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1.義原キヨシ

その村は他の集落と比べても、特に規模が大きく人口も多い村だった。

何より開拓を繰り返しており、果樹を栽培し、無数の畑を(たがや)すことで生活を盤石(ばんじゃく)なものとしている。

また山奥の村にしては珍しく先進的な発展を求めており、他所より衣類や道具の生産を率先的に行い、優れた建築技術によって立派な神社まで建造していた。

更には酒造、調味料類の生産、鉱物の採掘、先進医療の取り入れ計画などを進めていくため、近隣の村々からは強欲と呼ばれてしまうほど。

しかし、どう噂されようとも成功へ繋がれば、それらの噂など戯言同然でしか無い。

この村はものの見事に順調な繁栄を進めていき、やがて他の集落と合併まで行われていった。


もちろん、これほどまでに大きな成長を求めるからには優秀な(おさ)が必要不可欠だ。

仁義と伝統を重んじ、広い見識と思慮深さを(あわ)せ持ち、優れた向上心に加えて人望溢れた存在でなければならない。

それは、とある一族が代々と担っており、強い責任感を(もと)に使命を果たし続けていた。

その一族の名は義原(よしはら)

彼らは今、重厚感ある木造屋敷に住んでいる。


「キヨシ」


見渡せるほど広い部屋なのに、どこを見ても装飾品が全くない寂しい内装。

そんな簡素な大部屋で、一人の男性が息子の名前を呼ぶ。

名を呼んだ人物の肉体は大きく、着物姿だというのに一目で分かるほど筋肉質だ。

生まれつき恵まれた体格に加え、鍛錬を重ねた風貌には鋭い威厳を感じられずにはいられない。

あまりにも立派なものだから、彼が使っている座布団が小さく見えてしまうほど。


対して、そんな大男にキヨシと呼ばれた青年は、並の成人男性より一回り小さかった。

巨漢と対面して座っているからこそ、小柄なのが余計に目立つ。

だが、それにしても彼の身長や四肢は少し小さい。

それもそのはずだ。

その人物は若々しいどころか幼く、まだ大人だと認められる年齢に達してない。

しかし、まだ成長途中である未熟な身体であっても、巨漢の主を前にして気迫負けはしない。

彼は威風堂々とした姿勢を保ったまま、誠実さを兼ね合わせた態度で応える。


「はい、お父上(ちちうえ)


「知っての通り、明日の夜は慰霊祭(いれいさい)が行われる。その神輿(みこし)行進の際、キヨシには木札(きふだ)打ちの役割を(まか)す」


「ぼく………いえ、自分が木札打ちの役ですか?それでは兄上が討ち払いを?」


「それは風習に(なら)い、(おさ)である私がやり遂げる。長男のシゲヨシには補佐を任せ、今年を最後の見取り稽古とする」


「承知致しました。それでは翌年の新春を迎えるとき、ついに兄上が村の長となるのですね」


「そうだ。……この大役を任せることに少々不安は残るが、シゲヨシの素晴らしい頑張りを私は見ている。それに他の者も認めていて、既に安心しているほどだ。だからシゲヨシを信じようと、そう考えて決断に至った」


そう話す父親の目には、育て親らしい優しさが垣間見えていた。

また、親として心配している態度が表に出ていて、どこか弱気になりかけている父上の姿を見てキヨシは微笑む。


「ふふっ。その想いを兄上に直接伝えてあげればよろしいかと思います。なにせ兄上は日頃から、まだ父上に信頼されていないのでは無いかと、口に漏らすほど不安がっていましたから」


「む……。そ、そうなのか?」


「父上が伝統に従って判断しているだけで、本心では自分を認めていないかもしれないと。ただ、そんな杞憂を抱いているからこそ、兄上は懸命に研鑽(けんさん)を積んできたわけですが」


「それほど前向きな志を持っているのなら、わざわざ伝える必要は無い。その情熱を(かて)に、長を務めて貰った方がシゲヨシのためになるだろう。……だから、くれぐれも告げ口はするなよ」


少し強い口調で言ってくるが、もはや恐さの欠片は無い。

むしろ一緒に秘密を守って欲しいと頼む子どもみたいであり、強靭な肉体に反して純真な態度が表れていた。

そんな父上を大変好ましく思いつつ、キヨシは自分の事へ話を戻す。


「しかと(うけたまわ)りました。まずは自分の責任を果たすことに集中させて頂きます」


「うむ、そうしてくれ。有事の際は、キヨシも(おさ)代理として振る舞わなければならない。その自覚を決して忘れずにな」


「分かっております。ただ、その有事の際が訪れないことを心から願います。村人全員が大事な家族という認識しておりますが、やはり一番に案ずるのは父上と兄上の身ですから」


