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コミカライズ二巻記念閑話 お姉様達とのお茶会(上) ヴェルマリア視点

 帝宮の主要道路「光の道」は帝宮外門から内門まで一直線に続いているのですが、帝宮の内門を潜るとすぐに大きな十字路に行き当たります。


 ここから帝宮本館へ向かうためには十字路を左に折れます。そのまま直進すると帝国で最も神聖な場所、聖域に行き着きますね。これは帝国創建当時、聖域が最初の帝宮だったからだと言われております。


 そしてここで右に折れると傍系皇族がお住まいになる区画に行き着く事になります。


 帝宮内城壁内には巨大な帝宮本館と、それ以外にいくつもの離宮が大庭園の中に点在して建っています。これらの離宮は歴代の皇帝陛下がお建てになったものです。


 皇族は、これらの離宮のどれかにお住まいになる決まりです。この内、皇帝陛下のお住まいになる離宮を特に「内宮」と称します。


 この内宮と皇太子殿下がお住まいになる皇太子宮は帝宮本館に程近い所のものが選ばれるのが普通です。この二つの離宮は帝宮本館と専用の渡り廊下で繋がれまして、歩いて行き来出来ます。


 対して傍系皇族と呼ばれる公爵家の方々がお住まいになる離宮は、本館とは直接結ばれません。本館とはかなり離れた位置のものが選ばれますので、本館までは近いながらも馬車で向かう必要があります。


 私の妹、皇太子妃のラルフシーヌが入った離宮は帝宮本館の本当にすぐ側です。セルミアーネ様と一緒に最初に視察した離宮を、面倒だからと「ここでいい」と選んだのだとか。後になって「もう少し奥の森の中にある離宮もよかったな」なんて言っていましたね。この離宮にはラルフシーヌと会うためによく訪れています。


 実は私にはこのラルフシーヌの住む皇太子宮以外に、もう一つ縁のある離宮があるのです。


 私の一番上の姉、ヘイルリーゼお姉様がお住まいの離宮です。ヘイルリーゼお姉様はエベルツハイ公爵夫人ですからね。傍系皇族なのです。


 エベルツハイ公爵宮は離宮区画のやや奥まったところにあり、かなり大きなお屋敷です。皇太子宮よりもよほど大きいです。これは、エベルツハイ公爵家は先代皇帝陛下のご兄弟が興されたお家で、現公爵は三代目なのですが、長くお住まいの公爵家が離宮をかなり増築なさっているからだそうですね。


 ちなみにもう一つの公爵家、マルロールド公爵家の離宮はもう少し本館に近い所にあってこれも負けないくらい大きなお屋敷です。両家はライバルですからね。離宮の規模でも競い合っているのかもしれません。


 エベルツハイ公爵宮はお姉様の嫁ぎ先ですから、それはこれまでも何度かはお邪魔した事がありますよ。


 ただ、ヘイルリーゼお姉様が現公爵とご結婚なさる際に、前公爵夫妻は結婚に反対だったそうで、そのせいもあってお姉様と前公爵ご夫妻との折り合いは悪く、まだお姉様が次期公爵夫人だった頃は離宮に居辛かったらしいのです。だからかお姉様は実家によくいらっしゃいました。ですから私がお姉様と会うのはカリエンテ侯爵屋敷での方が断然多かったのです。なので私が公爵宮に行った回数はそれほど多くはありません。


 今は十年くらい前に現公爵がお家を継がれて、お姉様は公爵夫人となっております。女主人ですからもはや何憚る事もございません。堂々と公爵宮でお過ごしですよ。それでも実家は落ち着くと仰って、よくカリエンテ侯爵屋敷にはおいでになりますけどね。


 その日、私はヘイルリーゼお姉様に招かれて久しぶりにエベルツハイ公爵宮へと向かっていました。帝宮内門を潜った先を馬車は右折します。


 ……気が重いです。正直に申しまして、私はヘイルリーゼお姉様が苦手なのです。


 お姉様は私より十五歳年上です。それだけ離れていると私には姉と言うよりもう一人の母親という感覚です。


 ヘイルリーゼお姉様は現公爵と二十歳の時に結婚していますから、本来はそれほど接点はないはずだったのですが、前述の通りお姉様は実家に入り浸っておりましたからね。


 暇を持て余したお姉様はお忙しいお母様の代わりに(事実上の)末の妹だった私のお作法の教師を買って出て下さったのです。よけい……有難い事ですわ。


 おかげさまで私のお作法は完璧で、だからこそ教育を担当したラルフシーヌに厳しく仕込むことが出来たわけですけどね。


 ですけど、親しく厳しく教育された事もあり、私は未だにヘイルリーゼお姉様に苦手意識があるのですよ。


 木々に囲まれてそびえ立つ白壁に緑の屋根の公爵宮は相変わらず素晴らしかったですよ。車寄せには他に三台の馬車がありました。


 今日はヘイルリーゼお姉様のご招待で、ここで姉妹のお茶会が開かれる事になっているのです。次姉のフィシュアーネお姉様、三姉のチェリシュお姉様、四姉のフローマリーお姉様はもういらしているようですね。


