スーパーのビニール袋
「ちかちゃん、割りばし使っちゃいけないんだよ!」
小学生のころ、遠足のお弁当の時間にそう言ってきた女の子がいた。
気の強いタイプの委員長っぽい子で、とてもまじめな子だった。
どうして彼女がそんなことを突然言い出したのか。
それは授業で環境のことを学んだからだ。
割りばしは木をたくさん使っていて、環境に悪い。
「マイ箸を使わないといけないんだよ!ちかちゃんは、地球がどうなってもいいの?!」
マイ箸を使えば地球が救える。
そういう理屈が彼女の中でなぜか出来上がっていた。
正直、割りばしで救えるサイズなのか地球が、とも思っていたし、なにより、地球を救うのは私の仕事じゃないと思っていた。
地球とか、世の中とか、大きくてぼんやりしたサイズ感の話をする人のことが、全然理解できなかった。それよりも、いかに兄弟を出し抜いて習慣少年ジャンプを読むかが、人生で一番大事なことだった。
今にして思うと、価値観を人に教えるというのは、結構怖いことなんだなと思う。その子は普通の女の子で、まあ、ちょっと正義感をふりかざすようなところはあったけれど、でもそれで他人を幸せにできる良いことなんだと信じていたし、それゆえの割りばし批判なのだと思う。
ただ割りばしが地球に悪いとか、そんなことを勉強する前までは、一緒にちゃおとか読んでたのになという一抹のさびしさを覚えた。
先生が割りばしとかマイ箸とか言い出さなくても、彼女とは友達にはなってないけれど、でももう少しお互い優しく接していたかもしれない。
その子のことをなぜこんなにも覚えているかというと、中学に進学したときから、歯車がすこし狂い始めたからだ。
小学生のときは、意見をはっきり言って一目置かれていた彼女は、テストの点数がどうやらあまりよくないらしかった。
なんとなく皆にそれはひろがり、あれ、あいつあんなに偉そうなこと言う割に実は馬鹿なんじゃね、という憶測がぎこちなさに現れ、それは彼女にも伝わっていった。
マイ箸で世界を救えると信じていた気の強い女の子は、たった3年で金髪になり、校区有数のモンキー高校へ進学していった。
私はスーパーの有料化されたレジ袋を見るたびに、彼女を思い出す。
英語の赤点のテストを、顔を真っ赤にしながら服の中に隠していた彼女。
今元気だろうか?
今もマイ箸つかってるの、と聞いたらめちゃくちゃ怒られるんだろうな、と思う。
そう、私はエコバッグはいつも持参するのを忘れてしまう派だ。
時々、エコバッグなんて実は使いにくいのでは派にもなるし、もう何もかもめんどくさいよ派にもなる。
「袋はご入用ですか?」
仕事帰りのスーパーでそう初めて聞かれたとき、はっとした。そうだ、もう袋がいるかいらないかの宣言をしないといけないんだ。
「いります」
「サイズどうしますか」
その質問は晴天の霹靂だった。
サイズ?
お惣菜と冷凍食品をぶち込んだ買い物カゴを見る。
え、何それ、考えたこともなかった。
これってLサイズなの? Mサイズなの?
Sではないよね?
店員さんはたぶん今日一日そういう客を相手にしていたのだろう。
溜息をついていた。
「こ、これが入るくらいのサイズで…」
私は愕然とした。
今までレジ袋のサイズなんて考えたこともなかった。
いつも店員さんがやってくれていたんだ。
「じゃあLにしときますね」
そう言ってもらったLサイズは、後で気が付くが大きすぎた。
失って初めて気が付く、いままでのやさしさだった。
レジ袋はいまだに私の天敵だった。
スーパー側ももう面倒になったのか、レジ袋は客が自分で取り出すシステムになっていた。
「・・・っく」
取り出せない。
いや、取り出せるのだけれど、欲しいのは一枚だけ。
何5枚も6枚も一気に一緒に飛び出てくるこのスタイルは、何なのだろうか。
私の順番が回ってくる。
次の人が距離を詰めてくる。
間に合わない。指が滑る。
「えい」
滑りまくる指に力を込めて引っ張る。
床と買い物カゴの上に広がる無数のレジ袋
立ち尽くす私。
散らばった中から一枚だけレジ袋を取る、私の後ろの人。
その日私は10枚ほどレジ袋を購入した。