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オイルタンカー  作者: げのむ
6/15

オイルタンカー 第六話 ブリッジ

 6


 タンカーを襲撃したのは、このあたりの海域を活動の範囲にしている海賊たちだった。

 そうなると、あの素人同然のメイリンが。そんな犯罪者たちを、統率していることになる。

 どんな方法で統率しているのか。考えてみたが、真壁にはわからない。

 ブリッジに連行される途中で、メイリンのそばに、軍人らしい覆面の男たちが付き添っているのを見て。真壁は、その仕組みに気付く。

 男たちは、共和国製のコピー兵器だろう。銃庄を折りたためる短縮型の自動小銃を、ボルトを引いて安全装置を解除した、いつでも使用できる状態でたずさえている。

 ほかにも、メイリンのそばに付いた男は。予備弾倉や軍用拳銃をおさめたホルスターを取り付けた太いベルトを腰に巻いている。

 隠せばいいのに、そうやってわざわざ武器や弾薬を誇示するようにしているのは。指揮するメイリンが海賊たちを従わせるために違いない。

 海賊たちがメイリンに従っているのは。儲かるウマイ話に乗るためもあるが。メイリンを取り巻く、武器を持った取り巻きの男たちの存在が大きいのだ、とわかった。

 真壁は。海賊たちに腕をつかまれて、まわりを取り囲まれた状態で。ブリッジまで連れて行かれながら、メイリンを含めたあの軍人らしい男たちの正体や目的を考えてみる。

 それらしい理由はいくつか思いつくが。確証もないので、真壁はそれ以上の詮索はやめておく。

 真壁の説得もあって。ブリッジに立て篭もった乗組員23名は。その身の安全は保証する、という約束のもとで。シージャックした海賊たちにタンカーのブリッジを明け渡した。

 乗組員たちは海賊の捕虜となって。船橋にある船員たちが暮らす居住区に監禁されることになった。

 ブリッジを占拠した海賊たちが最初にやったことは。たとえば、船長を脅して、原油の取り引きに使う大金がしまってある金庫を探すことではなかった。

 海賊たちは。船員たちの着替えをさがして、制服や制帽を手に入れると。それを身に着けて、ブリッジに入ると、自分たちにタンカーの操船ができるかどうか、テストを始めたのだ。

 ブリッジを占拠した海賊たちは、続いて。仲間の一人を機関制御室に行かせて。タンカーのエンジンを始動させる。

 やがて、停船していたタンカーはゆっくりと動き出す。そして、航路計画表に基づいた海上ルートに沿って、南シナ海上の航行を再開する。

 真壁は、自分もほかの船員たちといっしょに監禁されるのだろう、と考えていた。

 だが。やってきた海賊の一人に、ついてくるように、命じられて。ブリッジに行ってみると。先刻の軍人らしい連中が覆面姿に武器弾薬を身につけた格好で、タンカーの操船をやっているのを見ることになった。

 ブリッジを占拠した覆面の一団が、本職さながらにテキパキとこの巨大船を動かして海上を進ませているのを見て。その光景のシュールさに、真壁は妙な笑いが込み上げてくる。

 メイリンだろう。鍛えられた体格をした男たちのあいだに混じって、指示を出していた小柄な一人に気がついて、真壁は相手に呼びかける。

「覆面をかぶったままで操縦なんて。面倒だし大変だろ? 脱いだらどうだ?」

「捕虜にしたタンカーの乗組員たちに、こちらの人相を知られるわけにはいかないのよ。できれば海賊たちにもね。こちらの都合だから。気を使ってくれなくても結構よ」

「?」

 メイリンの返答の意味がわからずに、くびをかしげる真壁は。ついでに、気になっていたことをきいてみる。

「うまくタンカーを乗っ取ったつもりでいるんだろうが、大切なことを忘れてないか?

