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オイルタンカー  作者: げのむ
4/15

オイルタンカー 第四話 海賊

 4


 前述した通りに、タンカーはその船体の巨大さゆえに、船の速度が出るまで時間がかかる。

 船の速度が出てないうちは、容易に方向転換ができない。

 だから、後方から速力をあげて突っ込んできた漁船の追撃をかわせなかった。

 漁船はそのサイズは小さいながらも、タンカーに接触しそうな間際を並走して。何度も前に出る動きをくりかえし、オイルタンカーの進路を妨害した。

 大量の原油を船内に積んでいるのだから、漁船に衝突されて。船が航行不能となれば、大変なことになる。

 原油が海に漏れなくても、座礁して火災が生じれば、大事故につながる危険性がある。

 追ってきた漁船に進路をふさがれたタンカーは、しかたなく逃走を断念して、再び海上で停止をする。

 タンカーの動きを封じると、漁船側の乗組員たちは。すみやかに次の行動に移る。

 漁船から小型ボートが次々と海に下ろされる。

 そのボートに乗組員たちが乗り込み、エンジンを始動させる。

 小型ボートは、タンカーへと近づいていく。

 タンカーに近づいた6隻の小型ボートは。停船しているオイルタンカーの巨大な船体の下まで行くと。そこから。

 原油を満載しているせいで、甲板までの距離が10メートル以下に縮まっているタンカーの甲板めがけて。カギつきのロープを次々に投げ上げる。

 カギがタンカーの甲板の手すりにひっかかると、ボートに乗り込んだ男たちはロープをつかんで、タンカーの船体に足をかけて登りだす。

 大勢の男たちがそうやってタンカーに乗り込もうとする光景は、時代錯誤な話だが、商船への襲撃を行う3百年前の海賊たちの再現そのものだった。

 漁船に偽装してオイルタンカーへの襲撃を行ったのは、南シナ海を活動の場所とする、海賊たちだった。

 ウソみたいだが、現代でも海賊はいるし、航行中の船が海賊に襲われる事件もまた発生している。

 だから海賊の襲撃事件の最新情報を知らせるインフォメーションセンターともいうべき組織や団体が設立されているくらいだ。

 そこの情報によると。航行中の商船やタンカーが海賊たちに襲撃された際には。追跡してくる海賊たちが乗る高速ボートや高速艇をジグザグに航行して、振り切る回避行動が、対抗策として推奨されている。

