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2.ヒバナと霊祭

やがてキヨシは息を切らしつつ、村の神社へ足を踏み入れる。

その神社は毎年恒例のように増築と改築が行われており、いずれ大社として名を()せても不思議では無いほど荘厳(そうごん)な造りだ。

一応、まだ神社らしい慎ましやかな気配は感じられる。

だが、どの建造物も義原家の屋敷より立派なものだから、初めて見る人からしたら腰を抜かすほど凄まじい、と評されているほどだ。


凄まじく広大な境内に加え、見渡しきれないほど巨大な本殿。

そして優れた職人達による精巧な石畳に、長年の手入れで作られた池庭。

更に多くの鳥居と灯篭が建てられていて、立派な橋やら装飾が施されているのだから、どれほど神社に財力と時間を注いでいるのか一目で分かる。

当然、それほどの規模となれば巫女の数も多い。

その内の一人にキヨシは声をかけた。


「どうもおはようございます!」


「あら、義原様ですか。おはようございます」


「お訊きしたいのですが、ヒバナさんはどこに居られますのでしょうか?」


日華(ヒバナ)ね。あの子なら御神木(ごしんぼく)様周辺の清掃を任されているはずだわ」


「ありがとうございます!お仕事、頑張って下さいね!」


「ふふっ、ご丁寧にありがとうございます」


キヨシは深くお辞儀した後、巫女に向けて輝かしい笑顔で手を振る。

そんな爽やかな様子のまま、彼は御神木がある拝殿の隣へ向かった。

その周辺は自然豊かな状態になるよう保護されており、よく野生動物が出没している。

事実、しめ縄が巻かれた御神木の辺りには野鳥が多く()みついていた。


「あっ、ヒバナちゃん!おはよう!」


キヨシは御神木に視線を向けると共に、ヒバナという巫女を発見する。

彼女はキヨシとは同年代だと分かる容姿で、二人に身体的特徴の差は大きく無い。

キヨシの方が背が少し高く、ヒバナは少し女性らしい体形をしているくらいだ。

そして彼女は長い髪を束ねているが、その髪色は若干赤みがかっていた。

それは明るく目を引く色合いかもしれないが、どこか神々しさがあって可憐だ。

更に眼は水晶のようであり、日光が当たればキラキラとした輝きがあった。


「キヨシ様。おはようございます」


ヒバナが挨拶として丁寧にお辞儀をしている間に、キヨシは彼女の近くへ駆け寄った。


「いいよ。二人っきりの時くらい様付けで呼ばなくて」


「同年同日に生まれた幼馴染とは言え、今は職務中ですので。それよりも何用で私の所へ来られたのでしょうか?」


「あれ?シゲヨシ兄さんから、ヒバナちゃんが僕を呼んでいると聞いたんだけど」


彼が不思議そうに言うと、ヒバナは不意に思い出した表情を一瞬だけ浮かべる。

それから物忘れした声色で、慌てて言葉を返すのだった。


「んー、そういえばそうでしたね。それを言われるまですっかり忘れていました。申し訳ありません」


「大丈夫?ここ最近は参拝者が多くて忙しいだろうし、そのせいで疲れているのかな」


「大丈夫ですよ。ただ最近になって、ふと記憶が曖昧になることが多々あるものでして……。それよりも私からの用件ですね。話は、明日の慰霊祭に関することでございます」


そう言いながら彼女はキヨシに背を向け、物音を立てない歩みで御神木へ近づいた。

同時に風が吹き抜け、辺りに流れる空気の臭いが一変する。

どこか薬臭いような、線香っぽいような独特な臭い。

少なくとも緑豊かな匂いは消え失せている。

そんな中、キヨシは彼女の背中を見つめながら話に耳を傾けた。


「まずキヨシ様は、慰霊祭の目的をご存知でしょうか?」


「え?あぁ…、それはもちろん。父上から勉強するよう言われていたし、家には沢山の資料が保管されている。要約すれば、これまでの死者の魂に改めて休息を与えるよう、そして慈しむ心を忘れていないと伝えるための供養儀式だ」


