Chap1 ep1-四翼獣よ、憎しみを込めて
皇国への遠征を前に、四番連隊の隊員は魔界パトローラー本部の演説会場に召集された。デルデノット隊長が登壇すると、280名の隊員は静まり返り緊張が漂う。
「もう皆知っているだろうが、我々デルデノット魔物討伐隊はウグィス皇国への遠征部隊に選ばれた」
すると、一斉に歓声が上がった。傍から見ればただの出張に過ぎないが、日々束縛的な業務をこなすパトローラーからしてみれば、公的に旅行ができるようなものである。しかし、その歓声を打ち消すようにデルデノットは続けた。
「はぁ、何故そんなに浮かれていられるんだ? まあいい。3日後、マリーズの地で会おう」
そう言い終えると降壇し、解散の号令がかかった。何ともデルデノットらしい、簡潔な集会だ。隊員達の大半は皇国遠征について知っていた。が、その日が3日後にまで迫っていることは初耳であった。マリーズ大公国までの移動には早くても半日かかる。残された時間の短さに焦燥感を覚えた多くの隊員が宿舎へと急いだ。勿論その中にはラドエフ班も含まれている。
♦四番連隊宿舎
宿舎に戻ったラドエフ達は、早速荷造りに取り掛かり始めた。
「もう。何よ3日後って! ほんとにあの人は理解できない!」
ルアナが不満をぶちまけるが、皆せっせと荷物を詰めている。相手にしてもらえなかったルアナも、黙って荷物の整理に手をつけた。食料は要るか否か、貴重品は置いていくべきか、様々な議題で論争が巻き起こり、しばらくして一定の落ち着きを取り戻す頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。準備は万全、いつでも出発できる状態になったことを確認したラドエフが提案を呟く。
「明日の朝には出発するか」
また班長が妄言を吐き始めた、呆れ気味の班員を尻目にラドエフは続けた。
「せっかくマリーズに行くなら観光したいじゃないか」
他の2人が思うことを代弁するようにジャックが反論する。
「出動要請が来たらどうするって言うんだ」
「警備区域の引継ぎはとっくに済んでる。精鋭揃いの六番連隊の皆様に感謝だな」
「ほほう」
ジャックは黙り込み、賛成の意を示した。内心ルアナも大賛成であったが、自分からそう言うのは気が引ける。それを察してか、サンティアが口を開いた。
「いいんじゃないですか。私は賛成します」
多数決を勝ち取ったところで、ラドエフは畳み掛ける。
「ルアナ君は、どうだね?」
「え? ああ、別にいいと思うわ。これで全会一致ね」
班内で一番乗り気なのはルアナだった。
翌日、ラドエフ班は間違いなく最速の出発を果たした。マリーズ大公国は大陸西部沿岸に位置する広大な漁業大国である。徒歩で向かえばそれこそ丸1日かかってもおかしくはない。それに道中で湖の周りを大回りすることを避けられないであろう地上ルートは好ましい選択とは言えなかった。
そこでラドエフ班がとった選択が、空のルートだ。四翼獣と呼ばれる翼獣種の魔物に大型のゴンドラを装備させた飛行船は、魔界における遠距離移動の定番となっていた。フリゲールは人族による孵化・育成が成功した稀有な魔物の一種で、温厚な性格と有り余る体力を兼ね備えており、古くから移動用途として貢献している。
そのフリーゲル飛行船が最寄りの村にあることを、ラドエフは勿論把握済みだ。簡易的な飛行場であったが、2匹の四翼獣が待機している。どうやら御者と思わしき中年の男と戯れているようだった。
「今から出発することはできるか? マリーズまで行きたいのだが」
「マリーズ大公国か、随分と長旅になるぞ。途中で休憩も必要だ」
「構わない。いくらかかるんだ?」
「150エメラティアだ。200とってもいい距離だが、まけてやる。お嬢さんが2名いるようだからな。はっはっは」
「女装してくるべきだったか」
ラドエフが手続きを進める中、サンティアは困り果てていた。どうやら四翼獣に好かれてしまったようで、嘴で何度も小突かれる。羽毛を撫でてやるとお気に召したのか、頭を擦り付けた。
「でかい図体の割には、可愛げがあるやつだ」
ジャックも同じように撫でようとしたが、懐くどころか帽子を奪い取り、丁寧に咀嚼しだす。食べられないことがわかると吐き出し、再びサンティアへと意識を向けた。唾液まみれになった帽子はもはや原型を留めていない。
「おいお前、焼き鳥にしてやろうか!」
憤慨する哀れなマジシャンを見て、ルアナは大笑いしている。すると、手続きを終わらせたラドエフ達が戻ってきた。
「なんだ、やけに賑やかじゃないか」
「お、もう出発するのか?」
自称切り替えが早い男、ジャックが尋ねる。
「ああ。ん? ジャック、お前帽子を被ってなかったか?」
無言で帽子だったものを指し、四翼獣を睨みつけるジャックを見て、状況を理解したラドエフはこみ上げてくる笑いを抑えることに必死だった。
「武器と荷物はこの箱の中に入れておいてください」
巨大な箱を抱えた青年が声を掛ける。恐らく見習いなのであろう。御者の男と同じバッジを付けている。地面に置かれた頑丈な造りの箱は重厚感があり、容量も十分だった。大鎌、弓、少量の食料、着替えなどが詰められていき一通り荷物を収納し終わると、これまた頑丈な蓋で閉ざされた。
「おいおい、誰か帽子を忘れてるぞ」
後ろからやって来た御者が笑いながら声を上げる。
「あの唾液まみれのを被れって言うのか? あんたらにくれてやるよ」
ジャックは不満そうに答えた。
「そりゃあ気の毒様。でも弁償はできないぞ?」
「向こうで新しいのを買うさ」
「はっはっは。悪ぃな」
見習いの青年がゴンドラに荷物入れの箱を取り付け、出発の準備が整った。
「それじゃあ、よろしくお願いしますよ。大きな鳥さん」
サンティアはすっかり懐いた四翼獣の頭を撫でる。四翼獣も嬉しそうに鳴き声を上げた。