 たしかいまの法律じゃ、国際航海に従事するすべての大型船に、自動船舶識別装置の搭載が義務付けられていたはずだよな? 危険物を扱うタンカーなら、それこそ絶対に取り付けてなきゃいけない。

 つまり、この船が海上のどこにいるのか。海上をどこに向かっているのか。その情報が、衛星を中継して開示されているわけだ。

 そうなると、さっき君が大々的に宣言していた、どこかに待機させた船にタンカーの原油を移し変える作業は。このタンカーが本来の航路を離れた時点で、なに異常が起きた、と判断されるだろうから。できっこないんじゃないかね?」

 真壁が自分の危険な境遇も気にせずにそう尋ねると、メイリンのほかにもこちらの言葉がわかる者がいたのだろう。ブリッジを占拠して談笑していた連中のあいだにあった、うまくやったという雰囲気が消えて、沈黙が訪れる。

 真壁が主張したままにさせてはいけない、と考えたのだろう。メイリンが真壁に向き直ると、このように説明する。

「AISのことを言っているのなら、あれはこちら側からスイッチを切ることで簡単に停止できる。

 スイッチさえ切れば、陸上側から、こちらの行動を追跡することができなくなる。だからよけいな心配なんてする必要はないのよ」

「まあね。でもそのかわり、スイッチを切れば、追跡をしていた陸上側のレーダーからも突然にタンカーが消えることになる。

 そうなれば、なにか起きたに違いない、と追跡していた側が察して、すぐに連絡が来るだろう。

 それを無視すれば、海保の巡視船がやってくることになる。それでもいいのか?」 

「……」

 真壁の指摘をきいて、メイリンはなにも言い返せなくなる。

 船舶自動識別装置、AISは。海上にいる船の情報をやり取りするための装置である。

 AISは。船舶の識別符号、種類、針路、速力、航海状態および、そのほかの安全に関する情報を自動的にVHS帯電波で送受信することができる。

 それによって、船舶および、陸上局の航行援助施設とのあいだで、それらの情報の交換を行えるようになっている。

 2002年7月1日に発効された〈海上における人命の安全に関する条約〉により。国際航海に従事する300総トン以上のすべての船舶、国際航海に従事するすべての旅客船、国際航海に従事しない500総トン以上のすべての船舶に。このAISを搭載することが義務付けられた。

 ただし、船員が故意にこのこのAISを停波させることも容易なので、AIS情報によってすべての船舶の動静を把握できると考えるのは危険である。

 また船の位置を知られて。海賊行為やシージャックに悪用される懸念もあるために。危険海域では、AISを停波するなど、臨時的な使い方も認められている。

 当然だがこの石油タンカーは。会社側からの指示によって、船員の判断でAISを停波させることは禁じられていた。

 もしもそんなことが起きれば、なにがあったのか、と確認の連絡が来るようになっていた。

 真壁がかさねて質問を続けると、メイリンを始めとしたブリッジにいた連中は、答えられなくなって沈黙する。

 メイリンを含めた、ブリッジを占拠した海賊たちが真壁の指摘を前に答えられずにいると、ちょうどブリッジに並んでいるコンソールの一台で呼び出し音が鳴る。

 本来のタンカーの航海士のかわりに、国際VHSを使った無線式の通信装置のところについていた海賊の一人が。仲間たちにむかって、陸上局からの連絡だ、と伝えると、大急ぎでやってきたメイリンと交代をする。

 メイリンは、通信装置のマイクロフォン、スピーカ、制御装置部分を取り上げると。外部スピーカをオンにして。連絡してきた先方の呼びかけの声を他の者にもきかせる。

「こちらは海上交通センターだ。そちらのタンカーが、南シナ海の海上で停止したまま、数時間のあいだ、動かずにいた。そして、少し前にまた動き出した様子だが……。なにか問題でも生じたのか? もしそうなら、理由を報告してもらいたい」