 なぜなら、海賊たちが襲撃を成功させるには。まずは狙った船に近づいて乗り込まねばならない。

 だから、襲われた側は。なんとかして船に乗り移られないようにする。それが重要なのだそうだ。

 また海賊たちは、どうやら活動する海域において大別されているらしい。

 ソマリアの海賊たちは、高速ボートで航行中の船舶を強襲して力づくで船を乗っ取る。

 それにくらべて東南アジアの海賊たちは、夜間に停泊中の船にこっそりと近づいて、見付からないように忍び込み、盗難を行う。

 だから、どちらの場合も船に見張りを立てておいて。海賊側に船に侵入させない。これで海賊たちがあきらめる場合も多い。

 こうきくと、海賊というよりも、もしかすると空き巣か窃盗犯なんじゃないか、と思うかもしれない。

 実際に東南アジアで発生する海賊事件の多くは、船に忍び込んで盗むタイプの軽窃盗事件なのだ。

 ただし、船に強引に押し入ってくる海の押し込み強盗も発生しているので。より強硬な対抗手段が必要になる場合もある、という説明だった。

 30万トン型のオイルタンカーを襲撃した海賊たちだが。

 彼らは、シャツにズボンというありふれた格好に。手製の覆面をかぶったり、スカーフで顔を隠した。どこにでもいそうな40人ばかりの男たちだった。

 彼らは、ほんの30分前には船員として普通に働いていたが。仕事にかかるぞ、と仲間から告げられて。

 ポケットに突っ込んでおいた覆面をかぶって。運ぶように命じられたバッグの大荷物をかついで。ボートに乗ってやってきた、海の押し込み強盗たちだった。

 東南アジアの海賊たちの特徴として、基本的には彼らの狙いはタンカーにある金銭や貴重品になる。

 ただし、近年では。船を乗っ取ってタンカーの石油や灯油を狙う海賊たちも現れるようになっている。

 ブリッジから船長は、タンカーの甲板で作業していた数名の航海士たちに。

 放水用のホースから高圧水を噴射して海賊たちを撃退するように命令したが。

 相手が多すぎると気付くと、ブリッジにもどって扉すべてを内側から施錠するように、と指示を変更した。

 驚くべきは、覆面の男たちがたずさえている武器が、半月刀だとわかるゴツイ蛮刀や大型ナイフといった刃物が多いことだった。骨董品のような単発式の旧式ライフル銃をかまえている者さえいる。

 真壁は船橋の高い位置にあるブリッジから、乗り込んできた大勢の海賊たちが。そんなたぐいの武器を手に、ぞろぞろと甲板上をこっちにむかってくる様子を見てあきれかえる。

「まさかあいつら、剣と短刀でシージャックを成功させるつもりなのか? いったい何百年前の海賊だよ。

 あいつらって本来は、見付からないように船に忍び込んで。サッと奪ってサッと逃げる、こそ泥みたいな海賊たちだよな。

 そんなこそ泥たちがどうして、タンカーを占拠するなんて大がかりな犯罪をやる気になったんだ?」

 そこで真壁は、こういった場合の対応策に気付くと、船長をふりかえって問いかける。

「船長、このタンカーになにか自衛用の武器が用意してありませんか? こっちは数じゃかなわないかも知れませんが。

 それでもタンカーの乗組員全員に自動小銃を持たせて、弾薬さえ充分に携行させれば。あの海賊どもを撃退することもできますよ?」

「残念ですが、それは不可能です。タンカーに銃を置くことは、我が国の法律では許可されています。

 船長の私には、海賊を逮捕できる警察権があります。でも、ただそれだけで。武器の所持や携行は銃刀法で禁止されています。一般の乗組員たちに至っては、言わずもがなです」

「そうです。そうでしたよね。たしかに、そうでした。

 だから護衛として、おれが乗り込んでいたんですもんねぇ」

 わかっていたことなのに、船長から冷静に自身の考え違いを指摘されて。真壁は頭を抱えると、万事休すか、とブリッジの天井を仰ぐ。

 だが船長は、真壁を励ますように、次の新たな対処方法を話してきかせる。

「大丈夫ですよ。ブリッジさえ占拠されずに、こちらで守り抜けば、この窮地を脱することはできます。

 通信関連の機器は無事ですから、ブリッジから沿岸国の警察や警備隊に救助を求めればいいんです。

 幸いにも我が国の海保の巡視船が近くに待機しているわけですから。彼らなら面倒な手続きもなく、最短でここまで来てくれるでしょう。

 巡視船が来るまでのあいだ、私たちがなんとかして頑張ればいいんですよっ!」

 船長から力強くそう念を押されて催促もされた真壁だったが。なぜか真壁は顔をそむけて、そ、そうですね、と歯切れも悪く応じる。

(じつのところ、真壁としては、タンカーの護衛役としてすぐにでも海保に救援を求めたい心境だった。

 だが正体不明の海賊たちが、メイリンたちと関係あるのかどうかまだわからない関係上、どうしてもそれを実行できずにいたのだった)

「?」

 真壁の反応を見て、船長は怪訝そうな顔をするが、そのときタンカーの甲板にいる海賊連中が手持ちの拡声器を使って船の乗組員たちに呼びかけてきた声がブリッジまで届いたせいで、そちらに注意を奪われてしまう。

 驚いたことに呼びかけてきた声は、真壁を含めたブリッジの乗組員たち全員が理解できる、じつに流暢な我が国の言葉だった。


 ブリッジに立て篭もっているタンカーの船員たちに告げる。この船は我々が占拠をした。いまから伝える指示に大人しく従ってもらいたい。

 君たちがいるそのブリッジから、沿岸国への救助の要請、および海保の巡視船への出動の連絡を禁止する。その後、君たちがいるそのブリッジを、我々に明け渡してもらう。

 もしも我々の指示に逆らえば、君たちの船を破壊して、南シナ海の海底に沈める。

 我々はそれができる。我々はこのタンカーに、大量の爆発物を運び込んでいる。その爆発物を、距離をおいて、こちらが望むやりかたで、爆発させることができるのだ。いまからそれを実演するので、その目で、よく見ていてもらいたい。では始めよう。


