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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第108話 “今”では笑い話


 トイレに立った私は、すぐに洗面台の鏡の前に立っていた。


 私は鏡の中の自分を、じっと見つめた。


(……やっぱり、だいじょうぶだよね)


 前髪。

 目元。

 口元。


 どこも変なところはない。

 いつもとなにも変わっていないはず。


 それでも、もういちど、折りたたみのコームを取り出して、もう一度前髪を通していく。


 目の下に、クマはない。

 寝不足の顔もしていない。


(じゃあ、なんで……)


 今日の大河くん。


 視線を感じる、気がする。

 気のせいではない、と思う。


 気づけば、見られている。

 目を逸らすと、また感じる。


 そのたびに、胸がざわつく。


 鏡の中の私は、少しだけ頬が赤い。


 意識しすぎ。

 自意識過剰。


 頭ではそう思う。


 でも――


 それって、本当は嬉しいことのはずだよね?


 だって。


 理由はわからないけど、大河くんが私を見てくれている。


 それだけで、胸がきゅっとなる。


 こんなに嬉しいこと、ない。


 私は、大河くんが渚さんのことを好きだって、わかっていた。

 知っていて、それでも彼に告白した。


 あのときは、そうしないと――

 自分の気持ちを、もう抑えきれなかったから。


『ごめん……

 もう少し。

 もう少しだけ、俺に時間をくれないか?

 また俺が恋愛に向き合えるようになるまで。

 ……もう、少しだけ』


「……ずるいよ、大河くん……」


 思わず、声がこぼれた。


「なにがずるいんだ?」


「え……?」


 反射的に顔を上げる。


 気づけば――

 すぐそばに、本物の大河くんが立っていた。


「ちょっ……! 大河くん! ここ、女子トイレ――」


 私の言葉を聞いているのか、いないのか。


 彼は、ずんずんと距離を詰めてくる。


「桜井さん、俺――」


 だめ。


 近い。


 近すぎる。


 パァン!


 たぶん、廊下にも聞こえていたであろう、あの乾いた音。


 これは今でも、よく覚えている出来事のひとつだ。

 彼が後になって、冗談めかして口にする“事件”の代表格。


 でも――

 仕方ないよ。


 だって。


 私の恋愛偏差値ゼロの脳みそは、あの瞬間、完全にオーバーヒートしていたんだから。


 ……痛かったよね。


 大河。


 ごめんね、大河。


 * * *


 結局。


 最後まで、なにがなんだかわからなかった。


 俺はひとり、女子トイレの鏡の前に立ち、

 赤くなった右の頬に、そっと指先で触れていた。


 ……ビンタ?


 いや、平手打ちか?


 って、そんなの、どっちでもいい。


 なんで、こうなった。


 いや――

 まぁ、当然といえば当然か。


 しまった。


 ……つい、熱くなった。


 俺の悪いところがでた。これは、よく渚先輩にも指摘されたことなのだ。


 その日は、桜井さんとはそれっきりだった。


 俺は、そのまま誰とも言葉を交わさず、下校することになる。


 * * *


「ありがとうございました。またお越しください」


 ~♪


 お客さんの波が、ふっと途切れた。


 そのとき、隣のレジから柿田さんの声がする。


「吉野くんがマスクなんて、珍しいね。風邪? それとも花粉症?」


「あ、いえ。どちらでもないですよ。いたって健康ですから。お気遣いなく」


「……なら、いいけど」


 普段、寡黙な柿田さんは、それ以上踏み込んでこなかった。


 もし今日ここに店長がいたら――

 間違いなく、根掘り葉掘り聞かれていただろう。


 当然、言えるはずもない。


 言いたくもない。


 よくここに来る、あの子に、ぶたれた箇所が赤くなっていて、それを隠すためのマスクだ、なんて。


 品出しに回るため、レジを出ようとした――その時だった。


 ~♪


「いらっしゃ――」


 グレーのスウェットに身を包んだ女の子。


「……いませー」


 桜井さん。


 俺は、ここに来るまでに、もう十分すぎるほど反省していた。


 今日の俺は、明らかに彼女との距離感を誤っていた。

 踏み込みすぎた。

 考えなしだった。


 それでも――

 せっかく、彼女が来てくれたんだ。


 今は、とりあえず、いつもどおりに。

 ……いや、そもそも勤務中だ。


 仕事に集中。

 やるべきことに集中。


 そう、心の中で何度も唱えながら、自分に言い聞かせた。

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