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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第10章 覚醒の期末テスト編

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第97話 開花 ver.2


 教室の扉に手をかけた、その瞬間だった。


「おはよう、大河くん」


 聞き慣れた、そして少し暑苦しい声。


「深山か。ああ、おはよう」


 振り向くと、案の定、廊下の真ん中に深山湊介が立っていた。

 腕を組み、やけに晴れやかな顔をしている。


「今日はお互い、頑張ろう。期末テスト初日だしね」


 まるで決起集会の号令みたいな言い方だ。


 俺は一瞬きょとんとしてから、自分でも驚くほど、自然に肩の力を抜いた。


「おう。ま、そりゃあそうだな」


 深山が、わずかに眉を上げる。


「ずいぶん落ち着いてるね。昨日までの君なら、もう少しピリピリしてると思ってたけど」


 その言葉に、俺は苦笑する。


「ああ、かもな」


 言いながら、教室の中を一度だけ見渡す。

 机、椅子、黒板。

 いつもと何も変わらないはずの風景が、今日は妙にクリアに見えた。


「なんて言うかさ……」


 俺は深山のほうに視線を戻して、肩をすくめる。


「上手く言えないけど、今までよりも――

 方程式が、“頭に入って”仕方なかったんだよ」


「……え?」


 彼が目を瞬かせる。


「昨日の夜、解いてた問題もさ。今までみたいに公式を思い出そうとか、無理に覚えようとか、そういう感じじゃなくて」


 俺は手のひらを広げる。


 頭の中に、すっと線が引かれる感覚。

 数字と数字が、記憶と記憶が自然に繋がっていく感覚。


「気づいたら、答えまで一直線だった」


 まるでスイッチが切り替わったみたいだった。


 いや――


 ずっと前からあったものが、ようやく噛み合っただけなのかもしれない。


 手のひらをもう一度握って深山に言う。


「だから、今回は五教科とも満点を目指すぜ」


 深山は数秒黙ったあと、ふっと口元を歪めた。


「……大河くん。やっぱり君は面白いやつだね」


「かもな」


 俺は緩く笑って返す。


「満点を目指すからには敵はお前でも、汐乃でもない」


 深山の目に、火が戻る。


「……言ってくれるじゃないか」


 そう言うと彼は自らの教室へ戻っていく。俺はそれを見届けてから、自分の教室の扉を開けて中に入っていく。既に何人かの生徒が、今日のテストの問題を覚えようと奮戦している。


 自分の席へ向かおうとした、その途中。


「あ……大河くん……」


 呼ばれて、足を止める。


 桜井さんだ。


 俺と目が合った瞬間、彼女はわずかに視線を逸らし、左手で前髪を整える。


(……?)


 これは彼女がたまにやる、どこか落ち着かない時の仕草。


 昨日の夜とは、少しだけ雰囲気が違う。


「おはよ。桜井さん、昨日は途中で寝落ちしてたみたいだな」


 とりあえず、いつも通りに声をかけた。


 すると――


 彼女は一瞬、ぴたりと動きを止めて。


「……」


 それから、ほんの小さく息を吐いた。

 それはため息、だったように見えた。


(なんで?)


「……おはよう。大河くん」


 彼女は漫画でよく見るいわゆるジト目で俺を見た。


「あ、ああ」


(どうかしたのか?)


 俺は数学の方程式を解くかの如く、自らの乏しいコミュニケーションスキルや知識を総動員して演算した。


 昨日、電話で勉強して。

 そのまま寝落ちして。

 起こさずに切ったのが、まずかったか?


 そんな考えが一瞬よぎる。


 でも、桜井さんは俺の顔をちらりと見て、すぐに視線を床に落とした。


「……大河くん」


 彼女が、何か言いかけて口を閉じる。


 その間に、教室のざわめきが一段大きくなる。

 テスト前特有の、落ち着かない空気。


「ううん! 昨日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう! お互いがんばろうね。今日は!」


 そう言って、桜井さんは笑った。


「ああ!」


 その後。


 俺は自分の席に腰を下ろした。


 椅子を引く音に混じって、周囲から紙をめくる音や小声の確認が聞こえてくる。

 教室全体が、テスト前特有の緊張に包まれていた。


 その中で、背後から軽い声が飛んでくる。


「相っ変わらず、お前は桜井さんといい感じだよな。前よりも」


 橘だった。


 俺は苦笑しながら、鞄を足元に置く。


「そうか? まぁ、生徒会でも一緒だしな」


「それにさ……」


「ん?」


 俺は振り返る。


 橘は少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、続けた。


「なんか、お前変わったな」


「俺? 毎日会ってるのに?」


「ああ。なんつーか……前よりこう……」


 橘は自分の後頭部を掻きながら言う。


「憑き物が落ちた、って感じ」


 その言葉に、思わず小さく息を吐いた。


(……たぶん、間違ってない)


 俺自身、うまく言語化はできない。

 何がどう変わったのか、はっきり説明しろと言われたら困る。


 ただ――

 前みたいに、誰かの背中を必死に追いかけている感覚がない。

 とでも言えば良いか。


 筆箱を取り出し、机の上に置く。

 シャープペン、消しゴム、替え芯。

 一つずつ、いつもの位置に並べていく。


 不思議と、手元が落ち着いていた。


「……まぁ、そうかもな」


 そう答えると、橘はにやっと笑った。


「だろ? なんか今のお前、普通に頼もしいぞ」


「そういうお前は、相っ変わらず頼もしくないな」


「お前なぁ!」


 橘は大げさに声を上げる。


「せっかくいいこと言ってやったのに、それかよ!」


「残念だけど事実だろ」


「くっ……言い返せねぇのが腹立つ!」


「ははは!」


 思わず笑い声が漏れた。


 こんなふうに、肩の力を抜いて笑えるのも久しぶりな気がする。

 テスト前だというのに、不思議と胸の奥は静かだった。


「まぁいいや。お互い、やれるだけやろうぜ」


「ああ」


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