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ホウケンオプティミズム  作者: 高城 蓉理
第四章 肖像に関して
20/32

第四条

◆◆◆



 半年前の自分なら これは願ったり叶ったりなシチュエーション。でも今は、何だか 物凄ーーく悪いことをしている気分が否めない……


「右よし左よし。知り合いは、いないよね? 」


 桃佳は辺りをキョロキョロと見回すと、「こっちです 」と、連れに向かって合図をする。なるべくなら一目は避けて、大講堂まで無事に二人で辿り着きたい。でも文化祭という大型イベントの特性上、そう一筋縄ではいかないものだ。


「あのね、君の気持ちは分からなくはないけど、そこまで神経質にならなくても大丈夫だと思いますよ? 」


「ちょっ! 大森先生! お願いですから ()()()に着くまでは 喋らないで下さい。先生が学生の代わりに助っ人に来たと先方に知られたら、色々と都合が悪いんですっ 」


「はあ? 今回は人員難という正当な事情があるから、顧問が人肌脱ぐのは当然でしょう。だから僕としては ここまで大袈裟に一目を憚る必要はないと思いますけどね 」


「まあ、それはごもっともな意見だとは思いますし、感謝してもしきれませんけど…… って、ヒイッッ!! やっぱり今すぐ 、そこ柱に隠れてくださいっッッ 」


「えっ、なっッッ、君!! 何があったんだいっっ? って、う゛う゛っッ 」


「シッーー 静かに。向こうから管弦楽部の群れが押し寄せてますっっ。しかも私の()()()()がいるんでっッ 」


「ハア? 管弦楽部? 群れ? 」


 桃佳は大森の口を両手で塞ぐと、ついでにスタッフパーカーのフードを無理矢理被せる。大森が助太刀を買って出てくれたのは 有り難いことだったが、桃佳は軽く動悸を起こしていた。


 正面からは楽器を片手にゾロゾロと集団が歩いてくる。その先頭にいるのは、紛れもなく この大楽団をコンマスとして率いる日笠の姿だった。


「あっ、天沢さん、お疲れ様。パーカー姿なんて珍しいね。もしかしてこれから司会にでも行くの? 」


「あっ、うん。まあ、そんな感じ 」


「そっか。隣の方も放研の人? 」


「あっ、うん。まあ、そんな感じかなあ 」


 桃佳は明らかに作り笑顔を浮かべると、嘘にならない答弁を繰り返す。否定も肯定もしないのは些か狡い気がしたが、とにかく大森の存在がバレないことが最優先だった。


「そっか。部活でお揃いのスタッフパーカーって、新鮮でいいね 」


「あ、ありがとう。私たちは今日は これから英語劇研究会のお手伝いなんだ。声の仕事ではないんだけど、機材室運営のアルバイトなの。日笠くんたちは…… 演奏か何か? 」


「ああ。中庭ステージでミニコンサートをしてきたんだ。今日はスペースが狭くて選抜メンバーだったんだけど、明日は大講堂で派手にやるんだ。この前の定期演奏会と同じ曲だけど、良かったら聞きに来てよ 」


「そうなんだ。時間が合いそうだったら、是非そうさせてもらおうかな 」


 桃佳は必要以上に会話を盛り上げると、その場を離れるタイミングを模索する。日笠は法学部だから、大森の顔が割れている。桃佳は それでも何とか管弦楽部の大群をモーゼの如く直進すると、大講堂までフルダッシュする。機材室に着いてしまえば こちらのものなのに、今日はその道のりが とても長く感じられた。


「ハアハア。取り敢えずはバレずに済みましたかね 」


「君、大丈夫ですか? 舞台の本番はこれからなのに、既に一通り やりきったみたいな顔をしていますよ 」


「ええ。正直なところ、今のやり取りは 少し堪えました。私は嘘を付くのが、得意ではないので 」


「別に君は彼に対して、虚偽は言ってはいませんよ。それに嘘を付くのが得意な人間がいるなんて、それはかなり倫理的にマズイんじゃないですかねえ 」


 大森はパーカーのフードを剥がしながら、苦笑いを浮かべている。大森は特段の変装はしていなかったが、スタッフパーカーを着ているだけですっかり学生のオーラを纏っていた。


「さてと。もうすぐ目的地に着きますね。僕は機材室に入るのは数年振りです 」


「すみません。先生を巻き込む形になってしまって 」


「いいんですよ。今日はこれが最適解です。取り敢えず田町くんは一人で店を守ってくれてますし、ここは細かいことは気にせずに 自分たちのやるべきことに集中しましょう 」


 大森は首をポキポキと鳴らすと、スタッフパーカーの袖を捲る。そこには桃佳が初めて見る大森の姿があるような気がしていた。 


「あの、先生、宜しくお願いします。私も足手まといにならないように、全力を尽くしますので 」


「おっ、その意気は大事ですよ。それに適度なハッタリは 時に事態を好転させますから 」


「……? 」


 大森が発した「ハッタリ」の意味が桃佳にはよく分からなかったが、今は深追いする余裕など有りはしない。桃佳は自分の頬にパチパチと気合いを込めると、再び学内を小走りし始めていた。



◆◆◆


 


“Once upon a time, there was an old man and an old woman. One day, when they were walking through a bamboo grove, they found a shining bamboo.”


