女王の裁判
祈りの日、当日。
女王様の夫である王配殿下が、ヘルンメイル様の部屋を訪ねてきた。
「ヘルンメイルはどこに?」
「王女様はおられません、詳しくはゲオルグ様からお聞きになってください」
そして、わたしは……謁見の間に連れて行かれた。
謁見の間には、女王様と王配殿下だけがいる。
訪ねてきた大勢の侍従達とは、扉の前で別れてしまった。
「…………」
うっ……女王様がわたしをジッと見ている。
するとそこに、ゲオルグ様が現れた。
まるで、連行されるみたいにして兵士に連れてこられる。
「離せ! 自分で歩く!」
そして、扉が閉まると、そこは四人だけの空間になった。
「ヘルンメイルが居ないというのは本当ですか? ゲオルグ」
「そうです! 女王陛下! この娘は宮廷魔術師の家の生まれで魔術が使えるのです! ヘルンメイル様に化けて、我々を謀っておりました!」
「…………」
なんと、わたしに罪をなすりつける筋書きだったのか。
そこまでとは思わなかった。
「この娘は、王女に化けて自分が王女になろうとした不届きものです!」
しかし、女王様は取り乱さず、冷静に言葉を紡いでいく。
「宮廷魔術師の家の娘といえば、あなたの婚約者ではありませんか?」
「もちろん、このような者との婚約は破棄です!」
こうやって、わたしを利用しようとしていたわけか。
なんだか、情けない気持ちになってくる。
「娘よ、何か言い分はありますか?」
女王様が、わたしに話を振ってきた。
言いたいことは色々あるけれども、まずは事実を認めないといけない。
「王女様に変身していたのは事実です、そのことについては謝罪します。しかし、王女様に成り代わろうなどとは考えておりませんでした」
「嘘を吐け! 現に王女は居ない! 魔術の力でどこかに隠したか!」
ゲオルグ様がニヤリと笑っている。
この筋書きが出来たのは、わたしのことを知った後だろう。
どうなろうとも、言い負かせる自信があるんだ。
「娘よ、どうして、今は王女に変身していないのですか?」
「もう、その必要が無くなったからです」
「悪事がバレて観念したか! アバズレめ!」
裁判、ということにでもなれば、わたしの立場は弱い。
末席とはいえ、王子であるゲオルグ様の発言の方が重く取られるだろう。
「わたしは、祈りのことなど何も知りませんでした。王女様が行方不明になっているので、見つかるまで代役を務めろと言われていました」
「誰に言われたのですか?」
「それは……」
しかし、それをゲオルグ様が遮る。
「女王様! このような痴れ者の言葉に耳を傾けてはなりません!」
しかし、女王様は冷静な裁判官だった。
身分の違いや、家族の情などに流されていない。
「ゲオルグ、少し黙りなさい」
「チッ……」
小さく舌打ちする音が聞こえてくる。
養子として迎えられた王国で、真っ直ぐには育たなかったんだろう。
立身出世のことで、世を恨んでいるのかもしれない。
「娘よ、代役を務めろと誰に言われたのですか?」
「ゲオルグ様です、その代価に、家に結納金を支払うと言われました」
「ふむ……」
「お前の言うことなど誰も信用するはずがない、この強欲な魔女め! 王女になろうとしたが、祈りのことを知って無理と悟ったか!」
客観的に見ると、そうなるのかも知れない。
そうなるように、仕向けられていたんだから……。
「いいえ、ゲオルグ様。もう事態は終わっているんですよ」
「は?」
そう、既にわたしは……。
「ゲオルグよ、私は、その魔法使いの娘の言を信用します」
ゲオルグ様が、一歩後ろにたじろぐ。
代役を務めろと命令したのがゲオルグ様であれば、裏で糸を引いているのがゲオルグ様だと言ったのも同然だ。
「ば、馬鹿な! 禁忌の力を使う怪しげな娘ですよ!? オレと比べてどちらの言が正しいか一目瞭然ではないですか!」
「黙りなさい、ヘルンメイルを何処に隠したのですか? 今なら手心を加えてあげましょう」
女王様は、完全にゲオルグ様を疑ってかかっていた。
青い顔をしているゲオルグ様は、わたしをじろっと睨んだ後、大きな声を張り上げた。
「どいつもこいつもオレを舐めやがって! 王女は逃がした! ババア! お前がもう三十年間祈りを捧げるしかないんだよ!」
「ヘルンメイルをそそのかしましたね」
女王様がゲオルグ様を睨む。
その静かな言葉に、気圧されるほどの怒りが込められていた。
「地位ですか、名誉ですか……何の取引をしたのかわかりませんが、迷惑なことをしてくれたものです」
「婚姻の約束をしたそうです」
隠す必要もないだろう、わたしは聞いた事をそのまま話す。
「姉弟で婚姻? 愚かなことを……」
怒りを通り越して呆れたのか、眉間に指を当てて考え込む。
「フン! だが、どうすることもできまい、このまま国ごと滅ぶか?」
「ゲオルグよ、ヘルンメイルに、外の辛い生活はできないでしょう。もう、アルフレートに探させています」
「は?」
誰か来たのか、扉の外が騒がしくなっていた。
そして、扉が開くと……アルフレート様が入ってくる。
「いやー! 祈りなんて嫌なの! 助けてー!」
一緒にいるのは、本物のヘルンメイル様だった。