校の帰り道。

 彩ちゃんが、少しだけ真面目な顔で言ってくれた。


「澪っち、吉野くんと何かあったのかもだけどさ。

 たぶん、あれ、空回ってるだけだと思うよ。

 だから、あんまり気にしすぎないほうがいいと思う」


 それから――


 さっき、スマホに届いたラインの通知。

 瑞希ちゃんからのメッセージ。


『もしかしたら、うちの兄が挙動不審かもですが、気にしないでやってください』


 ……。


 いや。


 違う。


 そんなんじゃ、ない。


 わかってるんだ。


 大河くんは、優しいから。

 大河くんは、不器用だから。


 だから――

 いかなきゃ。


「いってきます」



 * * *


 ~♪


 今は、とりあえず、いつもどおりに。

 ……いや、そもそも、勤務中だ。


 仕事に集中。

 やるべきことに集中。


 そう、心の中で何度も唱えながら、

 自分に言い聞かせた。


 店内に、ほかのお客さんはいない。


 彼女は、いつものように――


 ブラックコーヒー……ではなく、


 まっすぐに、俺のいるレジへ歩いてくる。


 顔は、真剣。


(えっ……!?)


 彼女は、俺の前で立ち止まる。


「えっと……いらっしゃいませ。……えっと、買い物?」


 噛んだ俺の言葉を気にも留めず、

 彼女は、ゆっくりと顔を上げて、俺を見つめた。


「――かんを、ください」


「え? なに?」


「時間をください。大河くんの」


「え……っと……ごめん。ちょっと意味が……」


「ホワイトデーのお返し」


 迷いのない声だった。


「私に、大河くんの時間をください」


 ――そうか。


 そう、だったんだ。


「桜井さん……」


「大河くんは、ずっと悩んでたんだよね?」


 彼女は続ける。


「私への、ホワイトデーのお返し」


「ああ……まぁ、な」


「私だけ、ちょっと重めのバレンタインの贈り物だったから」


「いや! 別に重いだなんてことは――」


 そして――

 今日の出来事で、俺以上に気まずかったはずなのに。


 それでも、彼女はここに来た。


「ううん。重かったよ」


 彼女は、そう言って、少しだけ視線を落とす。


「私、あの時……いろいろと、振り切りすぎたし」


「……」


「それに……ほっぺた、はたいちゃってごめんね」


「っ……はは。効いたぜ」


 俺はマスクを少しずらし、右の頬に触れる。


 彼女の利き手である“左”の一撃は、実に目が覚めた。


「ちょっと、まだあかいね」

「いいくすりだよ。おれも今日は、ずっと反省してた。ごめん桜井さん」

「ううん。反省はわたしもだから」


 短い言葉を交わして、俺たちはレジ越しに、ふっと笑い合った。


 昼間のぎこちなさは、もうなかった。


「にしても、桜井さん」


「うん?」


「さっきの……俺の時間をくれ、ってやつ」


 彼女は一瞬だけ視線を落とし、胸に手を当てて、ひと呼吸置いた。


「うん。だからね……」


 そして、まっすぐに俺を見る。


「次のお休み」


 少しだけ、声が震れて。


「私と、デートしてください」



 * * *



 週末。


 駅前のショッピングモール。


 空は快晴。気温も暖かい。


 通りはにぎやかで、楽しそうな人たちの声があふれている。


 俺はやや緊張しながら、あの子が来るのを待っていた。


 とはいえ――


「ええっと……待ち合わせの三十分前に着いちまった。早すぎたな」


 そう。


 数日前、桜井さんからデートに誘われた俺は、今まさにその待ち合わせ場所に立っている。


 時間だけは、やたらと余っていた。


 待っている間にも、いろいろな感情が頭の中を駆け回る。


(デートっていっても、付き合ってるわけじゃないよな。海外だとデートなんて、お茶感覚で行くらしいし。……いや、ここは日本だぞ。デートっていったら、一般的にはもう付き合ってるカップルの儀式、のはずだ。でも最近は、そうでもないのか? 俺、こういう情報には疎いしな。桜井さんも、俺がホワイトデーのお返しに悩んでるの、ちゃんとわかってくれた上で……そのうえで、向こうから“お返し”を提示してくれたわけで。これは、デートではある。でも、デートじゃない……っていうか)


「あー……もう、わからん」


 小さく息を吐いて、俺は頭を掻いた。


 そのとき――


「なにがわからないの?」


「え?」


 振り向くと、そこにはあの子が立っていた。


 一瞬、言葉が出なかった。


 いつものグレーのスウェットでも、見慣れた学校の制服でもない。


 空を写したような淡いブルー色のカーディガンに、シンプルなワンピース。

 足元は今時のダッドスニーカー。全体の雰囲気はどこか大人びて見える。


 以前よりも伸びた髪は整えられていて、普段より艶があって、毛先が揃っていた。

 前髪も、まつ毛も、綺麗だった。あと、口元も。


 香りも、ほんのり違う。


 甘すぎない、でも確かに女の子だとわかる匂い。


(……あ)


 その一瞬で、理解してしまった。


 桜井さんは、ちゃんと“デート”として、ここに来てくれたんだ。


「大河くん?」


 彼女は少し困ったように笑って、俺の顔を覗き込む。


「へ、変じゃない……?」


「……」


 俺は数秒、間を置いてから、ようやく言葉を絞り出した。


「いや……その……」


 視線を外して、咳払いをひとつ。


「……変じゃない、よ」


「ほんと?」


「ああ。なんていうか、その、可愛い」


 自分でも驚くほど、素直な言葉だった。


 桜井さんは一瞬きょとんとしてから、みるみる顔を赤くする。


「っ……! ぁ……!」


 慌てて視線を逸らし、左の指で前髪を整える。


 そのいつもの仕草すら、今日はいつもと違うように見える。


(なんでだ?)


 俺は、さっきまで考えていた

「デートとは何か」

「付き合ってるとは何か」

 そんな理屈を、全部手放した。


 今、目の前にいるこの子と過ごす時間。


 それを全力で楽しむことにしたのだ。


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