「………そうですね。そして、黄泉(よみ)に潜む悪鬼を払うための討伐儀式でもあります」


「確かに、それが一番の目的だと捉えている人も多いね。慰霊祭では、この地に悪鬼を一匹だけ呼び寄せて討伐する。それで黄泉と現世の両方に安寧(あんねい)が訪れる。だから非常に大事な行事であり、欠かせない儀式だ」


キヨシは(よど)みなく答えたが、このとき拭いきれない違和感を覚えていた。

慰霊祭は毎年ある恒例行事で、その意味合いは小さな子どもでも知っている。

だからヒバナの問いかけは今更であって、このタイミングで確認してくる意図が理解しきれなかった。

そんな疑念を抱く中、ヒバナは背を向けたまま再び問いかける。


「それでは慰霊祭には、もう一つ重大な役割があることをご存知でしょうか?」


「役割?なんか他に目的があったけな。まぁ、そうだね。村人が楽しむ祭りって部分は少なからずあるかな。あとは健康やら豊作を願うとか。それはそれで別の儀式があるけど」


「そのような上辺の理由ではございません。先ほどまで述べた事より、最優先すべき原初の理由があります」


「えっ、そうなの?他に目的があるなんて、多分僕は聞いたこと無いけど」


「……義原一族の御先祖(ごせんぞ)様は、現世で無数の悪鬼を討伐致しました。しかし、現世で滅した悪鬼は黄泉でも滅せなければならない。つまり悪鬼を消滅させるためには、二度殺す手間が必要不可欠となります」


「あー、えっと……?うん、ごめん。いきなり過ぎて何のことか分からないや」


キヨシは賢くないため、あっという間に話を呑み込むことができなかった。

むしろキヨシで無くとも、こんな不意打ちで荒唐無稽な話をされても困り果てるだろう。

せめて話の繋がりを見出せれば相槌(あいづち)くらい打てるのかもしれないが、それすら難しい。

それなのにヒバナは一方的に話を続けてしまう。


「悪鬼達は輪廻の術を使い、世の垣根を自由に往来することで黄泉と現世の両世界を征服しようとしている。その野望を阻止する一つの策として、義原一族の祖先は祭りを始めたのです。その策の名こそが、地獄(じごく)反魂(はんごん)霊祭(れいさい)。これは慰霊祭の旧名です」


「地獄………なんだって?」


「もしかして、この説明では理解が困難でしたか?」


「いや、そういうわけじゃないけど、言うほど今の説明になってたかな……?それ以前に実感というか現実味が無いというか……。僕の祖先が悪鬼を相手に戦ったという話自体、脚色された伝承って認識だったから」