 ラルフシーヌは招かれていません。皇太子妃を呼びつけるなんてことは不敬ですから公爵夫人でも出来ませんよ。ラルフシーヌを交えてお茶会をする時は離宮区画で開催するか、皇太子宮で行うかのどちらかになります。


 わざわざラルフシーヌを外して姉妹で集まる理由は、話題がラルフシーヌについてだからですね。本人を外して話し合わなければいけない事があるのです。


 馬車を車寄せに付けさせ、馬車を降ります、我が家の馬車はほか三台と比べると質素で見劣りするものです。仕方ないですね。次姉と三姉は侯爵夫人。四姉は格の高い伯爵家の夫人ですから。分家で名ばかり伯爵家の我が家とは違います。


 私のドレスは濃い黄色という、少し派手目なものです。私の好みとは違いますけど仕方がありません。ラルフシーヌのお古ですので。あの娘は少し派手な色が好きなのですよ。


「まぁ、今日も妃殿下から下賜されたドレスなのですか? それは妃殿下との社交の時だけにしなさいな」


 サロンに入った私を見て、フローマリーお姉様が呆れたように仰います。私は頬を膨らませて応えました。


「仕方がないではありませんか。私のドレスは今や九割がラルフシーヌのドレスなのですよ」


「それは流石に貰いすぎじゃなくて? 妃殿下はなんて言っているの?」


「どうせ使い道がないから、どんどん持っていって、って言ってくれていますよ」


「あの娘らしいわねぇ」


 フローマリーお姉様は苦笑しています。もちろんですけど、お姉様方もラルフシーヌからお古のドレスを何着も貰っていますよ。それを皇太子妃主催の社交で着る事で、ラルフシーヌとの絆を強調するのです。


「それで? 妃殿下のご様子はどうなの?」


 フィシュアーネお姉様が私に流し目をよこしながら仰いました。この十四歳上のお姉様の事も私は少し苦手です。物凄く気位が高くて怒るとお母様より怖いのですもの。


「相変わらず忙しそうですよ。元気ですけど」


 元気どころか、この間は騎士と一緒に熊を狩ってきたなんて言っていましたね。まぁ、多分、騎士の戦いを観戦していただけだとは思いますけど。


「問題はそこではありません。妃殿下に妊娠の兆候はあるのか? と聞いているのです」


 フィシュアーネお姉様は濃い紫の瞳で私を睨みました。ひー。わ、私を睨まれても……。


「い、今のところはありませんわ。皇太子殿下とは相変わらず関係良好のようですけど」


 フィシュアーネお姉様はハーッとため息を吐きました。


「それはなによりですけどね。そろそろ結婚して二年でしょう? ご夫妻は。困りましたねぇ」


 憂鬱そうに顔を伏せるフィシュアーネお姉様をチェリシュお姉様が宥めます。


「まぁまぁ、シュア姉様。こういう事は焦ってどうにかなるものではございませんよ。我が家は多産の家系なのですから、そのうちにお出来になると思いますよ」


 確かに、私たちのお母様は男女合わせて十一人も子供を産んでいますし、ここにいる四人も全員二人以上の子供を産んでいます。実は私も先日二人目を安産で産んだばかりです。


「しかしね、事は皇統に関わる問題です。妃殿下が子供を産めないとなると、そんな娘を皇太子妃にしたカリエンテ一族が責められることになりかねません」


 フィシュアーネお姉様の言うことにも一理ありますけど、そもそもカリエンテ侯爵家はラルフシーヌを騎士に嫁がせたつもりだったのです。それがどういうわけか皇太子妃になってしまったからといって、そんな事で責められても困るというものです。


 私たちがそんな話をしていると、侍女が部屋の入り口に立って「おいでになりました」と言いました。私たちは裾を払って立ち上がり、静かに頭を下げます。


「よく来たわね。まぁ、ゆっくりしていきなさい」


 豪奢な紫色のドレスを身に纏ってサロンに入ってきたのはヘイルリーゼお姉様です。姉様は顔立ちはお母様に非常によく似ているのですが、髪色だけはお父様に似て濃い茶色です。瞳はお母様と同じ薄茶色。


