【お試し版】異世界の黙示録 ~軍人さんはふと思った『科学と魔術を融合させれば最強では?』~
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──異世界へようこそ
2030年が始まった新年。
突如として日本の房総半島沖に出現した『ゲート』という未知の物理現象は、人類に異世界への扉を強引に押し付けていった。
地球の国家と異世界ミッドランの国家は互いを可能な限り尊重して、慎重に交流を進めた。そこに植民地帝国時代の時代錯誤な野心はなく、どこまでも平和的に経済交流が進んでいた──はずだった。
2038年。国連安定化軍司令部。
「伊勢司情報軍中佐、着任しました」
伊勢と名乗ったその男は40代前半ほどで、そのがっしりとした体形を日本情報軍の定めるデジタル迷彩の戦闘服に身を包んでいた。階級章は名乗った通りに中佐である。
だが、その顔にはあまり覇気もやる気もない。何とも『ここに自分が来たのは、絶対に何かの間違いだ』という顔をしている。
「着任ご苦労、伊勢中佐。早速だが我々の任務について確認しよう」
その伊勢を出迎えたのは中将の階級章を付けた同じ日本情報軍の男性だ。極めて事務的に仕事を行っている雰囲気がある。
「我々は国連で決議された安全保障決議に従い展開された国連フィルネシア・ミッションに参加している。我々はこの同国連平和維持活動を遂行するために組織された国連安定化軍の一員だ。ここまではいいかね?」
「ええ、閣下。結構です」
フィルネシア。フィルネシア帝国。
それは地球外に存在する国家であり、日本を始めとする地球の国家が初めて国交を結んだ地球外国家だ。
そして、今その国はあちこちで内戦状態に突入している。
「よろしい。現在、安定化軍はフィルネシア帝国で勃発した数多くの内戦への対応に追われている。正直に言ってこの国は未だに地図に存在しているのが不思議なくらいぼろぼろだ。だが、我々にとってこの国は必要だ」
情報軍中将はそう説明した。
「と、ここまではおおむね説明を受けてきただろう。ここからが本題だ。国連軍は地球ではそれなりに権威のあるものだった。ブルーヘルメットを被っているのが民間軍事会社であろうと無暗に銃撃されたりはしなかった」
だが、ここでは違うと情報軍中将。
「この国で内戦を繰り広げている連中にとって国連は軍閥のひとつに過ぎないという扱いだ。容赦なく攻撃されるし、場合によっては捕虜にすらされない場合もある。人道的な捕虜の扱いという文化がここには欠如している」
「ええ。いろいろと聞いています。首を切り落とされるとか、生きたまま皮をはがれるとか。我々はここで具体的に何を?」
「簡単だ、中佐。ベトナム戦争の焼き直しだ。敵はベトコンと北ベトナム軍で、我々情報軍はさしずめアメリカ中央情報局といったところだ。マクナマラは不在で勝者は入れ替えるがね」
情報軍中将は皮肉気にそう語った。
「さて。で、だ。君にはフィルネシア南部に向かってもらう。そこにサーフォート王国という国があり、例によって内戦状態だ」
「自分のポストは司令部付きの情報参謀で、勤務地はここだと聞きましたが……」
国連安定化軍司令部はフィルネシア帝都イオポリスに設置されていた。伊勢はこの司令部の情報参謀として着任したつもりであったが……。
「予定が変更になった。よくあることだ。既に君の着任は現地にも知らせた。君が挨拶したと同時にね。空軍の輸送機で6時間も飛べば現地につく。サーフォート王国についての簡単な資料は君のODINに送っておいた。さ、行きたまえ」
「了解……」
こうして伊勢は渋々とサーフォート王国なる国家に向かうことになった。
国連安定化軍が空軍基地として利用している帝都の空港にて準備された空軍の輸送機は連絡用の小型機だった。ターボプロップエンジン2基のみで飛ぶ、セスナに毛が生えた程度の小型機だ。
「あんたが伊勢中佐?」
「ああ。サーフォート王国ってところまで頼む」
