初めての王宮
「さすがは、並ぶ者のない王宮魔術師だった家柄だ、魔術が使えるとはな」
これはマズイ……。
魔術は禁忌の力とされていて、今はもう、絶えてしまった技術だ。
バレたらどんなことになるのか、想像も付かない。
この場を、なんとか乗り越えないと。
「一体何のお話でしょうか? ゲオルグ様」
「とぼけるな、バラしたらお家は断絶かもなぁ?」
「くっ……」
禁忌というのが、どれほどの意味を持つのか、王国の法律的にはどうなのか、詳しくはわからない。
でも、家のためにも、ここで認めてしまうわけにはいかなかった。
「とぼけます、証拠なんて出て来ませんよ?」
「ところがなぁ」
「?」
ゲオルグ様は面白そうに笑っている。
他にも誰か居るんだろうか?
さっと、辺りを見るが誰もいない。
「ヘルンメイル王女は今、行方不明なんだよ。だから、このパーティーに王女が居るはずはないんだ」
「なっ」
今日は、ヘルンメイル様も来ると聞いていたのに、行方不明?
でも妹のローゼル様は知らないみたいだった。
なんだかきな臭いけど、今はそれどころじゃない。
「取引にしてやる、王女の代行をしろ、なに、黙って突っ立っていればいい」
「代行……ですか?」
「そうだ、その魔術を使って、王女に化けてもらえばそれでいい」
「…………」
どうしよう……。
これから、どんな取り調べを受けるかわからない。
とぼけるにしても、行方不明の王女が、このパーティーで確認されているというのが苦しかった。
「家には結納金を入れてやる、仕事をしていると思えばいいだろう?」
「…………」
アメとムチというやり方だ。
ここで抵抗したら、両親に迷惑がかかるかも知れない。
いや、間違いなく家も巻き込まれるだろう。
「いつまでですか?」
ヒューとゲオルグ様が口笛を吹く。
あまり上品とは言えないけど、嬉しそうだ。
「行方不明の王女が見つかるまででいい」
「見つかるんですよね?」
「見つからなかったらこの国もおしまいだよ、どのみち婚約も仕事もなくなる」
「?」
この国がおしまいだという言葉は気になる。
ヘルンメイル様に一体何があったんだろう?
「わかりました、お引き受けします」
「明日から王宮暮らしだ、昼頃に迎えに行くから準備をしておけよ」
秘密が守れて、結納金も家に入る。
王女が見つかるまでの間、上手くやるしかなかった。
その夜、わたしは家に帰ると、ゲオルグ様が明日迎えに来ることを話した。
「そういうわけで、ゲオルグ様は心を入れ替えてくれるそうです。そして、明日から王宮に住むことになりました」
「ずいぶんと急な話だね」
お父様は心配そうだけど……お母様は、少し険しい顔をしていた。
「メアリー、ゲオルグ様に騙されていませんか?」
「お母様の娘です、そのような下手は打ちません」
「また、そのような下品な言葉を……王宮ではどこに耳があるかわからないのですよ?」
王家の決定なら、従うしかない。
それに逆らえるような力は、我が家にはなかった。
「しばらく会えなくなるかも知れませんが、わたしは上手くやりますので、心配しないでください」
「それは無理だよメアリー、心配で仕方がない」
「大丈夫です、お父様。わたしを信じてください」
そう言われても、心配はぬぐえないだろう。
お父様もお母様も、晴れやかな顔にはならなかった。
翌日、ゲオルグ様が我が家に迎えに来ると、お父様とお母様に挨拶をする。
少し顔が強ばっていたけれども、二人とも、わたしを快く送り出してくれた。
王宮に入ると、ゲオルグ様と二人でヘルンメイル様の部屋に入る。
「始めに言っておくが、婚約は破棄だ」
「なのに、結納金は払ってくれるんですね」
「なに、代えの利かない仕事だ、それくらいはするさ」
ちょっとムッとするけれども、愛がないことはわかっていたし、わたしにもその気はない。
両親を騙すことになっているのが心苦しいけれど、仕方がなかった。
「当面、メアリーはここで生活をしてくれ」
「ヘルンメイル様になっていればいいんですね」
「いや、ヘルンメイルは病気で伏せっていることになっている。訪ねてくる者もいないだろう、もしものときだけでいいぞ」
なんだか、段取りがいい。
本当に行方不明なんだろうか?
色々と疑問が沸くけれども答えは出ない。
「…………」
しかし……ヘルンメイル様の部屋は、さすがに豪華だった。
我が家とは比べるべくもないけど……ここで寝泊まりするのは、少し疲れるかも知れない。
壁には、伝説の魔女の絵が飾られていた。
我が家のご先祖様である、宮廷魔術師だ。
遠い昔、この国を救ったとか何とか。
「ヘルンメイル様と結婚するんですか?」
「そうだ、誰にも言うなよ」
姉弟で結婚するなんて、どうするつもりなのか。
しかも、王家が決めた、わたしという婚約者までいるのに。
「周りにどう説明するつもりですか?」
「どうでもいいだろう、お前はヘルンメイルに成り済ませ」
いざというときのために情報が欲しかったけれども、ゲオルグ様はそれ以上話す気はないようだ。
利用されているだけというのは、あまり気持ちが良くない。
「一応、いつ人が来てもいいように、この部屋にいろ」
「わかりました」
「普段は、王女付きのお気に入りメイドにでもなっておけばいい」
ゲオルグ様が指を差したその先には、メイド服が用意されていた。
食事の受け渡しや雑用事には、その格好で対応しろということだろう。
ヘルンメイル様は、具合が悪く伏せっているという体裁になっているらしい。
でも、実際のところは、どうなっているのかと思う。
「…………っ!」
そこに、扉をノックする音が鳴り響いた。
緊張が走る。
わたしはヘルンメイル様の服を手に持って、カーテンの裏に隠れた。
「誰だ? 王女は伏せっている」
「ゲオルグか? アルフレートだ。ヘルンメイルに用がある」
ゲオルグ様が、わたしに視線を走らせた。
「上手くやり過ごせ」
「わたし、王女様がどんな方か知らないんですけれども?」
「はいとかいいえとか、適当に言っておけばいいだろう」
はぁ、周到なんだか、ずさんなんだかわからない計画だ。
でも、わたしはヘルンメイル様に変身して部屋着に着替えた。