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ホウケンオプティミズム  作者: 高城 蓉理
最終章 発表に関して
29/32

第五条

◆◆◆



 スポットライトに興味はなかった。人の前で何かを発表することからは縁遠い生活で、独りぼっちだって困らない。本当は自分が行動を起こす理由が欲しかっただけだから、見返りなんていらなかった。

 それなのに…… 

 私はこんなところまで来てしまった。目の前は靄がかかっていて、いつまでも行きたい場所には辿り着かない。いや、違う。本当は私は一体何がしたかったのだろう。


 頭のなかは考えが纏まらなくて、心臓が落ち着かない。私の未来予想図にはなかったことが連発していて、これは全部 先生のせいだ。

 でも いま自分がこの場所にいることを、私は心のどこかで誇りに思っている。結局、物事を起こすきっかけは他人に依存できても、最後に行動することを決められるのは自分だけなのだ。


 私はあの日の先生の姿にに、未来を見出だしたかった。

 大丈夫。私は出来る。自分を心から信じるのだ。

 

 


◆◆◆



「おい、大丈夫か? お前さ、さっきから顔面が真っ青だけど? 」


「別に健康には問題はありません。集中が高まって、頭に血が巡っていないだけですから 」 


「何だ、そりゃ。お前さ、さっきから言っていることが支離滅裂なんだけど大丈夫か? 」


「ハア? 大丈夫なハズがあるわけないでしょう。私は田町先輩と違って、全国大会なんて初めてなんです。それに人前でアナウンスを披露するのも、そもそも表舞台で何かを発表すること自体に経験がないんですから 」


 京都駅から在来線を乗り継いで数駅先に、全国大学放送コンテストの舞台となる市民ホールがある。ここ数十年は会場は変わっておらず、毎年同じ場所で大会が開催されているらしい。大会が運営されるホールは平面ながらも、ざっと数百人は入れるような広さがあった。

 取り敢えず 田町と高輪とは京都駅で無事に落ち合えて、会場に入ることは出来た。昨日のバタバタに関しては、二人には一切伝えてはいない。一瞬でも油断をしたら、直ぐにでも赤面してしまいそうだ。もしも口を滑らせて先生の部屋で一夜を明かしたなどと言ってしまった暁には、本当にコンテストどころの騒ぎでなくなると思えていた。


 結局のところ……

 昨日は驚きと緊張で、一睡も出来なかった。別に一日くらい寝なくても死にはしないし、先生がいなくても眠れなかった算段は高いから、その辺りは問題はないと思うことにする。オートロックを良いことに、朝は大森とは顔を会わせずに部屋を出てきた。もう、そのくらいのことは多めに見てもらわないと、身体に毒が回る気がしたのだ。


「おいおい、お二人さん。まあ、じゃれ合いはそのくらいにして。そろそろ発声練習が始まっているみたいだよ。僕らも部屋を移動しないと 」


「「ハアっッ! じゃれ合ってなんかいないっ」ですけどっッ! 」


「ははは。そこまで一語一句ハモっていたら、それは十分に気の合う師弟関係だと思うけどねえ 」


 高輪は苦笑を堪えながら出口を指差すと、桃佳と田町に待機室に移動するように促す。三年生は本格的な就活に備えて、この冬で正規の活動からは引退をする。高輪が部長であるのも、田町と一緒にコンテストに出場するのも最初で最後かと思うと、一抹の寂しさが込み上げる気がした。


「あの、田町先輩は緊張とかはしないのですか? 」


「緊張? そうだな。今回はあんまり緊張はしてないな 」


「なっ、ちょっと、それって普通に羨ましいんですけど。私はいま心臓が(色んな意味で)バクバクですから 」


「そうか。まあ、俺の場合は今回の大会は無欲で参加してるからな。そもそも結果を出したいと思ってないし 」


「ハア? それって一体、どういうことですか? 」


「そのままの意味だよ。今回は別に一位でも八位でも構わないんだ。俺は一位の称号はいくつも持ってるからさ。今回は順位を取ることでなくて、自分の読みに集中するだけだよ 」


