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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第107話 わからない! わからない!

 

 キーンコーンカーンコーン♪


 休み時間。


 期末テストが終わって春休みを目前としたクラス全体はもちろんだが、俺も例外なく授業に集中できてはいなかった。


 その理由。


 それは俺の視線の先。


 右前の席に座る彼女の横顔を見ながら、考え事をしていた。


 その彼女――桜井さんは、使い終えた消しゴムをケースに戻し、机の上に散った消しゴムの粉を、指先で丁寧に集めている。

 右手の甲には、相変わらず何かしらの宿題のメモ書き。

 もうすっかり、見慣れた光景だ。


(……あれ、やっぱり、あのときより少し髪、伸びてきたかな)


 俺は彼女についての“大事”なことを考えていた――はずなのに、

 気づけば、そんな些細な仕草や変化にばかりに目がいってしまって、肝心の答えには辿り着けずにいた。


(そういや、桜井さんって――)


 そのときだった。


 桜井さんが、ゆっくりとこちらを振り返る。


 そして、目が合った。


(……あ)


 一瞬、静寂。


「ど、どうした、桜井さん」


 俺がそう言うと、彼女はほんの少しだけ頬を赤くしてから、口を開いた。


「それ……私の台詞」


 感情は込めつつも、

 周囲の生徒には聞こえない、控えめな声量。


 ――彼女らしい、絶妙な配慮だった。


「え?」


「今日、ずっとだよ!」


「な、なにが……?」


「…………」


 彼女は一度、言葉を飲み込んだ。

 少しだけ視線を伏せてから、やがて、ぽつりと続ける。


「私の勘違いだったら……自意識過剰でイヤなんだけど……」


「なんだよ……?」


「大河くん……今日、ずっと、私の顔ばっかり見てない?」


「ええっ!?」


 ――しまった。


 桜井さん、それは自意識過剰なんかじゃなくて、

 紛れもなく、正解だ。


「朝からずっと、ぼーっとしてるし……

 それなのに、ふとしたときに、大河くんの視線を感じるし……」


「い、いや、それは……!」


「私、顔になにかついてるのかなって思って……

 何度もトイレ行って、鏡で確認しちゃったよ」


「ま、まじか……」


 それはそれで、申し訳なさすぎる。


「いや、違うんだ。実は……」


 そこまで言いかけた、その瞬間だった。


「澪っちー!!」


 勢いのある声とともに、横合いから衝撃。


「うわっ!?」


 桜井さんの身体がぐらりと揺れ、そのまま抱きつかれる。


「ちょ、彩ちゃん!?」


「なになに〜? 最近なんだか二人とも距離、近くない?

 もしかしてさぁ……」


 大島彩花が、にやにやとした笑顔で俺と桜井さんを交互に見る。


「今のって、痴話喧嘩かな!?」


「ち、ち、ちがうの!!」


 桜井さんが即座に否定する。

 顔は、さっきよりも明らかに赤い。


「えー? でも澪っち、さっきまで眉間にシワ寄ってたよ? いつも穏やかな澪っちが珍しく」


「それは……!」


 言葉に詰まる桜井さん。


 大島さんは俺を見て言った。


「まぁ、確かに今日の吉野副会長は、なんだかふわふわしてるけどもー」

「ふわふわって……」


 ガタン。


 桜井さんが、静かに席を立った。


「私、お手洗いに行ってくるね」


「あ、澪っちー」

「あ、ちょっ……」


 俺と大島さんの声を背中で受けながら、桜井さんは教室を出ていった。


「はぁ……」


 思わず、ため息が漏れる。


「あらら、フォロー失敗?」


「いや。まぁ……なんというか、俺も挙動不審だったからな。仕方ないよ」


 大島さんは俺の机の前にしゃがみ込み、うつむく俺と目線を合わせた。


「で? いったいなにを悩んでいるのかなー、副会長さんは。クラス委員の私がお話を聞いてあげよう!」


 相変わらず、大島さんは元気だ。


 そして、元気なだけじゃない。


 場の空気を読むのも上手くて、必要なときにちゃんと踏み込める。

 その思慮深さこそが、彼女がクラスで人気者である理由なんだろう。


 大島さんは肘を机に乗せて頬杖をついた。


「……大島さん、距離近くないか」


「こういうのはね、目線を合わせるのが基本なの!」


 胸を張って言い切るあたり、さすがは現クラス委員だ。


 俺は小さく息を吐いて、天井を見上げる。


「……大したことじゃないんだよ。本当にさ」


「はい出た。

 “大したことじゃない”って言う人ほど、大したこと抱えてる説」


「うるさいな」


「図星だ〜」


 大島さんはにやりと笑ったあと、少しだけ声のトーンを落とした。


「言ってごらん、吉野くん」


 まぁ、大島さんになら――。


「……ホワイトデー」


「え?」


「そ、その……桜井さんへのホワイトデーのお返し。悩んでてさ」


「……」


 一瞬、大島さんの動きが止まった。


「あれ、大島さん?」


「吉野くん……」


 彼女は俺の両肩に手を置く。


「な、なんだ……?」


 そして、一拍の呼吸の後に言い放った。


「大したことないよ!!」


「ええ!?」


「あー、心配して損した!」


 彼女はそう言うと、すっと立ち上がった。


「よーく悩むのだ。青年よ」


「ちょ! アドバイスもないのかよ!」


「よーく悩むのだ! ほっほっほ!」


 謎の高笑いを残し、大島さんは自分の席へ戻っていった。


「……何のキャラだっつーの……ったくもー」


 ぼやきながらも、視線を戻す。


 そして、考える。 


 数学の問題とは違う。

 かといって、国語とも違う。


 難しい。

 わからない。

 答えが、導き出せない。


 期末テストで学年一位を取っても、解けないこの難問。


 それは――人の心。


 どうしたら、

 どうやったら、

 あの子は喜んでくれるのだろうか。


 彼女はたぶん。

 たぶんだけど、今も俺を好いてくれている。


 その一方で、俺はまだ恋愛にも、彼女にも、きちんと向き合えていない。


 中途半端なのは――俺のほうだ。


『よーく悩むのだ!』


 案外、それは当たっているのかもしれない。


 最初から答えがないのなら、考えるしかない。

 わからないなりに、答えを出してみるしかない。


 俺は、深呼吸をする。


「よし! やってみるか!!」


 思わず、声に出してしまった。


 教室がざわつく。


「あ……」


 クラスのみんなに笑われる中、

 少し離れたところで――大島さんだけが、親指を立てて目配せしているのが見えた。



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