 センター側からの質問に対して、メイリンは落ち着いた口調でこう返答をする。

「じつは南シナ海の海上で、故障していた漁船と遭遇をした。故障は一時的なものだったらしく、修理後に漁船は航行可能となってそこから立ち去った。

 我々も本来のコースにもどって、現在は南シナ海の予定の航路を航行中だ。このまま東シナ海に入り、我が国にもどる。報告が送れてすまない」

 メイリンの喋りかたは、本職タンカーの航海士が行っているように。発音もしっかりしていて流暢で、そばできいていた真壁も感心するくらいだった。

 だが自動船舶識別装置を通じてタンカー側の行動をずっとモニターしていた交通管制センターの職員は。それでは納得せずに、かさねて質問をしてくる。

「そちらの話によると、漁船と遭遇したとのことだが。タンカー側からのAISの発信は確認できたけれども、事故を起こしたという漁船からの発信は無かった。本当にそれは事実なのか? なにか裏付けは取れないのか?」

 ブリッジにいた海賊たちはハッとした顔でメイリンを見やる。

 緊張した空気がブリッジにいる全員のあいだにみなぎるが。メイリンは素早く機転をきかせて、通信機のむこうの相手に、次のような説明を続ける。

「じつは事故を起こしたその漁船は、自分の漁場をどうしても秘密にしておきたかったらしい。

 だからわざとAISのスイッチを切って故障の修理をやっていたみたいなんだ。そのせいでAIS情報が入ってこなかったんじゃないか?

 ああそれから。タンカーに乗り込んでいる護衛役の真壁って人物が、漁船とのやりとりを一部始終を見ていたから、自分が説明したいと言ってる。いまからかわるから、彼にも確認をとってくれ」

「!」

 やりとりをきいていた真壁は仰天すると、そんな真似ができるものか、と無言のまま身振り手ぶりで抗議をする。だがメイリンが自分にむかって通信装置の通話用のマイクを差し出すのをみて、しかたなく真壁はマイクをうけとると、冷汗を浮かべながら必死にそれらしい作り話をならべだす。

「えぇ、えぇ。そうです。いまの話にあった通りなんですよ……。自分はタンカーに護衛役として乗り込んだ者ですが、じつは途中で、漁船と出会いましてね。

 その漁船が事故を起こしたとかで……。いゃぁっ、大変だった。でも大事にならなくてよかったですよ、ホント……」

 真壁が必死にそれらしい話をならべると、きいていた相手は通信装置のむこうで、なるほどそうですか、わかりました、と相槌をうって、こうやりとりを締めくくる。

「護衛役の方がそう言うなら間違いはありません。それでは今後も、注意して航海を続けてください。タンカーの安全をよろしくお願いします」

「わかりました。そちらも御苦労様です。明日には東シナ海に入ると思います。それでは」

 通信が終わる。真壁は相手との船舶無線のチャンネルがちゃんと閉じているのを確認してから、となりにいるメイリンにむかって、ビックリしたろうが、突然におれに話をふるんじゃない、と大声で文句を言う。

「こんなことにおれを使いやがって。おかげでよけいな罪を重ねちまったじゃねぇかっ!」

「まぁまぁ、そんなに怒らないで。真壁さんには、こういうときのためにブリッジに来てもらったんだから。私たちだけで船を操船して、目的地にまで向かわせることはできても、こうした通信のやりとりではいつかぼろが出て、なにか異常事態が起きているらしい、と感づかれてしまう。

 そういうときは、船の乗組員が出れば、むこうもすぐには気付かないでしょうしね。

 そういうことだから、今後も真壁さんには協力してもらいますからね」

「……」

 メイリンがそのように念を押すのをきいて、真壁はこんな状況に追い込んだ当人に向き直ると、怒りの表情で問いかける。

「その目的地ってのはどこだ? このタンカーはどこに向かっているんだ?

 それにタンカーの原油を海上で移し変えるにしても、33万トンもあるんだぞ。何日かかると思ってるんだ? 本当にそんな真似をするつもりなのか?」

 真壁がそう訴えても、メイリンを含めたブリッジにいる海賊たちは、事前に示し合わせたように、だれもなにも答えようとしない。

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