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ホウケンオプティミズム  作者: 高城 蓉理
最終章 発表に関して
25/32

第一条

今夜、完結します

◆◆◆



 放送研究会に入部して、アナウンスを始めてからは およそ半年。

 その間に、色んな無茶無理無謀を食らったけど、毎日のように自分自身に問いかけていたことがある。それは「自分らしさ」とは何だろう、という些細な疑問だ。 


 例えば意匠法第一条には「この法律は、意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」と書いてある。

 そもそも意匠とは、簡単に言ってしまえばデザイン全般のことを指す。物品、建築物及び画像のより美しい形態、より使い勝手のよい形態を探求する行為を、創作者の財産として保護し 創作活動を奨励するのが意匠法の役割なのだ。この法律があるからこそ、人々は自分のアイディアを存分に形に出来る。オリジナリティーが商業的な価値に繋がり、他人から模倣されるようなことは社会が許さない。その事実が秩序を守り、人間の文化的な営みを保護するのだ。


 全国放送コンテストに応募をしたのは、不可抗力だった。きっかけは淡い気持ちから始まった不純な動機で、とても胸を張れるような代物ではない。だけど大森先生との距離を縮めたかったし、本気で知的財産管理技能士になりたいと思っている。今もその気持ちに偽りはない。全国コンテストで結果を残す、ただそれだけが自分が頑張るモチベーションだったのだ。


 先生にとっては 自分はただの学生だ。あくまでも自分はワンノブゼムに過ぎなくて、リップサービスを鵜呑みにしてしまったのかもしれない。仕方がない、先生からしたら自分は子どもだし、眼中に入らないのは当たり前だ。それなのに少しだけ期待してしまった自分が恥ずかしい。


 私はこれから何のために頑張ればいいのだろう……

 いや、待てよ。

 そうだ。そもそも誰かのために頑張ろうとしていたこと自体が、適切でないのかもしれない。

 「自分を見てくれている誰か」という存在は、物事を為すための原動力の一つだ。大切な人のために頑張ったら、その一人には確実に自分の朗読は届くのかもしれない。でも本当にそれでいいのだろうか? 

 いま自分が取り組んでいるアナウンス朗読は、一人に届いただけでは意味がない。その人が文学を黙読する時間の代わりに、作者の意図を音で伝える。それがアナウンス朗読における自分の役割なはずだ。


 最終的には自分で決めて、自分のためにやり遂げる。自分の存在価値は他人に依存してはいけないし、自分の価値は自分で見出だすものなのだ。


 私は自分に答えを探す。

 きっと私が信じた先に「自分らしさ」を見つけ出してみせるのだから……


 



◆◆◆


 


「おい、変なところで息継ぎをするなっ。『これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた』までは、一息でいけ。体面通りの句読点は、息継ぎする記号な訳ではないからなっッ 」


「ちょっ、田町先輩っ。明日には京都に発つのに、ギリギリまでスパルタをしないで下さいっっ。めっちゃ不安になりますからっ 」


 まさかまさかの展開だった。歴半年の甘ちゃんが全国大会にコマを進めることが出来るなんて、様々な巡り合わせと噛み合わせに感謝しかない。桃佳は悴む指先にカイロを当てながら、昼休み返上で朗読の練習をしていた。


「あの、桃佳さんって、本当にアナウンス初心者だったんですか? こんなに情緒がある読み方なのに、信じられません。私もコンテストに応募するだけしてみれば良かった。そうしたら京都観光に行けたのにー 」


「いやいや、有紗ちゃん。私たちは京都に観光しに行く訳ではないからさあ 」


 お昼時の部室は いつもは部員で溢れ返っているのに、この一週間は映像ユニットは部室の使用を自粛している。

 田町と高輪は順当に予選を勝ち上がり、今年もまた全国大会に出場することになっていた。そんな中、ダークホースだったのは桃佳の存在だ。正直なところ決勝の八人に桃佳がコマを進めるなど、誰も予想などしていなかったのだ。

 S大放送研究会の数十年の歴史の中でも、喋りの部門で複数人が予選を突破したことはない。これは部の中でも一大事で、吉報を聞き付けたOBからは 激励の声が連日届くような期待の高まりだった。


