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オイルタンカー  作者: げのむ
7/15

オイルタンカー 第七話 オイルロード

 7


 これが、軍隊や警察がロクに機能してない、無政府状態のソマリアだ、というなら。海賊たちが跋扈するのもわかる。

 だが。なぜに軍隊や警察が活動している東南アジアの南シナ海で、海賊行為が頻繁しているのか。その理由を理解するのはむずかしい。

 原因として貧困をあげることもできる。

 でもじつは、それだけ、この海域に。海賊たちが逃げ込んで、見付からずに長期間潜伏できる。小さな島が多いからなのだ。

 東南アジアの地図を広げてみて、最初に気付くのは。共和国がある大陸と相対するようにある、海上の、いくつもの島国の存在だ。

 フィリピンのルソン島。インドネシアのスマトラ島やジャワ島。パプアニューギニアのスラウェン島や、モルッカ諸島。等々。

 南シナ海という海域は、こうした多数の島々で構成されているのである。

 だからコンテナ船やオイルタンカーといった大型船が、この海域を移動しようとすると。

 島のあいだを縫うように移動するのは危険なので。

 いちばん広い通り道である東シナ海や、南シナ海を通るより方法がない、とわかる。

 つまり、私たちが暮らす極東の島国から。

 産油国がある中東にまで、船で行こう。とすると。

 これらの多数の島々を大きく迂回して遠回りをするか。

 大陸と島国のあいだに形成された通り道である、東シナ海と南シナ海を通って。マラッカ海峡という、インド洋に出るための裏道、抜け道を抜けるしかないのである。

 たとえ海賊たちが。こちらを獲物にしようと。海路の途中で待ちかまえている。とわかっていても。ほかの通り道を選ぶ、その選択肢がないのだ。

 こうした、我が国がおかれている海上ルートの問題に気付くと。きっと頭が痛くなると思う。

 なぜなら。もしなにか起きて、このルートが封鎖されたら。それがそのまま、国の危機、になるからだ。

 ただし忘れがちだが。この問題は。極東に位置する我が国だけに限られた問題ではないことだ。

 東シナ海と南シナ海に面した東南アジアの各国にとっても。マラッカ海峡を抜けるルートは。なんとしても死守しなければならない、物流の生命線なのである。


 タンカーのブリッジに連れてこられた真壁は、けっきょくブリッジから追い出されてしまい。

 タンカーの乗組員たちが監禁されている居住区に、もどされることになった。

 理由は。海賊たちが武器と暴力で占拠している状態だというのに、海賊たちに従うどころか、自身の疑問をくちにして。思いつくままに好き勝手なことを彼らにむかって言ったせいだった。

 真壁はそれでも、ブリッジから追い出されるそのときも。タンカーの航行が自動操舵に切り替えられていることを確認しておいた。

 ということは、タンカーは本来のコースをたどっているわけで。このまま進めば、翌々日には。南シナ海を抜けて東シナ海に入ることになる。

 東シナ海には、我が国の領海を守る海保の巡視船がパトロールに出ているはずだ。沖縄には、自衛隊やアメリカ軍の基地がある。

 好き勝手ができた自分たちのナワバリから、それができない場所に出て行くわけで。つまりは、それだけ発見されて逮捕される危険性が高まるはずだ。

 なのに、なぜそんな真似をするのだろう。と真壁は不思議がる。

 考えごとをしてないで、さっさと歩け、と言っているのだろう。海賊の男に背中を旧式ライフル銃の銃口で乱暴に小突かれる。

 真壁はそれを無視して、船舶の廊下を歩きながら、理由について想像をめぐらせる。

 船員たちが監禁されている居住区に到着する。

 監禁する、といっても。タンカーの中に檻があるわけではない。

 カギをかけられる大部屋に乗組員たちを押し込めて、見張りや監視の者を立てて置くしかできない。

 だが海賊たちは、命令された乗組員の監視の仕事をマジメにやる気がない様子だった。

 こういうことに馴れてないのだろう。

 自分たちが目に付く場所においておけばいいだろうくらいの考えで。乗組員たち23名は、居住区にある大部屋に集めてられて。30名あまりの海賊たちと、共同生活をしていた。

 真壁が居住区の大部屋に行くと、部屋に入りきらずに廊下にまで出てきた連中が、廊下に寝転がったり座り込んだりして、いっしょにヒマつぶしをしている。

 廊下に座り込んでカードゲームをやっている海賊たちのあいだに、捕虜であるはずの船員たちもまじって。船員の私物である、花札の使い方をほかの海賊たちに教えている。

 それだけではない。規則でアルコール類はいっさい船内に持ち込み禁止のはずなので。そうなると海賊たちが所持していたことになるのだが。なぜか日本酒の一升瓶や国産ウイスキーのボトルが廊下にならんでいて、海賊たちが酒をくみかわしている。

