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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第11章 衝撃のホワイトデー編

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第103話 絶対守護聖域・屋上


 ギィ。


 俺は「関係者以外立入禁止」と書かれた看板と、置かれたカラーコーンを避けながら、鉄のドアを押し開けた。


 その向こうに広がっていたのは、一面の夕焼け空。


 オレンジ色に染まった空を、数羽の鳥が横切っていく。

 下の校庭からは、野球部の掛け声が、風に乗ってここまで届いていた。


 暖かくなってきた空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺は足を進める。


 ――屋上。


 フェンスの向こう、その夕焼けを背にして立っていたのは、一人の少女だった。


「よ。こんなところで、何してんだ?」


 俺の声に、彼女はゆっくりと振り返る。


「大河か」


 生徒会長――霞汐乃。


「生徒会長がこんなところで油売ってたら、まずいだろ。稲葉も桐崎も桜井さんも、みんな汐乃を探してたぞ?」


 軽く笑いながら言うと、俺は彼女の横に並んだ。


 フェンス越しに見下ろす校庭では、野球部が精力的に練習を続けている。

 白いボールが夕日に反射して、きらりと光った。


「あぁ」


 汐乃はそう言って、視線をグラウンドに戻す。


「しかし大河。私がここにいると、よくわかったな」


「……あぁ。前のバレンタインの日、お前ここからチョコレートを俺にぶん投げたろ。だから一応、な」


「ふ。なるほどな」


 彼女は小さく笑うと、再び口を閉ざした。


 その沈黙を気にしないように、俺は続けて言葉を重ねる。


「ここなら誰も来ないし、考え事するにはもってこいだもんな。俺もここに来るのは、ずいぶん久しぶりだけど」


 すると、彼女が反応した。


「そうか。私が一年の時、当時の生徒会長から聞いていた“手の焼ける問題児”とは、お前のことだったか」


「あー……。はは。あの会長には、いろいろ世話になったな」


 少しだけ、昔の自分を思い出してしまう。


「俺が今こうなった大きなきっかけは、コンビニのアルバイトを始めたことだけどさ。

 でも、そのさらに手前で背中を押してくれたのは、一年の時に生徒会長からアルバイトを勧められたことなんだ」


「そうだったのか。私は当時、変わった生徒が同学年にいる、という程度にしか思っていなかったが」


「だろうな」


「早々に退学するだろうとも思っていた」


「だ、だろうな……」


「それがまさか、生徒会副会長に選ばれ、期末テストで学年一位にまで上り詰めるとは。誰も想像していなかっただろうな」


「だろうなぁ……」


 フェンス越しに沈みかけた夕日を眺めながら、

 俺たちは、同時に笑った。


「なぁ、汐乃」


「……?」


「テストの件――」「ちがう」


「え?」


 彼女は、即座にそう言い切った。


「私は別に、期末テストの順位が落ちたことを気に病んでいるわけではない」


「え、そうなのか?」


「今回、私が点数と順位を落としたのは、単純に私自身の怠慢だ」


 きっぱりとした口調だった。


「そして、お前が高得点を取ったのも――

 それはすべて、大河自身の努力の結果だ」


 一拍、間を置いてから、彼女は続ける。


「……素直に言う。流石だ、大河」


 その声音は、どこか静かだが芯がある。

「流石は、私の見込んだ男だ」


「……やけに、熱が入ってるな……!」


 思わず苦笑しながら言う。

「まぁ、嬉しいけどさ」


「ふ。確かに、大河の言うとおりだ。私は考え事があるとき、よくここへ来る」


 フェンスの向こうを見つめたまま、汐乃は言った。

「無論、一生徒としてはよろしくない行為だという自覚はある」


「……別に、そんなの咎めたりしないって。

 悩み事があるなら、聞くくらいはできるけど?」


「……」


 彼女はゆっくりとこちらを見た。


 まっすぐで、探るような視線。


「やはり、お前は他の生徒とは違っているな」


「え、そうか?」


「ああ。お前は私を子供扱いするような節がある」


「そんなつもりは……」


「いい。話を戻そう」


 汐乃は視線を夕焼けに戻した。


「私が考えていたのは、進学先のことだ」


「進学か……。お前なら、日本に留まる必要もなさそうだもんな」


「ああ。アメリカの、ハーバード大学を考えている」


「ハーバード!? ……すげぇな、お前……」


「最近はそのために、医学関連の研究論文をいくつか書いていてな」


 さらりと言うが、内容はさらりではない。

「その影響で、テスト勉強の方が少し疎かになった」


「疎かにしてなお学年二位キープしてる時点で、十分バケモンだと思うけどな」


「私の家は医師の家系でね。本当は、この高校への進学自体、反対されていた」


「へぇ……」


「それでも、どうしても弓道部に入りたくて、無理を言って通わせてもらった」


 汐乃は、わずかに口元を緩める。


「条件付きで、だがな」


「条件?」


「学期末テストで、常に学年一位を取る程度には、勉学に励むこと」


「……え?」


 一拍遅れて理解して、思わず声が裏返る。


「ええ!? じゃあ俺のせいで、親御さんに怒られるんじゃ――」


「そのとおりだ」


「ええ!?」


「だから――」


 汐乃は、こちらへ一歩近づいた。

「責任を取ってもらう」


「え、責任!?」


「私の傍にいろ」


 赤い光を受けた汐乃の顔は、冗談とも本気ともつかない表情をしていた。


「ちょ、それってどういう――」


 俺が困ったような顔をしていると、

 汐乃はくるりと背中を向けて言った。


「勘違いするな。生徒会副会長として、だ」


 ――なんだ。


 俺は内心、ほっと胸をなでおろす。


「なんだ、そういうことかよ。わかりにくいな」


 少し笑って、続ける。


「そんなの当たり前だろ?

 これから三年生の卒業式があって、

 三年になったら新一年生も入ってくる。

 イベントなんて山ほどあるんだ」


「ああ」


「俺だけじゃない。

 稲葉も、桐崎も、桜井さんも――

 みんな、お前を全力でサポートするって」


「ああ」


「汐乃はさ、よく『生徒のために』って言うだろ?」


「ああ」


「でも、汐乃だって“生徒”の一人なんだからさ」


「ああ……」


 俺は一歩踏み込んで――

 躊躇なく、彼女の頭に手を伸ばす。


 ぽん、と軽く。


 撫でる。


「たまには、俺たちのことも頼ってくれよ。生徒会長」


 風が、屋上を吹き抜ける。


 汐乃は何も言わなかった。

 その背中は、さっきよりも小さく見えた。


(しまった!)


 俺は我に返り、慌てて撫でていた手を離した。


「あ、悪い! つい、瑞希――いや、妹にしていたのと同じことを……!」


 言い訳がましくなった自分が、情けない。


「……」


 汐乃は、こちらを振り返らないまま、静かに言った。


「いくぞ」


「え?」


 彼女はそのまま、屋上の扉の方へ歩き出す。


「みなが待っているのだろう?

 ――副会長」


 一瞬だけ、その呼び方が胸に残った。


「……ああ! 行こう、生徒会!」


 俺は彼女の後を追った。


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