そう彼が応えた後、いくつかの雑事報告を交わしてからキヨシは渡り廊下へ出た。


「今日は晴れやかな天気だな。ふふっ、なんだか良い事がありそうだ」


今日は清々しい快晴日和(びより)であり、外の空気を一呼吸するだけで気持ちが晴れやかになる。

だからキヨシは、いつもより軽やかな足取りで屋敷の廊下を歩き出した。

すると間もなく、迎え側から歩いて来る男性と目が合う。

その人物は先程まで話題にあがっていた長男のシゲヨシであり、父上の面影を感じさせる雰囲気を纏っていた。


「やぁ、シゲヨシ兄さん!」


「キヨシか。なんだ、父上とお話をしていたのか?」


「明日の慰霊祭についてね。ちなみにシゲヨシ兄さんは、既に父上から明日のことを聞かされているの?」


「あぁ、今日の朝方に話してくれたよ。俺が見回りに出る前にね。まだ補佐の役割だが、早くも肩の荷が重いよ」


「あははっ!もう重圧を感じているなんて、シゲヨシ兄さんは心配性だなぁ」


「楽観的なキヨシでも、俺の立場になれば同じ気持ちになってしまうよ。近い内に長を任せられることは、前々から覚悟していた事だから別に気にしてない。ただ父上の活躍を知っているからこそ、なにかと恐れ多くてな」


声に強い緊張は感じられないものの、長男のシゲヨシは気疲れした表情を見せてしまう。

だが、そんな弱音を吐きたくなる気持ちは誰しもが同情できる。

なにせ、この兄弟の父親は多くの害獣、そして災害から村を守り通した。

それら全ては優れた勘と推察によるもので、簡単に真似できる御業では無い。

また流行り病の対処も迅速で、その時の決断力は並外れたものがあった。

皆の命運を背負っているという重圧に負けず、失敗を恐れない姿勢。

それは心配性のシゲヨシからすれば、どう鍛錬しても乗り越え難い不安要素だろう。


「次の新春と言ったら、まだ先のことに聞こえるかもしれない。でも、俺からしたら明日のことのように感じられるよ。我ながら情けない話だが、そのせいで震えが止まらなくなりそうだ。はぁ~……」


長男から漏れ出る深い溜め息。

そんな彼を元気づけるよう、キヨシは明るい態度で喋りかけた。


「安心してシゲヨシ兄さん!なにせ、いざとなったら僕が居る!そして僕は、情熱と才能あふれる兄の弟じゃないか!」


「…ん?今、ややこしい言い方をしなかったか?決して才が無いとは思わないが、まるで自分自身に高い能力があると錯覚させる言い方だった」


特別気にかけたわけでは無いが、それでもシゲヨシは指摘したくなった。

だが肝心のキヨシは、あえて能天気な顔で返す。


「おっと、そうだったかな?でも、シゲヨシ兄さんにとって僕が一番身近なのは紛れも無い事実だ。それに協力する意欲だってある。そういう意味では、きっと良き相談相手になれるよ」


「そうか。その際は遠慮なく頼るとしよう。力ある兄の弟、だからな。………そういえば、ついさっきヒバナがお前を呼んでいたぞ」


「ヒバナちゃんが?あぁ、もしかして明日の祭り関連についてかな。そうだとしたら今すぐ行って来るよ」


「明朝から義原一族としての準備があるから、あまり遅くなるなよ」


「あははっ。大事な時なのは分かっているから、そこまで長居なんてしないよ」


そうしてキヨシは兄に見送られながら、駆け足で屋敷から出て行った。

とは言え、彼の走力は優れたものでは無い。

せいぜい兄の半分ほどしか速度が出ず、年寄りと一緒に走っても出遅れるほど弱々しい脚力だ。

体力に至っては同年の友達より遥かに劣る上、筋力と知能も並以下だ。

言うならば、優秀なる義原一族としては珍しい不出来な子。

ただし単なる馬鹿では無く、真っすぐな心は持ち合わせている。

つまり全体的な能力が低いだけであって、内面的な部分は高潔な一族に相応しい。

これは良い手本がいる家庭環境だったおかげだろう。

そのためキヨシは人当たりが良く、前向きな彼を好ましく思う村人は大勢いた。


「どうもおはようございます!明日の慰霊祭、期待して下さいね!父と兄が立派に務めを果たしますので!そちらのおじいちゃんもおはようございます!あとで畑を手伝います!」


キヨシは村の中を駆け抜けながら、明るく元気な姿で絶えず挨拶を繰り返した。

どんな相手にも礼儀正しくて、その親切な振る舞いは義原一族としての自覚を持っていると分かりやすいものだった。

そしてキヨシの兄が村長になることを皆が知っているから、誰もキヨシに厳しい目を向けない。

むしろ人懐っこい雰囲気を(こころよ)く思っているくらいであり、とても話しやすい権力者という彼の立ち位置が村人達にとって都合が良かった。

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