 さらにそこに捕虜の乗組員たちが加わるという、一言でいえばカオスな状態になっていた。

 普段の規律正しい船員たちの生活態度からは程遠いメチャメチャな光景に。真壁は、ひどいもんだな、あきれてしまう。

 ため息をついている真壁の姿に気付いた船長がやってくると、そばに立って声をひそめて真壁に尋ねる。

「それで、真壁さん。ブリッジを占拠した連中がどこに向かっているのか、わかりましたか?」

「いいえ、無理でした。ですが現在のところは、本船は本来のコースのままに航行を続けています。

 あんなことを言ってましたから、てっきりどこかの離島にタンカーを運んで隠すんじゃないか、と思っていたのですが。どうも、そうじゃないみたいですね」

「それじゃ、やっぱり。途中で、ほかの海賊の船と合流するつもりなんでしょうかね。

 オイルを移し替えるって言ってましたから、海賊たちの手配したタンカーがいるのかも……。だとしたら、どこで合流するつもりなんでしょうか?」

「そうですね。合流するとなると、きっと……」

 真壁と船長は身を寄せ合い、ヒソヒソと小声で話しだす。

 その二人のうしろから見張り役の海賊の男が近づいてくると、両腕を広げて背後から二人をつかまえて、逃がさないようにそのまま二本の腕に力をこめる。

「×××!」

 しまった、こちらが海賊側の動向をさぐっているのがバレたか、と仰天した真壁と船長だったが。

 その海賊の男が酔っ払っていて。嬉しそうに自分たちになにか訴えているのを見て。自分たちの考え違いに気付いた。

 酔っ払っているその海賊の男はずいぶんと機嫌がいいらしく、真壁と船長を抱きかかえたままで、さらに歌まで歌いだす。

 船長は身体を揺さぶられながら、となりにいる真壁に説明をする。

「男はこう言ってます。あと数日もしたら、このタンカーも石油も売り払ってカネにかえて。おれたちみんなカネ持ちになっている。

 大金を手にしたら、おれはそのカネで家族に贅沢をさせてやるんだ。漁に使っていたおんぼろのボートも、新品に買い換える。カネ持ちになったら、親戚中に自慢するぞ。嬉々として、そう語ってますね」

「どういうことですか? こいつらは海賊だとばかり思っていたんですが?」

 海賊の男の発言を通訳してくれた船長に真壁がそう尋ねると、真壁といっしょに海賊の男につかまって揺さぶられながら、船長はこのように説明を続ける。

「ここにいる海賊たちですが、どうやらもとはインドネシアの船員や漁師だったみたいなんですよ。

 彼らは、船員や漁師として生計を立てようとしたがうまくいかずに。そこで仲間に誘われて海賊となった。

 海賊とはいっても、やっていたのは生活費用を捻出するための船を狙った窃盗らしい。

 さらには。海賊の組織と言うのも、地元のヤクザみたいなもので。彼らはそこの下っ端のようです。

 誘われて仲間になって、命令されて狙った船に乗り込み、盗みを働く。そのあとは、組織に紹介された買い取り業者に盗んだ品物をカネにかえてもらうが、けっきょくは半分以上を持っていかれるとか、そんなことをくりかえしていた。

 でも今回のタンカーの襲撃で、窃盗とはくらべものにならないような大金をつかむことができる。そう言っていますね」

「なるほど。だから、大喜びで、ご機嫌なのか」

 真壁は自分を捕まえている海賊の男の風体を、よくよく眺める。

 人相を知られないように覆面で顔を隠していたが、いつのまにかそれを脱いで男は素顔をさらしている。よく日に焼けた腕足の骨格や、身長や体格や顔かたちは、たしかに自分たちとよく似た東南アジアの住人のそれだった。

 さらに日の焼けた浅黒い面をたしかめれば、引き締まった顎と深い皺が刻まれた顔の眼と鼻と口も、筋肉がついた強そうな長い腕や安定がよさそうな短い脚も、我が国でもおなじみの海辺で暮らして漁をする人たちの身体的な特徴そのままだった。

 この海賊の男だけではない。この場にいるほかの大勢の海賊の男たちも、体格や年齢の違いはあるけれども、同じ地域の出身らしい、同様の身体的な特徴をそなえている。

 廊下にすわって海賊仲間と博打にふけっていた険しい顔でいた海賊の男が、手にしたカードを床にたたきつけると、イカサマだ、ふざけやがって、と言っているのだろう。大声でわめきながら仲間の海賊につかみかかる。

 いっしょにゲームをしていたタンカーの乗組員が、あわててつかみ合いの喧嘩を始めた海賊二人の仲裁に入って、それをとめようとする。

 ほかの海賊たちが喧嘩を始めた二人組のまわりに集まってくると、捕虜である乗組員たちの監視などほったらかしで、はやしたてたり、両者の言い争いを見物しだす。

 どういう経緯でインドネシアの漁師や船員たちが、タンカーを襲う海賊になったのかは不明だったが。本職の犯罪者たちとは程遠いその態度やふるまいから察するに、機会さえあればこの連中から情報を引き出せるのではないか、と真壁は考える。

 とはいえ、いつ終わるとも知れない混乱状態のなかで、真壁は酔っ払った海賊の男につかまったまま、いい加減に離してくれよ、とため息をつく。

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