「あのお言葉ですけど、高輪先輩はご自身の練習は大丈夫ですか? 」


「アアあっ? それは本当にお言葉が過ぎる質問だな。お前はいつから人の心配をする余裕が出来たんだ? 生憎だけど 俺はコンテストは高校時代から常連だし、場数がお前とは桁違いなんだよ。俺のことはいいから、とにかくお前は練習しろ。どんなに練習を重ねても、本番はどうしても場の雰囲気に飲み込まれる。とにかく本番までに図々しいくらいの度胸と自信をつけろ 」


「はあ、そんなことを言われても 」


 桃佳はあからさまに顔を歪めると、致し方なく原稿に視線を落としていた。

 全国大会は毎年十二月の第一週の週末に京都にある市民ホールで行われる。桃佳は最近まで知らなかったのだが、全国大学放送コンテストは関西の放送局の後援を受けて、大学有志が主体となって運営がされているのだそうだ。ちなみに本選に関しては映像作品は順位の発表のみなのだが、アナウンス系の種目に関しては、一発本番の対面式で実際に腕前を披露して大会が競われる。


「お前はさ、結果を出して 大森先生の特別授業とやらを受けたいんだろ? せっかくチャンスを引き当てたんだ。どうせなら一つでも上の順位を狙うのは自然な流れだろ 」


「ええ。まあ、それはそうなんですけど。でも一次を突破できたのは、偶然と言うかラッキーだったといいますか 」


 桃佳はごにょごにょと滑舌悪く黙り込むと、グッっと言葉を飲み込んだ。正直なところ、今の状況から考えれば、大森とのマンツーマン授業などは、こちらから願い下げだ。でも理由を正直に言う訳にはいかないので、桃佳としては完全に八方塞がりに陥っていた。


「あのさ、お前が何を悩んでいるかは知らないけど、決めたのはお前だからな 」


「えっ? 」


「確かに大森先生が出場しろって言ったから、大会にエントリーしたのかもしれない。だけど放研に入部したのも、アナウンスを始めたのも、大会に出場したのも最終的には全部お前の意思だろ? それなら最後まで自分に責任を持てよ 」


「それは…… 」


 田町は正論過ぎる正論で桃佳を一蹴すると、再び朗読の原稿に目をやる。相変わらず田町は自分がエントリーしたニュース原稿には、相変わらず一切の興味を示さなかった。


 夢十夜……

 あの蒸し暑い夏の夜に、田町と衝突しながら録音したはずなのに、正直に何をどう工夫したかも思い出せない。まさかまた朗読する日が来るなど思っていなかったから、すべてを一からやり直すような気分だった。

 本番は明後日で、桃佳は初めて人前で自分のアナウンスを披露する。やり直しは利かないし、失敗だってしたくはない。それを考えると、確かに過剰なくらいの自信は持ち合わせた方がいいと思えた。


「とにかく今日も四限が終わったら、部室に集合な。アナウンスに関しては、追い込みと一夜漬けがある程度は効くからな。反復練習をしまくって、口に動きを叩き込んでしまえ 」


「はあ 」


 田町は自分の鞄から授業に必要なものだけを取り出すと、残りの荷物を部室の隅に追いやる。そして部室の鍵付きロッカーの中からクリアファイルを取り出すと、ぶっきらぼうに桃佳に突き出した。


「あのさ、悪いけど今日中に この書類に大森先生に印鑑を貰っておいてくれ 」


「えっ? これってもしかして合宿届ですか? あの、まだ出していなかったんですか? 」


「高輪と俺の京都入りの日付がずれていたんだよ。俺は明日も六限まで授業があるし、高輪は就活ガイダンスがあるんだと。俺らは本番の朝に夜行バスで京都入りするのに、日付を間違って書いていたから 」


「あの、細かいところは学友会本部も確認はしないんじゃないですかね? 」


「そういう訳にはいかないんだよ。書類はきちんとしておかないと、遠征で何かあったときのための保険が降りなくなるならな。あのさ、お前もいい加減に腹を括れよ。大森先生と何があったかは知らないけどさ 」


「なっ、私は大森先生とは何もありませんっっ 」


 桃佳は田町の雑な言い回しに、思わず声をあげると、話を畳むようにクリアファイルを強奪する。何でバレているかは知らないし、理由を知りたくもない。桃佳はクリアファイルとスマホを手にすると、そそくさと研究室棟へと向かうのだった。


 



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