「了解」
陽気な空軍のパイロットとコパイの2名のみで運用されるそれに伊勢は乗り込んだ。
「ODIN。サーフォート王国についての資料を閲覧」
ODINは日本情報軍を始めとして陸海空の日本国防四軍で使用されるサポートAIだ。様々な端末に使用されており、日本国防四軍の枠を超えて共通したものであるが故に部隊間での情報共有などをスムーズにしている。
『サーフォート王国について国連安定化軍司令部より共有される情報を閲覧』
伊勢の指示でODINは彼の拡張現実端末に情報を表示する。
「サーフォート王国。フィルネシア帝国を構成する帝国内諸邦のひとつ。人口は1000万人程度。地下資源開発を中心に日系企業による大規模な企業投資が行われているが、他の産業については遅れが指摘される、と」
伊勢にはよくある資源国のように思えた。資源輸出によって成り立ち、同時にそのせいで他の経済が発達しない『資源の呪い』を患った国。
「サーフォート王国は現在内戦状態にある。フィルネシア帝国からの分離独立を求める民兵『南部共和国軍』が武装蜂起し、サーフォート王国南部を占領。同民兵は諸外国からの支援を受けて内戦は激化している」
なるほど。南北で殺し合いだからベトナム戦争の焼き直しか。そう思いながら伊勢は資料を読み進める。
「第五共和国軍──以下FRA──は大規模攻勢後の徹底したゲリラ戦略によってフィルネシア帝国陸海軍に打撃を与えた。サーフォート王国における帝国の軍事プレゼンスはもはや全く存在しないものとされる」
おやおやおやおや? ベトナム戦争なのに急に南ベトナム軍が消えたぞ? と伊勢は若干焦りながら資料をさらに進める。
「現在サーフォート王国には国連安定化軍から派遣された日本、アメリカ、カナダ軍が展開し、FRAの攻勢に対応している。しかしながら、国連安定化軍の権限において帝国からの分離独立を完全に阻止するのは不可応である」
では、どうする?
「フィルネシア帝国及びサーフォート王国の完全な主権回復には同国の軍事的努力が必要であり、我々はそれを支援する準備を進めている、と」
国連安定化軍はあくまで平和維持軍だ。国連が積極的に攻撃を仕掛けて、国を助けたとかいう話を聞かないように、国連の力で既にFRAに奪われた領土は回復できない。
こればかりはどうあっても──たとえ、そこにひとりとしてフィルネシア帝国の兵士がいなくとも──帝国とサーフォート王国が血を流すしかないのだ。
「はあああああ」
どうしろってんだ、こんな資料送って。と伊勢は深々とため息。
確かに添付された資料にはもはや帝国陸海軍の配置などはなく、軍事プレゼンスが消滅したというのは間違いなさそうだ。
代わりに派遣されている日本、アメリカ、カナダ軍の部隊が戦線を構築して、ゲリラ戦に応じていた。とは言え、日本にしろアメリカにしろ、地球での安全保障もあり、異世界の軍事に全部隊を投入できない以上、戦力は限定される。
最悪なのはFRAの軍事戦略だ。サーフォート王国南部の密林地帯でのゲリラ戦や市街地でのテロ、要人の暗殺から民間軍事会社の車列へのアンブッシュ。まるでこれまでの戦争の悪夢の詰め合わせだ。
「どうにも裏に地球の人間がいるよなあ……」
いきなりこの前まで中世世界だった国の人間が、いきなりこの手のゲリラ戦について専門家になるかといえば、絶対にノーだろう。
国連は帝国を援助することを決めているが、その決議に反発している国はいる。
『中佐殿。そろそろフライトは終わりだ。本日は日本空軍をご利用いただきありがとうございます!』
「ああ。ありがとう」
憂鬱な気分の伊勢を乗せた連絡機はサーフォート王国に作られた飛行場の滑走路に向けて降りていく。
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──歓迎会の時間だ
空軍の連絡機は無事に着陸し、タキシングして小さな駐機スペースに入ると、そこで伊勢を下ろした。そして、また慌ただしく人を乗せて離陸していく。
