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【第二局】白黒の戦場(ボード・ウォーズ)


「それでは対局を始めてください。」


静まり返る会場に、打ち初めの音が響く。

国際囲碁ワールドカップU22、初戦。

日本代表の第1ラウンドの相手は、技巧派揃いのベトナム。


その第一局、古賀光志は白番を持って盤についた。相手は、グエン・ヴァン・トゥ。ベトナム囲碁界の新星で、柔軟で多彩な布石を得意とする技巧派だ。


序盤、光志は模様争いに遅れを取り、何度も形勢をひっくり返されそうになる。


(焦るな。相手の碁を聴け……)


囲碁部の再建を後押ししてくれた岩田先生と、日々の努力を見守ってくれた長嶺先生、そしてユエという碁敵と過ごした時間が、光志の打ち筋を静かに変えていった。


自分の碁を押しつけるのではなく、対話としての一手一手を積み上げる。

中盤、光志は見事に一角を奪い返し、流れを呼び込む。

しかし、終盤のヨセで痛恨の読み抜け。


「日本、第一局、敗北――」


盤を見つめたまま、光志は小さくうなずいた。


(負けた。でも、ちゃんと打てた)


控室のモニターでは、加藤大河が第2局の準備に入っている。

同時に、もう一つの別ブロック――中国代表との対局の映像が映し出される。


その盤面に座っているのは、林 玥とシェン・シン。



「まさかまた、あなたと打つことになるなんてね」

「うん。私も、少しだけ……そう思ってた」


中国代表、シェン・シン。

かつてユエと同じ囲碁英才教育を受け、何度も競い合った因縁のライバル。


ユエが中国を離れ日本で囲碁を続けることになってから、中国にもでった今でも、直接手を交える機会は途絶えていた。

だが、今や中国女流棋士ナンバーワンとなった、シェン・シンにとって、林 玥は今も「越えたい壁」だった。


「……私、あなたにずっと憧れてたの。追いかけて、追いつけなくて、あの時の日本の地方大会で、一度だけ勝った。それが、全部。」


「覚えてるよ。あの時、私は……光志に合わせられなかった。」


シェン・シンの目が鋭く光る。


「ペア碁だから負けたって、言いたいの?」


パチッ――石音が鳴った。

十九路に、火花が散る。


序盤から激しい攻め合い。

シェン・シンは、鋭く打ち込んでくる。まるで「見て」と訴えるような石の連打だった。


だが、ユエは動じない。

盤上を流れるように渡り、緩やかに包み込むような構え。


(シェン・シン、あなた……強くなったね。でも)


ユエの打ち筋には、もう迷いがなかった。

中国時代の影を抜け、日本で磨いた“静の碁”。形にとらわれず、相手の力を受け、自然に返す。


中盤、シェン・シンが仕掛けた切断は失敗に終わる。

流れは完全にユエへ。


終局の一手を打った後、沈黙が流れた。


「……また、負けたんだ。わかってたのに、やっぱり悔しい。」

「私は……あなたと打てて、嬉しかったよ」


ユエの瞳はまっすぐだった。

比べるためでも、勝つためでもなく、ただ囲碁で向き合いたかった。それだけだった。


「……あなたは、私の後ろにはいないよ。ちゃんと、並んでた。今の碁、強かったから」


シェン・シンは顔を伏せ、小さく笑った。


「また打とうね。次は、勝つ」

「うん。またね」



その頃、ベトナム戦では――


加藤大河が二番手として出場し、ギリギリの接戦を制した。


「日本、第二局、勝利!」


チームスコアは1勝1敗。勝負の行方は、最終局へ。


そしてその盤に座ったのは、再びユエだった。


相手はベトナム代表の女子エース。互いに大模様を張る展開の中、ユエは徹底して冷静だった。


盤全体を見渡し、流れを読み、必要なら石を捨ててでも形を取る。

それは、まるで“水のような碁”。


中盤を抜けたあたりで、明らかに形勢が傾く。


終局後、対局相手は清々しい表情で手を差し出した。


「素晴らしい碁でした。あなたの石は、静かだがすごかった」


ユエは一礼してその手を取った。


そして――

「日本、第三局、勝利! 初戦、2勝1敗で白星スタートです!」


控室でそれを聞いた光志は、ふっと笑った。

「さすがだな、ユエ」


しかし、ユエは盤から顔を上げず、小さくつぶやいた。

「……でも、本番はこれから」


その視線の先にいるのは、次の相手。

光志と、もう一人の中国代表――魯 ルー・ファン


(あなたも、……きっと、試される)


静かに夜が更けていく中、世界の十九路は、さらなる熱を帯びていく。



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