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ホウケンオプティミズム  作者: 高城 蓉理
第三章 録音に関して
16/32

第七条

◆◆◆



 空を覆う 雲の僅かな隙間から、星の瞬きが 少しづつ霞んでいくのが良く分かる。漆黒の闇は後退し、空は段々と色を取り戻す。こんなに風景を、自分は今までに一度でも知ろうとしたことはあっただろうか?

 朝焼けが目に痛い。

 太陽が昇る瞬間など、今までは初日の出を拝んだときにしか見たことはなかった。


 風が冷たい。雨が降って、気温が下がった影響もあるのだろう。

 とりあえず部室棟には戻ってきたけれど、まだ部室には入りづらかった。だから致し方なく屋上で夜空を眺めていたら、いつの間にか 日の出の時刻を迎えていた。こんな風景を眺めながら、男は百年間、ずっとずっと明けては暮れるを繰り返している。その忍耐力というが我慢強さは、想像すら敵わない。


「こんな夢を見た 」


 桃佳は いつの間にか暗記してしまった夢一夜を、口に出していた。録音をしては聞き返し、自分の心の中にいる 男と女に問いかける。作者の意図など、他人である自分に分かるわけなどない。だけど、その分からない感情を精査して 言葉に込めるのがアナウンサーの朗読ならば、分からないを極めるのも また一つの表現の手段かもしれないと思えていた。


 穏やかで、静かだ……

 でも向こうの方から、微かに水溜まりを蹴る音が鳴っている。規則正しい足音は、思わず無視をしたくなる ぶっきらぼうな響きがあった。 


「ハアハア。おい、探したぞ。お前さ、大森先生の研究室を出てから、一体どこをほっつき歩いていたんだ? 」


「えっ? ……もしかして、田町先輩? 」


「つーかさ、こんなところで大の字になって、お前の背中はビショビショになってないのか? それにお前ってそんな朝日に打ちひしがれるような、文学的なキャラだっけ? 」


「…… 」


 ふと、一人の影が桃佳の視界に浮かび上がっていた。逆光の陰の隙間からは、田町の不安そうな表情が見え隠れしている。桃佳はゆっくりと起き上がると、髪に付着した泥を払い カーディガンを脱ぐのだった。


「あの…… 先程は すみませんでした 」


「いや、それは俺の台詞だよ。悪かった、その、反省はしている。俺は感情で物事を言い過ぎていたから 」


「……田町先輩に謝って頂く必要などありません。これは私の個人の問題ですから 」


 桃佳は話を言い切る前に 再び背中を地面に付けると、大きく深呼吸をしていた。すると田町も桃佳の動きに呼応するように、まだ水気の引かない屋上へと横になっていた。

 

「田町先輩こそ、良いのですか? これから朝のバイトなのに、全身が雨水だらけになってますよ 」


「まあ、いいよ。どうせ部屋に戻ってシャワーは浴びるつもりだったし、お前だけ ずぶ濡れなのはイーブンではないからな 」


「…… 」


「俺も一緒に考える 」


「えっ? 」


「一緒に第一夜を考察してやるって言ってるんだよ。それならお前も納得するんだろ? 」


「…… 」


 桃佳は無言のまま、思わず自分の胸に手を当てると 自分の鼓動の早さを確認していた。

 和解とか歩みよりは、大人の綺麗事だと思っていた。それなのに 自分の身近にいる彼らは 決して相手を諦めないし、突き放すことを選ばない。こんなに心が痛いと思ったのは、今までに感じたことがなかった。


「ったく、後輩のために こんなに熱心になったのは初めてだよ 」


「何で…… 」


「ハア? 」


「何で、私なんかに 根気強く付き合ってくれるのですか? だって放研的には、私なんかいなくても 全然困らないですよね。むしろ覚えが悪くて指導にも手間暇が掛かって、あまつさえには反抗までするんですよ? 私だったら、そんな部員は御免被りたいところです 」


 桃佳は一通りの主張を並べると、ハアと一息ついて 田町に対して背を向ける。

 素直になれない自分が悔しい。でも辞めたいとは言いたくないし、田町の次の言葉が怖くて仕方がない。気付いたときには、桃佳はギュッと拳を握り込んでいた。


「お前はさ、いちいちセオリーに囚われ過ぎてないか? 」


「セオリー? 」


「ああ。あんまり細かいことばかり気にしていたら、点と点が繋がらなくなったときに、パンクするぞ? でもまあ、どうしてもっていうなら教えてやるよ 」


「えっ? 」


 パシャリと水溜まりが翻る音がして、桃佳は思わず目を瞑る。遠くの朝日が微かに遮られ、目蓋の向こうの世界に影が過る。

 目を開いてはいけない。そう思った。でも

 恐る恐る再び瞳を開いたときには、田町は桃佳の目の前にいて、立て膝を付いていたのだった。


「理由は一つだけだ。アナウンスは面白い。俺はただアナウンスの魅力を伝えたいだけだ。物事を成し遂げたい理由なんて、そんなものだよ 」






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