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4.闘争と逃走

キヨシの父親は敵を滅する一心で武器を振るい、長い手を一本だけ斬り払った。

確かに凄まじい斬撃であり、素早く洗練された武術だ。

並の生物相手なら一撃必殺となるだろう。

だが、それでも悪鬼は怯む素振りすら見せず、新たに複数の手を生やして父親へ伸ばした。


「なんと奇怪な!」


優れた反射神経と冷静な対処能力により、父親は悪鬼の追撃を次々と斬り払う。

それなのに悪鬼は斬られる度に新しい手を生やし続け、絶え間なく父親を掴もうとしてきた。


「何度斬っても死なないというのか……!?まさか、ありえない!」


動揺を覚えかけるも、ものの見事に応戦する父親。

まさしく腕立つ武人で、歴戦の風格がある。

しかし、悪鬼は近くの村人を掴み取り、それを父親へ投げつけようとした。


「『そうはさせん!』」


キヨシは驚異的な瞬発力で駆け出し、村人が投擲(とうてき)されるより早く悪鬼の手を両断した。

それと同時に彼は敵の真正面へ突進を仕掛け、一気に距離を詰めようとする。

そうとなれば当然、悪鬼は標的をキヨシへ移す。

だが、悪鬼の手が伸びる前に彼は高速で接近していき、暴風のような武器捌きで全ての手を一斉に切り崩した。


「『黄泉へ還るといい!』」


キヨシは突撃しながら更なる加速をかけ、全身の力を使って薙刀を大きく振るった。

すると(またた)く間に悪鬼の肉体は三枚おろしされていて、おびただしい量の黒い血が噴出する。

そして薙刀に付着した血を振り払ったとき、脅威となっていた悪鬼の肉体は崩れて霧散していった。


「き、キヨシ………。お前、いや……これはどういうことなんだ…」


父親は《愕然》とする。

今この場に存在する光景が、全て信じられない状況と化しているせいだ。

あの悪鬼自体、例年と比べて二回り以上大きく、異常な強さと凶暴性を持っていた。

つまり悪鬼が出現することは想定内であっても、このような被害が出るのは想定外だ。

またキヨシの活躍ぶりは褒める所しか無いが、とても普段の様子からは想像つかない動きだ。

もはや父親の口から息子が別人だと言いきれるほどで、誰なのか問い(ただ)したくなる。

ただ父親は長としての役目があり、まずは混乱する場と人々を落ち着かせる必要があった。


「被害は出てしまったが、これで討ち払いは完了した!皆の者は急いで負傷者の手当てをしろ!」


そうして指示を出す一方、キヨシは遠くを見つめていた。

その遥か遠くとも言える視線の先では、巫女のヒバナがこちらを見て立っている。

遠い上に辺りが暗いため、互いに視認は不可能なはず。

それでも見つめ合っているのは間違い無く、ヒバナは神妙な面持ちで(たたず)みながら山奥を指さした。


「ヒバナ?『……そうか。今はそっちに居るのか』」


何かを理解したキヨシは薙刀を手にしたまま、その場から逃げるように駆け出してしまう。

その事に気づいた父親は声をかけようとするも、彼は全く振り返らずに走り去ろうとする。


「お、おいキヨシ!どこへ行く!待て!」


心優しいキヨシにしては異様な行動で、この状況を放置するなど考えられなかった。

だから父親は増々(ますます)不信感を覚える中、どこからともなく一人の村人が青ざめた顔で走ってきた。

汗だらけで呼吸が荒く、これまでにない恐怖が迫っている表情だ。


「義原様!大変だ!獣……いや、あれは悪鬼だ!大量の悪鬼が山から湧いて、村へ降りて来ている!」


「なに?次から次へと一体何が起きている……?」


言葉だけでは事態が理解しきれず、また大量と言われても規模が想像できなかった。

だが、その規模は皆の想像を遥かに上回るもの。

既に数千という頭数の悪鬼が集結し、大群として村へ押し寄せようとしていた。

つまり暗闇だからとか関係無く、どこから見渡しても把握しきれない数だ。

そして仮に村人全員が完全武装していたとしも、太刀打ちできるような状況では無い。

どう足掻(あが)こうとも打開の手段は残されていない上、逃げられる猶予も残り僅かだ。

おそらく数十秒後には建物は破壊されることになり、村は惨状を迎えることだろう。


その一方でキヨシは走りながら対話していた。

話し相手は、誰か分からない。


「どうして離れるんだ!兄さんがケガをしている!戻らないといけない!村の人も助けないと!」


『無理だ。これから悪鬼の大群が押し寄せる。誰であろうと助けることはできん』


「訳の分からない冗談はやめてくれ!悪鬼なんて一年に一匹しか現れない!そして畑を荒らす害獣と同じだ!」


『先ほどの巨躯(きょく)を見ただろう。あれが本来の悪鬼だ。そして黄泉が呑まれた今、魂は食い散らかされ続け悪鬼は増殖する一方。だから現世へ押し寄せてくるのは当然の道理だ』


「いったい何の話をしている!?」


キヨシは発言こそできたが、体の自由は利かないに等しかった。

(いま)だ勝手に走るし、体力の限界を感じるのに万全以上に動かされ続ける。

それに薙刀が重い。


『とにかく、この体を安全な所へ運ぶことが第一優先だ。この体が無ければ、我は現世で力を発揮できん。目的地まで逃げるぞ』


「意味が分からない………!あぁあぁ何もかも分からない!お前は誰なんだ!?」


『むっ、そうだったな。我が子孫とは言え、名を教えなければ検討つかんな。我の名は晴仙(セイセン)。同じ身に魂を宿す関係となってしまった今、そのままセイセンと気軽に呼ぶといい』