「なっ 」


 田町は何とも羨ましい理由を述べると、ネクタイを結び直し、タイピンの位置を確認する。そしてフーとその場で呼吸を整えると、廊下を歩きながら腹式呼吸を整え始めていた。


「じゃあさ、お前に一応 先輩らしいことを助言してやるよ 」


「えっ? 」


「緊張するって状態は、身体も心も萎縮して良いものを生み出さない。でも()()()はお前の味方になってくれるはずだから 」


「緊張感? 」


「ああ。緊張感を自分で作り出すって意識すると、不思議と気持ちに余裕が生まれるものだよ 」


「…… 」


 珍しく田町先輩が優しい? いや、珍しくなんてないか。本当はいつも教えてくれたり、助けてくれたり、一生懸命に向き合ってくれてたのだから。


「あの、田町先輩 」


「はあ? 何だよ、俺からはもうアドバイス出来ることなんてないけど? 」


「違います。あの、ありがとうございます 」


「はい? 」


「いつも面倒臭くて、理屈ばっかりな私に向き合ってくれて、ありがとうございます。私がこの大舞台に立つことが出来たのは、田町先輩のお陰ですから 」


「いや、俺は別に何もしていない。全部、お前の努力の賜物だろ 」


「…… 」


 田町は さらっと自分の手柄を否定すると、ワイシャツの袖を捲っていた。その横顔が、悔しいくらいに格好がいい大人に見える。

 先生の存在がなかったら…… 自分はきっと田町に惹かれていたのかもしれない。春先であったら絶対に考えなかった感情が、少しだけ桃佳の中で芽生え始めていた。


「あの、田町先輩。私は田町先輩の後輩になれて良かったです 」


「えっ?」


「お前さ、さっきから急にどうしたんだ? 」


「だから、田町先輩も結果を出してください 」


「…… 」


「田町先輩がテレビの向こうで活躍される日が来たら、私は表現の自由と公序良俗の名の元に先輩の権利を全力で守りますから 」


「……何で急に、壮大な話を始めてんだ? お前、昨日の晩に変なものでも食っただろ? 」


 田町は怪訝な表情を浮かべると、桃佳の頭にポンと手のひらを乗せる。桃佳は一瞬 その温もりにドキリとしたが、次の瞬間にすべての幻想が崩れる音がした。


「ちょっ、田町先輩っ! 髪型がっッ、崩れますっっ 」


「ったく、お前は俺のことを心配している場合じゃないだろ? 」


 田町は桃佳の都合などお構い無しに、髪の毛をワシャワシャとすると、いつもの意地悪な表情に戻っていた。


「別に後輩の力なんぞ借りなくても、俺は俺のなりたいものになるよ。だから人の心配なんてしてないで、お前はお前らしく頑張ればいい 」


「あっ 」


 田町の言葉が胸に響く。頑張れって言葉が、これ程心強く感じたことは始めてかもしれない。そうだ、私は頑張っていいのだ。


 そっか。舞台に立てば自分は一人だけど、独りじゃない。同じ目標に向かって一緒に走れる同士は、学生時代にしか得られない特権みたいな関係性なのだ。

 桃佳は一息付いて 満面の笑みで「頑張ります」と答えると、すべての覚悟を決めるのだった。




◆◆◆




「あーあー、田町が天沢さんと良い雰囲気になってるっ。って、大森先生、聞いてますか? 」


「ったく、君は一体、僕に何が言いたいんだ? 」


 一方その頃、会場の隅では高輪と大森が 桃佳たちの只ならぬ雰囲気を盗み見していた。大森は用事を済ませて午後に京都入りすると言っていたはずなのに、お昼前から既に会場に顔を見せていた。


「僕はてっきり大森先生は、天沢さんの発表に興味があるのだと思ってましたよ。こんな早い時間に応援に来ていただけるとは聞いていなかったもので 」


「予定が早く終わったから、その分 巻いただけですよ。学生の晴れ舞台を観たいのは、顧問として当然ですから 」


「あの、大森先生に念のために確認しておきますが 」


「急に改まって、どうしたんだい? 」


「週刊誌に撮られた女性は、本当にただのクライアントで、写真は意匠の侵害をしてきた宝飾店へのマーケットリサーチですよね。

どうやら女性には本命のフィアンセがいるようだし、さっさと訂正したらどうですか 」


「ああ、あれね。別にあの記事の内容は真実でないのだから、僕は何も疚しいことはないよ。それに、君は僕に何を訂正しろって言うつもりなんだい? 」


「……先生って、意外と往生際が悪いんですね。ったく、早くしないと、天沢さんが取られちゃいますよ? 」


「別に僕と天沢さんは、そういう関係ではない。第一、大学講師が学生と どうこうなろうなんておかしいですからね 」


「……僕は正論は嫌いです 」


 高輪はいつになく強めの口調で、大森に食って掛かっていた。


「珍しいね。高輪くんが僕に意見をするなんて。

でもあいにく僕たち法律家の仕事は 正論を如何に正論とするかを考えるのが仕事なんでね。こっちも折れるわけにはいかないんですよ 」


「…… 」


 大森はプログラムを開くと、腕時計を確認する。朗読部門の開始時刻は、あと十五分というところまで迫っていた。


「ただまあ、僕たち法律家は逃げ道を塞ぐのは得意だし、同じくらいに逃げ道を探すのも上手かもしれない 」


「はい? 」


「そうだね。確かに このまま何も声を掛けずに天沢くんを送り出すのは、僕としても不本意だ 」


 大森は吐き捨てるように呟くと、黙ってその場を離れる。緊張した面持ちの学生たちの束をするすると潜り抜け、目線の先の桃佳の元まで真っ直ぐ向かうと、パタリと足を止めたのだった。


「えっ、先生? もう、いらしてたんですか? 」


「…… 」


 急な大森の参上に、桃佳は思わず目を見開く。コンテストの前に大森と顔を合わせるのは、桃佳としては予想外のことで、その側にいた田町は思わず息を飲んでいた。

 泣こうと、喚こうと、逃げられない。

 それは見出だされた者が背負わなくてはならない、一種の業のようにも思えた。


「君は世界で一番優秀なアナウンサーだ 」


「えっ? 」


 大森はその手のひらをパッと差し出すと、桃佳の頭に乗せていた。そして何かを上書きするように髪の毛を軽く撫でると、こう話を続けた。


「君は僕が見つけた才能だから、必ずいい発表が出来る、絶対に 」


「あの、先生…… 法律家が、絶対になんて言い切って大丈夫なのでしょうか 」


「いま絶対と言わないで、逆にいつ絶対という単語を使いますか? 」


「…… 」


 髪の毛から微かに伝わる体温が、酷く熱を帯びている気がした。

 大森は それ以上は語らず、直ぐ様踵を返すと また再び会場の隅へと退散する。桃佳としては突然の出来事に、頭の中身が一瞬にして全てイレイスされた感覚になっていた。




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