キヨシは思うがままに答えながら、ヒバナが何を伝えようとしてきたのか改めて考えようとしていた。

ただ、うまく思い出せない。

唯一理解できたのは、悪鬼が人の安寧を(おびや)かしていて、それに義原一族が対抗していたという話だけだ。

とにかくキヨシは戸惑いを覚えつつも、それっぽく会話を合わせようとした。


「と、とりあえずさ。それをどうして僕に話したの?」


「…………話、ですか?一体何のことでしょうか?」


「へ?いや、ついさっきの話どころか、本当に今の事だけど……?あれ?なんで?」


この時、キヨシは幻覚にでも陥っているのかと疑いたくなった。

なぜならヒバナはいつ間にか振り返っていて、本気で不思議そうな表情を浮かべていたからだ。

それに彼女は御神木から離れていて、彼の目の前に佇んでいる。

どこで見落としたのか分からず、現状すら把握しきれない。

もはやキヨシは理解が追い付かずに混乱しかける中、一つ一つ確認を取る手段に出た。


「えっと、君はヒバナだよね?」


「ふふん、当然です。将来の夢はキヨシ様のお嫁さんです」


「おぉ……休日の時のヒバナちゃんだ。…って、そうじゃなくてさ、今しがた慰霊祭について話していた記憶はある?」


「それはちょっとだけ……あるような、無いような?んー、なぜでしょう?」


ここで戸惑わられてしまったら、もうこれ以上キヨシは追求できない。

どこが謎なのか、それすらイマイチ分からないからだ。

だから無理に納得する他なかった。


「よし、分かった!きっとヒバナちゃんは自覚症状が無いだけで、もの凄く疲れているんだよ!明日は大事な慰霊祭なんだし、なるべく休まないと!もう不安で仕方無い!」


「そうですね。キヨシ様の進言であれば、神主様も認めて下さるかもしれません」


「うんうん。僕からも言っておくから、大変な時こそゆっくり寝た方が良いよ」


「ありがとうございます。……そういえばキヨシ様、明日のために私がお守りを作っておきました。よろしければ受け取って頂けませんか?」


ヒバナは温かみある微笑みを浮かべながら、見た目こそは普通のお守りを差し出してきた。

手の平より小さな布袋で、恐らく中には札の類が入っているはずだ。

それをキヨシは単なる厚意だと解釈して受け取った。


「わぉ!ありがとうヒバナちゃん、大事にするよ!」


「これは明日の祭りの成功を願うお守りです。悪鬼を払う際、未来の旦那様にケガが無い事を祈っております」


「うん。打ち払いの大役は兄と父上だけど、僕も端役ながら精一杯頑張るよ」


「はい。キヨシ様のご活躍は、このヒバナがしっかりと見届けます」


二人は互いの手を握り合い、心の奥を覗き込み合うほど強く見つめ合った。

まるで以心伝心を試しているかのような素振りであり、確実に言葉以上の気持ちを伝え合っている。

そんな何物にも代えがたい時間が流れるとき、唐突に村の方から大きな物音が響いてきた。

それは連続的な落下音で、建物が崩れていく不穏な音だ。


「……なんだろう。用意した装飾が崩れたのかな」


「どうぞ行って来て下さい。私は少しだけ仕事を続けますので。もしケガ人が居れば、神主様にご報告致して下さい」


「うん。お仕事がんばって、あとでしっかり休んでね。それじゃあ見てくるよ」


そう言ってキヨシは再び駆け出し、物音が聞こえた方向へ向かった。

おそらく神社から近場のはず。

また物音こそは大きなものだったが、それほど胸騒ぎを覚えるような不気味さは無かった。

実際、彼が現場へ到着した頃には村人達が集まっているのみで、特に泣き声や悲鳴は発せられていなかった。

おそらく本当に建物が倒壊しただけで、取り返しが付かない被害は出ていないのだろう。


「どうかしたのですか?」


ひとまずキヨシは近くの村々に事情を訊こうとする。

しかし、誰もが集まったばかりであって、憶測同然の情報しか得られなかった。


「あらま、義原様の子か。どうやら物置き小屋が崩れたみたいでさぁ。ケガ人は出てないようだけど、明日は祭りだってのに困ったもんだよ」


「崩れた?出火では無いのですね」


「崩れたと言っても、誰も手入れしてない古い小屋だったからなぁ。前々から隙間が多くあってボロかったし、きっと経年劣化……ってやつさぁ」


「なるほど、さっき強い風が吹いていましたからね。あぁ、撤去なら僕も手伝いますよ。それと念のため、大工職人の手配もお願いします。廃材を早く運ぶなら、彼らの協力が必要ですから」


こうしてキヨシは自分なりに義原一族に相応しい判断を下し、的確に指示を出す事で倒壊した小屋の撤去を始めた。

結局、小屋が倒壊した具体的な原因は不明なままだ。

しかも、物置きの中には使い物にならない雑貨が放置されていただけなので、誰も気に留めない出来事として片づけられる。

それから翌日の夜、例年通り村の慰霊祭が始まろうとした。


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