セイセンと名乗られたとき、そこでキヨシの中で妙な引っかかりを覚える。

それによって気持ちが僅かに静まり、思い出そうと必死になった。


「セイセン……、セイセン?聞いた事があるような……。駄目だ、上手く思い出せない。それに頭が痛い…!」


『この場で思い出す必要は無い。大事なのは我の正体を知るより、問題の解決だ』


そうセイセンが言った頃、気が付けば深い山奥へ足を踏み入れていた。

険しい坂道をひたすら登って行き、夜空に浮かぶ月明かりだけを頼りに前へ進んでいるような状態だ。

進行の邪魔となる草木を強引に突破するばかりで、本当に目的地へ向かって進めているのか怪しくなる。


あらゆる出来事に対しての混乱。

いつまでも渦巻く動揺。

とっくに体力を使い切っているのに絶え間なく(つの)る疲労。

どのような状況になっているのか分からず、きっと希望は望めないであろう村への心配。

それらによってキヨシの心身が果てかけているとき、後方から賑やかな声が聴こえてきた。

本当に賑やかだ。

楽しそうで、一生懸命で、大勢が一つの目的に向かって頑張っている。

そんな賑やかな声にキヨシは耳を傾けた。


「殺せ殺せ!追って体をバラバラに引き裂け!臓物を引きずりだして木に飾れ!ヨシハラの者を逃すな!」


「ひっ………!?」


キヨシは恐怖で顔を引きつらせた。

後ろから無数の悪鬼が追って来ている。

同じく坂道を走り、一直線に向かって来ている。

どこか楽しそうなのに、凄まじい殺気一色で彼を狙っている。

追いつかれれば確実に殺される。

見るに堪えない怪物達に追いつかれたくない。

もし捕まれば、確実に(むご)たらしく殺される。

それは嫌だ。

死にたくない。

捕まりたくない。

いざ恐怖が迫ると、全身が一気に冷え切る。

身も心も震えて、意思が挫けそうになる。

諦めたい。

でも、あんなバケモノに殺されたくない。


『落ち着け。お前の心が乱れては仙術が使えん』


「お前じゃない……!ぼ、僕はキヨシだ……!義原(キヨシ)!」


『なんだ。あれこれ弱音を吐く割には肝が据わっているな、キヨシ』


「うるさい!僕は一度に一つも二つも考えられない!だから黙っていてくれ!」


『我に気概を向けるのは筋違いだが、悪くない。その意気だ。そのまま雑念を入れず、前方を見ろ』


「いや、そう言われても暗くて見えないって……!」


キヨシは切羽詰まっているため、あまりにも普通の答えで返す。

対してセイセンは静かに、そして落ち着きある気配で語りかけてきた。


『お前が見るべきものは眼前の光景では無い。遥か先であり、世を広く視るだけでいい。そうすれば()れる。悟れる。キヨシ、お前の眼には何が映る?』


「暗闇だ、他に見えるわけないだろ……!それとも涙が見えると言えば満足か!?」


『身を(ゆだ)ねるな。気取るな。(まど)わせられるな。お前の眼ならば、世が透けて見えるだろう』


「だから意味が分からないって………いや、これは星の光り?いくつもの星と雲だ。それが闇夜を照らし、夜空を(いろど)っている」


『うむ。賢人(けんじん)の片鱗があれば、見方一つで成長できる。そして仙人の素質あれば、世を操る(すべ)を覚えられる。さぁキヨシ、我と共に行くぞ』


セイセンが勇気づける言葉を送った後、一匹の悪鬼が追い付いて来ていた。

そして、こちらへ飛び掛かろうとする直前、キヨシは薙刀で鋭い一閃を放っていた。

見事な横回転斬り。

悪鬼の体を一刀両断しており、原型を崩すのに充分な斬撃だ。

また彼は悪鬼を斬ると同時に再び坂道を走り出しており、酷い道にも関わらず更なる加速をつけていった。


「『仙術・秘封(ひふう)分身』」


セイセンがキヨシの体を使って呟かせると、キヨシと同じ姿形した存在が複数に増える。

それらは同じく走るが、どれも方向はバラバラだ。

つまり仙術で生み出された彼の偽物たちが陽動となり、追っ手を分散させた。

更に肝心のキヨシ本人は透明と化していて、誰も視認できない。


「『仙術・煌火(こうか)随身(ずいじん)』」


そんな中、セイセンは仙術名を口にしながら薙刀の刃を地面に当てる。

すると刃からは激しい火花が放出され、それは不思議な推進力を発生させた。

まるで火花一つ一つに押し出す力があるみたいで、キヨシの体は前方へ飛ぶ。

急に射出されたような勢いと負担が体にかかり、バランスが不安定だ。


「くぅ……!?」


『冷静を(たも)て』


「でも目の前に木が!」


『大丈夫だ』


セイセンは話しかけながらも状況を俯瞰(ふかん)しており、前方の木々を薙ぎ払った。

軽々と斬っているが、どれほど優れた武術を持っているとしても薙刀で斬れるわけが無い。

まして一時の進行に邪魔だから斬るなんて、到底考えつかない選択だ。


「す、凄い……。自分の体とは思えない」


『それは最初からだろう。それに、ただ邪魔だからという理由だけで切ったわけでは無い。見てみろ』


そう言われてキヨシは横目で後方を確認する。

すると切った木々は坂道を転がっていくのみならず、激しく燃えていた。

どうやら薙刀は仙術により極限の熱まで纏い、急激な発火を起こしたようだ。

こうして悪鬼達の足止めは充分となっていて、一時的ながらも距離を稼げていた。

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