「伊勢中佐ですか?」
降りたばかりの伊勢にそう話しかけてくるのは黒髪をショートボブにした小型の女性だった。鍛えられた無駄のない体は日本情報軍のデジタル迷彩の戦闘服で包まれていた。
30代前半ほどの若々しい女性だが、曹長という地位にそう若くして昇進するわけではない。恐らくは日本情報軍が入隊者を募るために施しているアンチエイジング処置を受けているのだろう。
アメリカ軍では歯科医療が無料で、日本情報軍ではアンチエイジング処置が無料と。
「ああ。そうだよ。君は?」
「天竜琴葉曹長です。MACS司令部から中佐を補佐するように命じられています」
「MACS?」
「サーフォート王国軍事援助軍ですよ。こちらへどうぞ」
天竜曹長は短くそう挨拶して、伊勢を軍用四輪駆動車に案内した。陸軍で長らく重宝された軽装甲機動車の後継車両で、軽装甲化されたものに森林迷彩が施されている。その他アクティブ防護システムも完備。
「天竜曹長。俺はそのサーフォート王国軍事援助軍の情報参謀に?」
「いいえ。何も聞かされていないのですか?」
「ああ。新米の少尉みたいに扱われたよ」
天竜曹長が怪訝そうに尋ね、伊勢は肩をすくめる。
「伊勢中佐は一国一城の主ですよ。我々はMACSの傘下にある第901統合任務部隊の一員であり、伊勢中佐はその司令官です」
「あー。その第901統合任務部隊は何を目的に編成されたんだ?」
「スーパーモンスター作戦。司令部に到着したら命令書をお渡しします」
「そうしてくれ」
そして天竜曹長が運転する軍用四輪駆動車は空港を出て、サーフォート王国王都ロンディスの通りを走る。
通りのあちこちに土嚢が積み上げられた陣地が構築されており、パトロールに当たっている国連安定化軍の兵士たちが軍用四輪駆動車で行き来していた。
「どれくらい酷い状況だろうか?」
「王都でもテロは多発していますが、酷いのは前線ですね。FRAはフィルネシア帝国のあちこちで跋扈する軍属の例にもれず、どこからか流出した地球の武器で武装しています。自動小銃から迫撃砲まで」
「前線は安定していない?」
「まさに薄氷の安定です。いつ崩壊してもおかしくありません。前線が崩壊すれば王都陥落までは2週間程度かと」
「はあ。憂鬱になってきたよ」
このベトナム戦争ではサイゴンはいつ陥落してもおかしくないらしい。
「一応司令部に到着する前に聞いておきたいのだが、第901統合任務部隊にはどれだけの人員が配属されているんだ?」
「空間情報軍団からドローンオペレーター1名。電子情報軍団からエンジニア1名。特別情報軍団から特殊作戦要員が4名です。MACSからは後は民間軍事会社を適時利用せよとのこと」
「民間軍事会社を? 連中は前線指揮官が直接雇うものじゃないだろ。国防省が契約を結んで、初めてどうにかなる代物だ」
「ええ。これが綺麗な戦争ならば、ですね」
怪訝そうな顔をする伊勢に天竜曹長がそう言った。
「サーフォートの戦争はろくでもないんですよ、中佐」
「そのようだ」
秘密作戦の場合、合法非合法を問わず求められるのは、作戦の成功。それだけだ。
「ところで、天竜曹長。気づいているか?」
「ええ。つけられていますね」
伊勢たちが乗っている軍用四輪駆動車を先ほどから3台のSUVが追ってきている。
「狙いは?」
「通り魔的なテロ。飛行場で階級章を見られた可能性も。高級将校は常に攻撃の対象になっていますから」
「面倒だな。こういうとき泣きつける相手はいるのか?」
「MACS司令部に要請するしかないですね」
「じゃあ、そうしてくれ」
「了解」
そして天竜曹長がMACS司令部に連絡を取ろうとしたとき、けたたましい銃声が響いた。同時に軍用四輪駆動車の防弾ガラスが嫌な音を立て、そこに銃痕が刻まれる。
「撃ってきたぞ。応援は?」
「現在出動準備中です」
「なら、それまではこっちで応戦しておくしかないか。武器は?」
