見られていた
謁見室を出てヘルンメイル様の部屋に戻ろうとすると、小さな悲鳴が聞こえてきた。
王宮の中で誰が? 転んだとか?
慌ててそちらを見に行くと、床に座り込んでいるメイドと妹のローゼル様が居た。
ローゼル様は手を振りあげていて、メイドは頬を押さえている。
叩かれた……そう思うのが普通だろう。
「やめなさい、ローゼル!」
「お姉様!?」
ローゼル様のこういう場面に出会うのは二度目だ。
さすがに、パーティーでは手をあげたりはしていなかったけど、これはちょっとやりすぎだと思う。
「あなたは少し、周りに厳しすぎるのではありませんか?」
わたしは、若いメイドの手を取って起こしてあげる。
かわいそうに、怯えきっていた。
「これは……」
ローゼル様がなにか言いたそうにしているけれど、ハッキリ言えないのは後ろめたいからだ。
「もう、このようなところは見せないでください」
「失礼いたします」
そう言って、ローゼル様は立ち去ってしまった。
うっぷんが溜まっているのかな?
王家には王家の悩みがあるんだろうけど。
「ヘルンメイル様、私が悪いんです……ドジをしてしまって……」
「そうですか、でも、大事な身体に傷でも付いたら大変です、怒られるのは言葉で怒られるべきです」
「あ、ありがとうございます」
メイドが尊敬をするような目で私を見ていた。
まぁ、わたし偽物なんだけどね。
「ヘルンメイル」
「え……」
アルフレート様!? いつからそこに!?
ちょっとイケメン過ぎてドキッとするけれど、関わってはいけない人だ。
なんだか勘ぐられているところがある。
剣の達人でもあるらしいから、洞察力に優れたりしているんだろうか?
「お、お兄さま、ごきげんよう」
「お兄様?」
あれ? 呼び方が違うのかな。
また、いぶかしそうな顔をされてしまった。
マズイ、マズイ。
「大丈夫でしたか?」
アルフレート様が、メイドの子に声を掛ける。
「は、はい、ヘルンメイル様に助けていただきました」
「僕も今の現場を見ていましたよ」
ボロが出ないようにしないと。
一番いいのは、関わらないことだけど……。
「す、少しはしたないところを見せてしまったでしょうか」
「一昨日の晩のパーティーでも、トーチー家のご息女のことを助けていたね」
トーチー家のご息女とは、友達のエレインのことだ。
あの場をゲオルグ様に見られてしまって、こんなところに居るんだけど……アルフレート様にも見られていたなんて。
魔術に関する部分は見られていないみたいで良かった。
「そ、そうでしたっけ……ご記憶違いではありませんか?」
あの日、あのパーティーに王女はいなかったらしい。
見られていたなんてヤバかった。
「でも……こんなに心優しい女性だったなんて、僕は誤解をしていたようだ」
「え?」
「利害も打算も無く、ただ美しい心のままにある人だとは知らなかったんだ」
「そ、そうでしょうか……」
ヘルンメイル様、あまり良く思われてなかったみたいだな。
偽物としては、ちょっと笑顔が引きつってしまう。
「今度、是非、お茶に誘わせて欲しい」
ダメダメ、もう、既に違和感を覚えられている、
「た、た、体調が、あまり優れないようでして……」
「そうか、それでは、明日にでも見舞いに行こう」
「え、あ、いや……」
「それでは、また今度」
く、来るつもりなのか?
お茶ということは午後か?
あと三日、やり過ごすの大変そうなんでけど!
わたしは、メイドの子に別れを告げて部屋に戻った。
翌日。
祈りを捧げるという日まで、残り二日らしい。
王女は伏せっているという設定なので、部屋から出なくとも怪しまれなかった。
食事や洗濯物の受け渡しなどは、変身しないで、メイドの姿で対応する。
「それにしても……」
ひとりで、ずーっと部屋の中にいると余計なことを考えてしまう。
女王様もアルフレート様も、ヘルンメイル様が行方不明なのを知らなかった。
ゲオルグ様がヘルンメイル様と浮気をしていたところを見ると、何か関係があるんだろう。
でも、ここまでの反応を見ていると、ヘルンメイル様はあまり人望がないようだ。
少し丁寧に話をしただけで、女王様もアルフレート様も意外そうにしていた。
そのヘルンメイル様に女として負けたことは悔しいけれど、ゲオルグ様と結婚はしなくて良かったと思う。
「…………」
ちょっと調べてみようかな。
まず、ヘルンメイル様はどんな人だったのか。
ゲオルグ様は何を企んでいるのか。
「よし」
昼食は、もう下げてもらった。
次は、アルフレート様がお茶に来るらしいから、三時頃までに戻ればいいだろう。
王宮を探検するのは楽しそうだ。
いかにも仕事してます的な顔をしていれば怪しまれることもないだろう。
わたしは、そっと扉を開けて廊下に出て行った。