 ヘイルリーゼお姉様の着席を待って全員がゆっくり着席します。すぐにお茶が入れられ、お菓子が出されます。栗のタルトを切り分けたものと、砂糖菓子が数種類。後は桃や梨といったフルーツでした。


 栗はフィシュアーネお姉様の好物で、砂糖菓子はチェリシュお姉様のお好み。フルーツは姉妹全員が好きです(ラルフシーヌは分かりませんけど)。この辺の気遣いはさすがは長女といった感じですね。


 お茶を一口飲むなりヘイルリーゼお姉様が言いました。


「シュア。この間のアレはなんですか」


 口調に叱責の響きがあります。フィシュアーネお姉様が眉を寄せます。


「何の事でございましょう」


「とぼけるのではありませんよ。ファイバール伯爵家の事です」


「ああ……」


 フィシュアーネお姉様が嫌そうな顔をしました。確か姉様のお家であるシューベルジュ侯爵家の係累であるファイバール伯爵家の後継争いが拗れに拗れ、結局皇帝陛下にご裁定していただく事になったのですが、その際にシューベルジュ侯爵家に有利な裁定になるように、フィシュアーネお姉様がヘイルリーゼお姉様を通じてエベルツハイ公爵に陛下への働きかけを頼んだ、という話だったかと思います。


 つまりフィシュアーネお姉様はヘイルリーゼお姉様に借りを作っている訳です。


「自分で始末を付けられないのに、他所の家の事情に口を挟むのではありませんよ。私が夫に頼まなければどうなっていたことか」


 ヘイルリーゼお姉様は鼻高々にフィシュアーネお姉様に恩を着せまくります。このお二人は一歳しか歳が離れておらず。昔から対抗意識が強かった上に、公爵夫人と上位の侯爵夫人で身分もあまり離れていませんから、事あるごとに張り合っているのです。


「……お姉様のおかげを持ちまして、助かりましたわ! ありがとう存じます!」


 フィシュアーネお姉様は不承不承言いました。ヘイルリーゼお姉様も鷹揚に頷きます。


「分かればいいのですよ。これからは気をつける様に」


 ヘイルリーゼお姉様はオホホホっと笑い、フィシュアーネお姉様はうぬぬぬっと唸っています。


 ……まぁ、こんな感じですが、実はお二人は仲も良く、今回の件もフィシュアーネお姉様のためにヘイルリーゼお姉様が尽力したのも本当の事だったと思いますよ。本気でいがみあっているなら最初からフィシュアーネお姉様もヘイルリーゼお姉様を頼ったりしないでしょう。


 お茶が入れ替えられ、話題が変わります。


「チェリシュ。最近お兄様はどうなのですか?」


 ヘイルリーゼお姉様より歳上の兄弟は一人しかいません。現カリエンテ侯爵のロズバーグお兄様です。


「相変わらず忙しそうでございますよ」


 チェリシュお姉様が栗色の髪を揺らして仰いました。この姉妹の中でお母様に一番よく似たチェリシュお姉様は嫁いだ先であるバルタイオン侯爵家が実家近くにあり、お母様とも仲が良いために頻繁にカリエンテ侯爵屋敷を訪れていて、実家の事情に詳しいのです。


「その割にはいまいち派閥の拡大が進んでいないのではありませんか? もっと社交をどんどん主催して、カリエンテ派閥を大きくせねば、皇太子殿下がご即位なさった時に困るではありませんか」


 カリエンテ侯爵家は何しろ皇太子妃ラルフシーヌの実家ですので、皇太子殿下を強力に支援しなければならない使命がありました。


 そのためには支持してくれる貴族を増やし、派閥を拡大しなければなりません。支持者の数を増やし数の力で皇太子殿下をお支えするのです。


「社交はもうかなりやっておりますよ。ですけど、実家の予算にも限界がありますからねぇ」


 ラルフシーヌを育てられなかった時ほどではありませんけど、カリエンテ侯爵家はまだ予算が潤沢とは言えません。娘を六人も嫁に出した上に、ラルフシーヌが入宮した時にかなりお金を使いましたからね。