「後部シートに20式があります」
「分かった」
伊勢は後部シートの武器ケースを開け、中から空挺仕様の20式小銃を取り出す。銃身を短くし、ストックを折りたためるようにしたもので、拡張現実連動のスマートサイトが装着されていた。
「飛ばせ、天竜曹長。可能な限り押さえておく」
伊勢はそう言い窓を開けると身を乗り出して後方のSUVから銃を乱射する襲撃者たちを狙う。襲撃者たちは紛争地域では未だにお決まりの56式自動小銃で武装している。
「全く。中佐にまで昇進したってのに現場でドンパチやる羽目になるとは」
伊勢は愚痴りながらも襲撃者に向けて銃撃。
正確な射撃で銃撃を行う射手を仕留め、次はSUVの運転手を狙う。しかし、敵も防弾ガラスを使用しているらしく窓ガラスはそう簡単には抜けない。
「中佐! MACS司令部に向かいます! こちらから出向きましょう!」
「そうしてくれ!」
天竜曹長が叫び、伊勢がそう返す。
伊勢たちを乗せた軍用四輪駆動車は加速し、ジグザグ走行しながら通りを爆走。それを襲撃者たちのSUVが追いかけてくる。
「しつこい連中だな」
伊勢は射手を狙いながらもSUVのタイヤを狙った。防弾ガラスを装備する要人仕様のSUVでもタイヤは無防備であったりするからだ。
伊勢のその狙いは的中し、タイヤを撃ち抜かれたSUVがスピンして道路から外れて、そのまま走行不能に。
「オーケー。1台仕留めた。次は──」
残る車両を伊勢が確認しようとしたとき、道路が爆発した。
「クソ、RPGだ! 注意しろ、天竜曹長!」
「アクティブ防護システム作動中です!」
飛来する対戦車ロケット弾を軍用四輪駆動車のルーフに備えられた高出力レーザー照射装置がAIが解析した画像データをもとに迎撃。空中で対戦車ロケット弾が爆発する。
「複数のRPG! 回避しろ、曹長!」
襲撃者はアクティブ防護システムの対応が容易に飽和することを知っていたらしく、今度は数発の対戦車ロケット弾を同時に叩き込んできた。
天竜曹長がハンドルを切って回避し、道路に突っ込んだ対戦車ロケット弾が次々に爆発しては衝撃を発生させる。
「不味いぞ。新手だ」
そこにさらに2台のSUVが加わり、伊勢たちを銃撃する。
「まだなのか、天竜曹長?」
「もう少しです!」
伊勢が流石に多勢に無勢で押され始め、とにかくMACS司令部に急ぐ。
「気を付けろ! 前方に人だ!」
そこで伊勢が進路上にひとりの女性が立っているのを目撃し、警告を発する。
その若い女性はゆったりとしたローブ姿であり、大きな木の杖を握っていた。さらに言えば頭には魔法使いには定番の三角帽である。
「ま、魔法使い……?」
伊勢がその姿を認識してためらう中、その女性は杖を掲げた。
「中佐! 姿勢を低くしてください!」
天竜曹長が叫び、伊勢は車内に素早く身を引くと頭を抱えて姿勢を低くした。
次の瞬間、爆発のような強力な衝撃が生じ、軍用四輪駆動車が大きく揺さぶられながらスピンするのが分かった。後方からは爆発音と悲鳴が明確に響いている。
「どうなった……?」
「MACS司令部に到着ですよ」
伊勢が身を起こして窓から外を見ると伊勢たちを追跡していた車両が破壊されており、車両から投げ出されたテロリストたちがアメリカ陸軍の部隊によって武装解除されているところだった。
そして、伊勢たちの車両は同じくアメリカ陸軍部隊によって防衛されている建物の前方に作られた陣地前で停車していた。
「さっきのは一体何が起きたんだ?」
「中佐はこちらでの勤務は初めてですか?」
「ああ。そうだよ」
伊勢は天竜曹長にそう答えながらさきほどの女性を探す。
「魔法ですよ。この世界には魔法があるんです」
そして、伊勢は自分に向けて手を振っている先ほどの女性を見つけた。
「大丈夫ですかー!?」
長い笹状の耳をした、どうみても魔法使いの女性を。
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