 海賊たちが呼びかけるとんでもない話をきいて、真壁や船長を始めとするタンカーの乗組員たちは、船橋にあるブリッジの窓に集まってくると、そこに連なり、下を見下ろす。

 覆面の海賊は、ブリッジの窓ガラスにならんだ大勢の緊張した面々を見上げる。それから仲間の海賊の一人が運び込んだバッグのひとつを別の海賊に手渡すと、その海賊がタンカーの端までそれを持っていき、そこから下の海へと投げ落とす。

 その覆面の男がオーケイのサインを出すと、スピーカを手に準備が整うのを待っていた最初の覆面が、ポケットからなにか取り出して、それをブリッジから注目している連中に高々と持ち上げてよくみせる。

 どうやらそれは、小型無線機のようだった。

 スピーカを手にした覆面がもう一方の手で持った小型無線機のボタンを押すと、荷物を落としたあたりで爆発が起きた。

 それは、とんでもない大爆発だった。

 真っ赤な炎がふくれあがって、タンカーのそちら側を赤々と照らす。続いて爆発により生じた爆風と衝撃波が周囲に広がり、それがタンカーの側面にぶつかって、タンカーにいる連中のところにまで伝わってくる。

 真壁が最初に見たのは、爆発で生じたブリッジまで届きそうな、大きな水柱だった。

 覆面の男たちは爆発の大きさを理解していて、そちらには近づかずに全員が耳を押さえていたが。それでも甲板に降ってきた大量の海水をかぶって驚きの声をあげる。

 とんでもない大爆発がタンカーを揺さぶると、船を上下に持ち上げて、ブリッジの窓ガラスをビリビリとふるわせる。

 爆発の衝撃波がおさまると、ブリッジにいた全員は驚愕した顔を見合わせる。

 拡声器を手にした覆面が、あらためてブリッジにいる真壁たちにむかって、再び要求を訴えだす。


 いまの爆発は、我々が乗ってきた小型ボートの一隻に爆発物を載せて。距離をおいてから遠隔操作で点火させた結果である。これでわかってくれたと思う。

 この爆発がタンカーの船上や船内で起きればどうなるかは、私の口からあらためて説明するまでもないだろう。

 船員諸君の職務への忠実さは我々も認めるが、抵抗は無意味だ。先ほど伝えたように、救助の連絡も許さない。

 こちらに許可なく勝手にそんな真似をすれば、我々は安全な位置までボートで離れてから、このタンカーに仕掛けた爆発物を任意で順次に爆発させる。

 自分たちが置かれた状況を正しく理解できたら、我々の指示に従い、大人しくブリッジを明け渡すように。


 まだ爆発の衝撃から脱せないでいる船長は、信じられない、という顔になると、自身にいいきかせる。

「テロリストが使うような、遠隔操作できる爆発物を用意していたなんて! それじゃあいつらは、ただの海賊じゃないんですか?」

 船長から請うように視線をむけられて、真壁は、腕組みをして熟考する素振りをしてから。動揺を隠せずにいる他の乗組員たちにも言いきかせるように、もっともらしく提言をする。

「たしかに、おかしいですね。船長が言うように、奴らに支援している協力者がいるのかもしれません。

 マニュアル通りなら、すみやかに救助の連絡を行い、ブリッジを死守するべきですが……。ここはあえて。船と乗組員を守るために、あの連中に従うべきじゃないでしょうか?

 ただし、対抗策も用意しておくべきです。私は連絡用の無線機を隠し持っていることにします。

 こうすれば、たとえブリッジが占拠されても、なにかあればすぐに私から海保に連絡を入れられますからね。私が無線機を持っていることを、どうか奴らに黙っていてもらえますか?」

「わ、わかりました。真壁さんがそうおっしゃるなら、悔しいですが、ここは奴らに従いましょう」

 船長はそういって頷くと、やり取りをきいていたほかの乗組員たちにも、それを納得させる。

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