「それならもっと領地から税を取れば良いではありませんか。侯爵領は豊かなのですから、少しくらい領民に無理をさせても大丈夫でしょう。代官が無能なのでは?」


 ……ヘイルリーゼお姉様の発言をラルフシーヌが聞いたら激怒するでしょう。この場にいなくて幸いでした。


 ラルフシーヌの養父は侯爵領の代官で、彼女は養父母を非常に慕っています。養母が昔作ってくれたという粗末なお菓子を涙ぐみながら食べていた事もありますね。それに、領民を慈しむ事尋常ではなく、農民の事を馬鹿にしたマルロールド公爵夫人に凄まじい怒りを見せた事もありました。


 もしもカリエンテ侯爵家が領民を虐げたなどと聞いたら、ラルフシーヌと実家の関係が悪化しかねません。幸い、お父様もお兄様も領民を大事にするタイプの領主ですし、代官であるキックス男爵の事も信頼しておりますから大丈夫でしょうけどね。


「最近はラルフシーヌも社交に慣れて一安心ね。一時はどうなることかと思いましたけど」


 フィシュアーネお姉様が苦笑して仰います。確かに、入宮してしばらくのラルフシーヌは付け焼き刃のお作法にボロが出る事も多くて、その度に横に付いていた私やエステシアが青くなったものでした。


 実は現在でもしばしば無作法な所作が出てしまう事があるのですが(彼女は機敏なのでどうしてもゆったりと動くのが苦手のようなのです)、周囲が慣れてしまったので気にならなくなっています。


 そのくらいは妃殿下の「癖」程度に受け入れられてしまっている訳ですね。それだけラルフシーヌが皇太子妃の地位に馴染んだという事なのでしょう。


 むしろ颯爽と宮中を闊歩するラルフシーヌに憧れている年少のご令嬢は少なくないようで、彼女の所作やドレスの仕様を真似していると思しき方を見る事もありますね。


「本当に。最近はご夫人方からの評価も良いですし、皇太子妃に相応しいという感じになってきましたものね。良かったこと」


 ヘイルリーゼお姉様も目を細めます。このお姉様は長女だけに無茶苦茶にプライドが高く、しかも長らく公爵夫人としてカリエンテ一族婦人の頂点にいた方ですから、それを追い越して皇太子妃になったラルフシーヌには反感を持ってもおかしくなかった筈です。


 しかしどうした訳だかヘイルリーゼお姉様は最初からラルフシーヌに優しく、ラルフシーヌが皇太子妃になるのを大歓迎し、夫である公爵にも強い働き掛けを行なって、皇太子ご夫妻を全面支援しておりました。セルミアーネ様が皇太子にならなければ、ご自分の息子が皇太子に推される可能性があったにも関わらずです。


 どうもヘイルリーゼお姉様は、自分が公爵家に輿入れする費用のせいでラルフシーヌを貴族として育てられなかったのではないか、と長らく気に病んでいらしたらしいのです。ですから、ラルフシーヌを成人のお披露目に出してあげてほしいと強くお母様に言ったのもヘイルリーゼお姉様で、その縁でラルフシーヌがセルミアーネ様のお妃になる事を事のほか喜んだみたいですね。


「それにしても最近、皇太子殿下も威厳が出てきて一層凛々しくなられたと思いませんこと? 素敵ですわよね!」


 ウットリとした表情で仰ったのはフローマリーお姉様です。薄茶の髪にパッチリとした水色の目を持つこのお姉様は、以前からセルミアーネ様を激推しなのですよ。


 これはセルミアーネ様が求婚のためにカリエンテ侯爵屋敷においでになっていた頃からで「あんな美男子見たことないわ!」と夢中でしたね。


 フローマリーお姉様はそれ以前から舞台男優だとか社交界の貴公子などに「推し」を作って肖像画などを描かせて飾ったりしていたのですけど、セルミアーネ様が現れてからはセルミアーネ様一筋になりました。


 とっくに結婚していたのにも関わらず、実家に早朝から日参してセルミアーネ様を待ち構えていましたね。セルミアーネ様はお仕事帰りに寄られるのだから大体いらっしゃるのは午後になるのにです。


 あまりの熱心さに私は「愛人にでもなさるおつもりですか?」と聞いた事があります。するとお姉様は真顔で「推しは手を触れる事なく見守るものよ」と仰いました。何の事やら分かりませんが凄い迫力でしたね。


 実際、ラルフシーヌをセルミアーネに結婚させるべきだと熱烈に主張していたのもフローマリーお姉様でした。それで心を動かされたお母様がお父様に働きかけ、二人の結婚が実現したのですから、現在の皇太子夫妻の橋渡し役と言っても良いのかもしれません。


