鋭い王子
王宮の中を歩いていると、掃除をしているメイドの子を見つけた。
割と歳も近そうだから、話が通じるかも。
「こんにちわ」
「こんにちは」
挨拶を返すけど、そこに立ち止まるわたしを不思議そうに見ている。
「ちょっと聞きたいんだけど、最近のヘルンメイル様ってどう?」
「どうって言われても……」
周りをキョロキョロして、誰もいないことを確認していた。
「いつも通りよ、わがままでヒステリで、できれば会いたくは無いわね」
「そうだよねー」
「この前、新人の子が薔薇の花束で叩かれたらしいよ、怖い怖い」
うわー、それはトゲが痛そうだ。
顔とかだったら傷が残るかも。
「…………」
それにしても、やっぱり人格者ではないらしい。
むしろ嫌われている感じだ。
次は、女王様の言っていた祈りについてだ。
ゲオルグ様なら知っているだろうけど、教えてはくれないんだろう。
「そういえば、ヘルンメイル様の祈りって知ってる?」
「祈り? さあ、聞いたことないけど……暇なの? 怒られるよ?」
「あはは、そうだね、ごめんね、またね」
こんな調子で何人かに聞いてみたけれども、同じような反応だった。
ヘルンメイル様は嫌われているし、祈りについてはみんな知らない。
これがわかれば、ゲオルグ様が何を企んでいるのかわかりそうなのになぁ。
どうも、上層部だけのトップシークレットみたいだ。
そろそろ部屋に戻ろうかと思っていると、アルフレート様が歩いてくるのに気が付いた。
勘の鋭そうな人だけど、廊下ですれ違うだけだ。
頭を下げて、通り過ぎればいいだろう。
「…………」
ぺこりとお辞儀をして通り過ぎようとする。
すると……。
「見ない顔だね、新人の子かい?」
えええええっ!?
この人、メイドの顔なんて覚えているの!?
王宮に一体何人居るかわからないのに……。
やっぱり、なんか鋭いのかも。
パーティー会場で話をしたし、顔を見られているけれども、それには気が付いていないようだ。
ギリギリセーフか。
「は、はい、ヘルンメイル様の侍女を仰せつかっております」
「そうなんだね、丁度いい、今からヘルンメイルに会いに行こうと思っていたんだ」
うっ、もうそんな時間か。
少し歩きすぎたかも知れない。
「じゃあ、取り次いでもらえるかな」
「は、はい……では、ご案内いたします」
「頼むよ」
大丈夫、何もおかしなところはない。
冷静に冷静に。
わたしは、ヘルンメイル様の部屋に向かって歩いて行った。
しかし、王子様顔というか、イケメン過ぎて怖い。
これで、性格も良くて剣の達人で王家の長男だというのだから、ゲオルグ様がちょっとジェラシーなのも頷ける。
「何か手土産が欲しいな、手ぶらで見舞いというのも変だろう」
「そ、そうですね……」
そんなことを言われても、どうすればいいのかわからない。
王宮の間取りもわからないから、どこに寄っていこうとかも提案できないし……。
「あっ……」
すると、脇道の廊下の先に花を運んでいる執事がいた。
どこかの花瓶に飾るのだろう。
「では、あの花などいかがでしょうか?」
「良く気が付いたね、包んでもらおうか」
わたしが執事に事情を説明すると、慌てて花を見繕ってくれた。
そして、ブーケにラッピングしてアルフレート様に手渡してくれる。
「ありがとう、恩に着るよ」
執事は一礼をしてその場から立ち去ろうとするが……。
「あ、ちょっといいかな?」
執事の運んでいた花から、百合の花を一輪手に取る。
そして、それをわたしの服の胸ポケットに差してくれた。
「君にもプレゼントだ、急だったので、用意が無くてすまないね」
「い、いえ、男性に花をもらったのは初めてです」
ゲオルグ様は、花を持ってくるようなタイプではない。
でも……割と嬉しいものだ。
王子様だから? イケメンだからかな?
「君なら、すぐにもらえるようになるよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
なんか、頬が熱くなっている気がする。
ダメダメ、今はこのピンチに集中しなくちゃ!
ヘルンメイル様の部屋の扉の前まで来ると、わたしはそこで立ち止まる。
「少しお待ちください、ヘルンメイル様もご用意がありますので」
「ああ、待たせてもらうよ」
「ヘルンメイル様、アルフレート様がお見えになられました」
そう言って部屋の中に入った。
「…………」
もちろん、部屋の中には誰もいない。
わたしは服を脱ぐと、ヘルンメイル様に変身する。
パーティーで、何度か遠目に見ただけの人だから、細部は少し違っているかも知れないけど。
わたしのメイド服は、ベッドの下にでも隠しておこう。
ここはドレスルームではないから、クローゼットがない。
そして、ヘルンメイル様の部屋着を着る。
「ふぅ……上手くやり過ごさないと」
そして、扉を開けてアルフレート様を出迎えた。
「ようこそ、お兄様」
「お見舞いに来たよ、ヘルンメイル」
わたしは調子が悪そうにベッドに腰掛けると、アルフレート様を見た。
「気の利かないものですまないが」
「まぁ、ありがとうござます」
先ほどの花束を受け取った。
ベッドの周りには花瓶がないので、置ける場所に花束を置く。
「おや、侍女はどうしたんだい?」
アルフレート様が、キョロキョロと部屋を見回していた。
やばい! 突っ込まれた!
「い、今、すれ違いに部屋を出て行きました」
「そうだったのか、気が付かなかったな」
「…………」
なんか、アルフレート様が不審な顔つきをしている。
気が付かないはずはない、みたいな顔だ。
「…………っ!?」
すると……床に、さっきもらった百合の花が落ちていることに気が付いた。
着替えるときに落ちたのに気が付かなかった!
「お兄様……新鮮な空気が吸いたいので、窓を開けてくださらないかしら」
「ああ、かまわないよ」
その隙に、見つからないように自然に背中を向けて、しゃがみ込んで百合の花を拾う。
それを、服の中に隠そうとしたら……。
「おや、その花はあの子にあげたものかな……?」
「ういっ!?」
窓開けるの早いな!
「い、いえ、花束からこぼれ落ちてしまったものだと思います」
「そうかい?」
なんだか、怪しそうにしているアルフレート様を前に、わたしはぎこちない笑みを浮かべていた。