表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第1編:『有り得ない世界 ― 原爆なき世界編 ―』  作者: 蔭翁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/4

第2回 無傷の都市、揺れる帝都

第2回 無傷の都市、揺れる帝都

 広島の朝は静かだった。

 いや、「静かすぎた」と言うべきかもしれない。


 大村貴志として目覚めた佐伯鷹真は、朝刊を広げながら、街を歩いていた。

 活気のある表通り。整備された路面電車の軌道。焦土の記憶も、焼け野原の風景も、ここにはない。あの8月6日の惨劇は、この世界には“起こらなかった”のだ。


 新聞の一面には「帝都再軍備論、再燃」とあった。

 GHQによる統治はすでに数年前に終わっており、日本は再び独立国家として歩み始めている。だが、背景にあるのは、「未使用の核兵器を持つアメリカ」と「核保有を進めるソ連・中国」との緊張関係だ。


 日本はそのどちらにも属さず、軍を持たず、ただただ怯えていた。

 ——原爆が落ちていない代わりに、「原爆の力」を心の底から恐れる体験をしていない。


 この世界の人々は、戦争の終結を“外交の力”と“天皇の決断”によるものと認識しているようだった。広島・長崎の被爆という強制的な終焉がない分、「あの惨禍」が想像の中でしか語られていない。


 そのためか——


「なぁ、大村さん、聞いたか?東京の連中、本気で核武装に前向きらしいぜ」


 同僚の記者・高倉が笑いながら言った。


「非核三原則? あんなのは建前だよ。むしろ“持ってない方が危ない”って論調のほうが多い」


「……冗談だろ」


「いや、本気だ。実際、戦争の“抑止力”がなかったからこそ、今も冷戦下のアジアで日本は完全な“属国状態”だってさ。東と西の間で、どっちつかず。独立国なのに、実質、外交も軍事も制限だらけだよ」


 佐伯は、ゾクリと背筋に冷たいものを感じた。


 歴史は強制的に終わるからこそ、“終わった”と信じられる。

 けれど、ここでは「終わりきれていない」。戦後処理も、平和教育も、国家のビジョンすらも曖昧だ。


 その夜、新聞社の編集会議で、「日本の自主防衛をめぐる連載企画」が提案された。

 編集長は言った。


「大村、お前、広島生まれだったよな? 次の特集は“平和都市・広島の真意”だ。いいか、この街が本当に平和を象徴するなら、核武装の是非にどう向き合うのかを問う必要がある」


 つまり、「お前が書け」ということだった。


 佐伯——いや、大村貴志は黙ってうなずいた。

 断る理由がなかった。


 部屋に戻った彼は、深夜のラジオをつけた。

 スピーカーから流れるのは、帝都・東京の政治討論番組だった。


《日本が核を持てば、対等な外交ができる——》

《被爆国という自意識に縛られているのは、幻想ではないか——》

《真の独立国家として、もう一度武装するべきだ——》


 その言葉は、まるで別人の口から出ているように感じた。

 いや、もしかしたら、それが“普通”なのかもしれない。


 原爆を落とされなかった世界。

 あの日の絶望がなかった日本。

 そこに生きる人々は、過ちを「知っていない」。


 そしていま、平和都市・広島が、再び「戦力の象徴」として利用されようとしていた。


 佐伯の胸に、得体の知れない焦燥が渦巻いた。

 “この世界の人々は、これからそれを選ぼうとしている——。”


 それが、いちばん恐ろしかった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