 何だ、この違和感はッ?

 って、台詞が全部英語!! なのは当たり前か。この舞台をやるのは英語劇研究会なのだから。でも果たして今から このキューシート(進行表)の内容を全て把握するなんて、間に合うの?

 

 桃佳は前のめりにパソコンとキューシートの間で視線を行き来すると、必要なところにマーカーを引いていた。事前にリハーサルを収録したVTRがあったのは助かったが、倍速視聴だから雰囲気くらいしか内容は掴めなかった。


「もしもし、君? そろそろ進行表に目は通せましたか? 会場時間が迫っているから、お客さんが来る前にポン出し機(効果音再生機材)の確認をしてしまいましょうか 」


「………… 」


「って、ポン出し機は僕がやりますかねえ。進行表をざっと見た感じだと、効果音が入るタイミングが多いみたいですし 」


「えっ、あっ、大森先生、すみませんっっッ! ちょっとばかり集中していました 」


 桃佳は大森と共に 大講堂の機材室に籠っていた。キューシートというのは放送現場などで使われる進行表のことで、台詞の隣に効果音やBGM、照明の指示などが書かれている。桃佳が午前中に一人でこなした箏曲部の舞台は、ステージと客席の明暗転のみと非常にシンプルな操作だった。しかし劇ともなれば、話は別だ。夜のシーンであれば照明は暗くなるし、スポットライトや

場面ごとに異なる演出がある。照明の位置調整や系統確認は昨晩のうちに高輪たちが完了させているのだが、それを初見で操作するのはプロでも難しい所業だった。


「英語劇と言っても、題材が竹取物語なのは助かりましたね。ストーリーが分かっていれば、知らない作品よりは取っつきやすいですし 」


「はあ、まあ、それはそうなんですけど…… 」


 急遽メンバーの入れ替えとはなっていたが、英語劇研究会は快く承知してくれたのは不幸中の幸いだ。英語劇研究会の特性もあってか 部員は英文学科や国際学科の学生が中心なようで、今のところは大森の存在に気づかれていないのも助かる要素にはなっていた。


「君は英語は苦手ですか? 」


「えっ、まあ、そうですね。文系なのに英語が苦手とか、恥ずかしい話ですけど 」


「そうですか。でも君は英語の成績は悪くはないですよね? むしろ秀ではなかったかい? 」


「えっ? 何で先生が私の成績を? 」


「君は基礎ゼミの受講生だからね。勿論、成績は確認するよ。いい人材は本ゼミにも来て欲しいからね。君はもう少し自分の努力を認めてあげてもいいと思いますよ 」


「はあ 」


 自分の努力を認めてみたらと言われても、努力と実力が比例する訳はない。それに当たり前ではあるけれど、先生に自分の成績が筒抜けなのは、何かが喉をつかえるような感覚がした。


「まあ、必要に迫られたら語学は飛躍的に向上するものですよ。理工学部の彼ら(高輪と有紗)に出来て、法学部の我々が出来ない理由はないでしょう。同じ大学の学生なのだから、やってやれないことはないはずです 」


「…… 」


「さあ、今のうちに確認を急ぎましょう。僕らはとにかく無事に幕を繋がなくてはならないのですから。それに照明卓の操作は僕の方でもフォローします。大丈夫。数字をしっかり確認したら、ミスをする確率は減ります 」


 大森がポン出し機を連打すると、会場中に魔法のような煌めかしい音が木霊する。その乾いた響きは、さらに桃佳の動揺に追い討ちをかけていた。


「…… 」


「ん? どうかしましたか? 今のは竹を割ったときに出すキラキラ効果音ですけど、何か違和感でもありますか? 」


「えっ? いいえ、あの、すみません。少し考え事をしていただけなので 」


 桃佳はハッとした様子で大森を振り向くと、震える声を押し込める。

   

 一瞬、我を失っていた。本番前の大事なときに、これでは不誠実が過ぎるではないか、

 ……駄目だ。最近は先生との距離が近くなって、自分の立場を錯覚しそうになっている。

 どんなに頑張っても所詮 自分は学生の域からは抜け出せない。分かっているはずのことを目の当たりにして、自分で勝手に傷ついている。恥ずかしいし、馬鹿らしい。先生はこんなに学生たちのために親身に動いてくれているのに、自分の邪な気持ちだけは絶対に先生だけには悟らせたくはないのだ。

 取り敢えず、今は頭を無にして やるべきことに集中しよう。桃佳は今一度 深く呼吸をすると、照明卓に腰を据えるのだった。








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