「確かに皇太子殿下は一層凛々しくおなりですわよね。……おかげで困っているわけですけども……」


 フィシュアーネお姉様がハーッとため息を吐きます。本題に近付いて来ました。


「最近『殿下に愛人として紹介してくれ』というご令嬢がとみに多いですものね。私も困っているのよ」


 チェリシュお姉様も額を抑えてしまっています。ヘイルリーゼお姉様も扇で顔を隠して考え込んでしまっています。


「ヴェルマリア、相変わらず妃殿下は皇太子殿下に女性を近付けさせないの?」


 フィシュアーネお姉様の問いに私は肩を竦めざるを得ません。


「最近は侍女ですら威嚇する有様ですよ。かなり過敏になっていますから」


「なんとかならないのですか? 妃殿下を説得するのが貴女の役目でしょう」


 そ、そんな無茶な。私を怖い目で睨むフィシュアーネお姉様をチェリシュお姉様が宥めます。


「妃殿下の気持ちも分かるから仕方がありませんよ。それに妃殿下を説得しても肝心の皇太子殿下の方がね……」


 セルミアーネ様は自分の娘を愛妾にと紹介してきたとある侯爵を、公衆の面前で叱り付けた事があります。これは侯爵に恥をかかせる行為で、後で皇帝陛下が仲介して和解させたほどの大問題になってしまったのですが、殿下がご愛妾を必要とされていない事を貴族界に知らしめる事件にもなりました。


 それでもなお、私たちにセルミアーネ様への紹介を求める愛人候補が後を絶たないのは、皇帝が愛妾を持たない例の方が少ないこと(今の皇帝陛下も三人のご愛妾をお持ちになった事があり、うち一人であるフェリアーネ様のお子がセルミアーネ様です。既に全員故人ですが)。それとやはりそれが一番権力に手っ取り早く近付ける方法だからです。


 過去に皇帝陛下のご寵愛を受けたご愛妾が、皇妃陛下以上の影響力を発揮して帝国の政治を壟断した例もあります。そこまで行かなくてもご愛妾を出した家は政治的影響を高める事が期待出来るでしょう。


 皇太子妃を擁するカリエンテ一族としては、妙な所から出てきた女性がご愛妾になってしまうのは避けたい所です。そのご愛妾の一族と権力を争う事になりかねませんからね。ですからもしもセルミアーネ様が色狂いの皇太子でも、近付く女性はカリエンテ侯爵家によって慎重に選別された事でしょう。


 しかし、セルミアーネ様が全くラルフシーヌ以外の女性を寄せ付けなければそれはそれで困るのです。一族、つまり身内から「是非にうちの娘を殿下の愛妾に!」というお話が山のように出ているからですね。


 そういう要望を無碍に扱うことは出来ません。貴族というのは一族の繋がりで様々な利益を得ています。大侯爵家のカリエンテ家でも、いやだからこそ、大きく広がる一族との関係は大事なのです。


 一族の者からの紹介の依頼を断り続けると、一族から「カリエンテ本家だけで権力を独占しようとしている」などという批判を招き、一族の結束が失われかねません。まして今はセルミアーネ様を無事に皇帝にすべく派閥の拡大を図っている最中です。有力家からは派閥の拡大と引き換えに、自家から愛妾を出す事を打診される事もあります。


 なのでお姉様達はこのように弱っている訳なのです。もちろん私もそのような要望を受ける事はありますけど、この場合は我がラフチュ伯爵家の家格の低さが良いように作用して、断るのにそれほど苦労はいたしません。


「どうしたものでしょうねぇ……」


 ヘイルリーゼお姉様は憂鬱そうに呟きました。皇太子妃を出して家格が上昇し、社交界では注目され我が世の春を謳歌しているように見えるカリエンテ侯爵一族でも、内情はこのように悩みが尽きないのです。

六月六日金曜日にコミカライズ二巻が発売になります!予約受け付け始まってますから、皆さん予約してねー!買ってねー(*゜▽゜)ノ

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― 新着の感想 ―
確か本編で明かされたのは女児がひとりだけでしたよね 後継はどうなったんでしたっけ… 何話だったかなぁ… 忘れてしまうものですね
>>元気どころか、この間は騎士と一緒に熊を狩ってきたなんて言っていましたね。まぁ、多分、騎士の戦いを観戦していただけだとは思いますけど。 まあ、貴族の御令嬢の常識では、皇太子妃がスルスルと木に登り森…
更新ありがとうございます。 おおよそのストーリーは記憶していても細部はかなり曖昧なので先の方のコメントに゙関心しきりです。 このお話に関しては相手役さんは二の次さんの次……。育ての親の男爵夫妻との関係…
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