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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第10章 覚醒の期末テスト編

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第100話 三者三様


「ありがとうございました。またお越しください」


 そう言って、俺は一人のサラリーマンを見送った。

「お待ちのお客さまー、こちらどうぞー」


 声と手は、いつも通りに動いている。

 レジ打ちも、袋詰めも、何一つ滞っていない。


 ――けれど。


 俺の意識は、どうしても店の外に引っ張られていた。


 ガラス越しに見える、あの青いベンチ。


 そこに、

 深山と、

 桜井さんが、

 並んで座っているからだ。


(……なんで、こうなった)


 期末テストが終わった、その夜。


 一息つけるかと思ったが――


 ガラス一枚を隔てたその距離が、やけに遠いようで近いようで。


 深山は明らかに緊張したように、少し背筋を伸ばして座っている。

 桜井さんはというと、どこか落ち着かない様子で、膝の上の手を何度も動かしていた。


(……なんで俺まで緊張してるんだ)


 今は勤務中。外に出るわけにもいかず、かといって、見ないふりもできず。

 俺は、モニター越しに二人の様子を盗み見るように確認しながら、次のお客さまを待った。


「……はぁ」

 息を吐く。


 まったく。



 * * *



 期末テストが終わって、一息。


 私は大河くんに勉強を教えてもらったお礼も兼ねて、今日ここに来ていた。


 それに――

 一つ、どうしても相談したいこともあったから。


 それは……。


「み、澪さん……」


 私の右隣に座った彼――深山湊介くんが、緊張した声で口を開く。


「あ、はい!」


 反射的に、少し大きめの声で返事をしてしまった。


 そう。


 期末テスト前。

 私はこの深山くんに――告白というものをされた。


 それは、生まれて初めてのことだった。


「なに? 深山くん」


 できるだけ、普段通りに。

 そう思って口にしたはずなのに、声が揺れているのが自分でもわかる。


 どうしていいのか、ずっとわからなかった。


 それからの一週間、考えようとしても、考えきれなくて。

 勉強に集中しようとすればするほど、ふとした拍子に思い出してしまって。


 周りの友達は私に口々に言った。


「どうするの?」

「いいじゃん、深山くん!」

「イケメンだし、頭もいいし、将来安泰じゃない?」


 ……うん。

 確かに、そうなのかもしれない。


 深山くんは学校内でもちょっと有名なくらいに優秀で、まっすぐで、努力家で。

 私に好意を向ける理由だって、ちゃんと説明してくれた。


 だから――

 嬉しくないわけじゃない。


 むしろ、とても嬉しい。


 でも。


『……めちゃくちゃ似合ってる。その、すごく……可愛いと思う。うん』

 

 ――いつか聞いた彼の言葉。


 胸が高鳴るとか、

 会うたびに顔が熱くなるとか、

 声を聞くだけで安心するとか。


 そういう感情とは、どこか違っていた。


『桜井さんは友達だよ。もうずっと前から。そんで、これからも』


 ズキンと胸が痛んだ。


 これもいつかの彼の言葉――


 私はもう、“恋”っていう感情を知ってしまっている。


 だから、


 深山くんが隣に座っている今も、

 私はどこか冷静で、

 同時に、罪悪感みたいなものを抱えている。


 今なら、少しだけ渚さんの気持ちがわかる。


 痛い。


 なぜなら、本気の気持ちには、本気で答えないといけないから。


 例え、私の言葉で彼を傷つけることになっても。


 多分、それが責任を背負うってことなんだと思うから。


「……あの」


 深山くんが、もう一度口を開く。


 膝の上で握った手に、力が入っているのが見えた。


「今日……来てくれて、ありがとう」


「ううん。こちらこそ」


 笑って返した。


「澪さん、あの時の返事。聞いてもいいかな?」


 ガラス越しに、店内が見える。


 レジの向こうで、大河くんがいつも通り仕事をしている。

 視線が合うことはないけれど、

 なぜかそこにいるだけで、少し落ち着く。


 ――勇気をもらえる。


(……ずるいな、私)


 深山くんは、真剣だ。

 だからこそ、曖昧なままにしてはいけない。


 私はそう思って、ベンチの上で背筋を伸ばした。


 ――ちゃんと、向き合わなきゃ。


 そう決めて、深山くんの方を向いた。



 * * *



 僕は息を潜めて、彼女の言葉を待っていた。


 ――怖い。


 こんなにも怖いと思ったことは、これまで一度もなかった。


 勉強なら、やれば結果が出る。

 スポーツだってそうだ。

 努力は裏切らないし、数字や順位は嘘をつかない。


「深山って、スペック高いよなー」


 それは、小学生のときに同級生から言われた言葉だ。


 その頃から、僕は薄々気づいていた。

 自分が、いわゆる“要領のいい人間”だということに。


 理解は早い。

 飲み込みも早い。

 外見だって、悪くない。


 褒められることには慣れていた。


 小学生の頃も、

 中学生になってからも、

 高校に上がってからも。


 何人かの女子生徒から、好意を寄せられた。


 中学二年のときには、

 学年で一番可愛いと噂されていた女子から、こんなふうに言われたこともある。


「深山くん! ずっと気になってました! 私と、付き合ってください!」


「……いいよ。別に」


 そのとき、胸は高鳴らなかった。


 恋愛感情なんてものは、正直よくわからなかった。

 ただの興味。

 “周りが言うから”。


 付き合ってみたら、何かが変わるんじゃないかと思っただけだ。


 でも、現実は違った。


 一緒に帰っても、

 メッセージをやり取りしても、

 手をつないでも。


 どこか他人事だった。


 彼女が笑っても、泣いても、

 僕の心は動かなかった。


 恋愛感情というものが、最後まで理解できなかった。


 だから、別れは早かった。


 理由を聞かれても、

 うまく説明できなかった。


 ――その程度のものだった。


 なのに。


 今は、違う。


 ベンチの僕の隣に座る彼女――桜井澪さん。

 彼女の一言を待っている、この時間。


 胸が締めつけられる。

 息が浅くなる。


 あんなに答えを聞きたいはずだったのに、

 今では聞くのが、怖い。


 結果が数字で出ない。

 努力すれば必ず報われるわけでもない。


 これは――

 僕が今まで、避け続けてきた領域だ。


 僕は初めて、

 自分の“スペック”が役に立たない場所に立っている。


 だからこそ、怖い。


 そして同時に――


(……僕は今、本気なんだ)


 自分でも、はっきりわかってしまった。


 この感情こそが本物の“恋”だということに。


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