変身魔法
パーティーの日がやってきた。
会場で、友達のエレインと待ち合わせる。
「メアリー、今日もキレイね」
「エレイン、お母様のドレスを貸してもらったの、ちょっと緩いんだけど、気に入っているわ」
「それが、メアリーに足りない色気を補っていていいわよ」
「エレインこそ、すごく気合いが入ってるじゃない」
エレインの家も、我が家と同じような没落貴族だ。
でも、今日はすごく華やかな装いをしている。
「メアリーは婚約相手が決まってるからいいけどさ、私はこれからだから、いいお相手を見つけないと!」
こういうパーティーは、未婚の男女にとって出会いの場でもある。
もちろん、好き合ったからといって結婚できるわけでもないが。
「その辺、わたしは微妙なんだけどなー」
「ゲオルグ様の浮気の噂って本当なの?」
「どうもそうみたいなの」
「そうなんだー、羨ましいくらいのお話なのにね」
割と砕けた感じで話せる貴重な友人だ。
家柄のことで引け目を感じているみたいだけど、エレインにもいいお話が来ると喜ばしい。
私たちは、会場に入ると、料理を食べてどこの家のパーティの方が美味しかったとか、調度品にお金がかかっているとか楽しんでいった。
「メアリー、アルフレート王子様だよ」
会場に、一際優雅なお姿の男性が入って来た。
アルフレート様は王家の長男で、血筋も確かだ。
ゲオルグ様の浮気相手である、ヘルンメイル王女の兄でもある。
「あんな素敵な方と結ばれたらなー」
エレインが夢みたいなことを言っている。
憧れるだけならタダだけど、上級貴族の娘たちから変な目で見られるのも嫌だ。
「アルフレート王子と結ばれたら、女王になるかも知れないんだよ?」
「それはさすがに無理だねー」
何事も無ければ、ヘルンメイル様が次の女王なんだろうけど、アルフレート王子の妻がそうなることもあるだろう。
政治的な闘争が絶えないに違いない。
「王家の方が続々到着しているみたいね」
パーティーが盛り上がりを見せていく。
王家の方にご挨拶をしたい人がたくさんいるのだ。
わたしも、ゲオルグ様とお話をしたい。
でも、こんな騒がしい中でするお話ではなかった。
「ちょっと失礼」
「え?」
振り返ると、そこには金髪碧眼の美青年、アルフレート王子の姿があった。
一瞬、何が起きているかわからずに、硬直してしまう。
「メアリー・アン・マンフォード様でよろしいですか?」
「は、はい、メアリー……です」
語尾が消えかかってしまったけれども、このままゲオルグ様と結婚したら、義理の兄妹になるんだ。
挨拶くらいはしておいた方がいいんだろう。
「私は、ちょっと向こうに行ってるね」
エレインがウインクをして立ち去っていく。
そんなんじゃないのに……。
「この度は、弟が不義理な噂を立てており、申し訳なく思っております」
「あ、いえ、わたしは、それ程気にしておりません。ゲオルグ様から、そうと言われるまでは、あくまで噂ですし」
浮気の噂は、もう知らない人がいないくらいにまで広がっているようだ。
もう悔しいを通り越して悲しくなってくる。
ただの噂ではないと、わたしはもう知っているわけだし。
「ゲオルグにはキツく言っておきますので、どうか心穏やかにお待ちください」
「いえ、わたしには、まだ早かったのかも知れません。そうだ、どうせなら、他のお相手を紹介してくださってもかまいませんよ?」
もちろん冗談だ。
そんな話はあり得ない。
アルフレート様も軽く微笑んでくれる。
「フフッ、面白い方だ。ゲオルグにはもったい無いくらいです」
「いえいえ、本当にお気遣いは無用ですから」
アルフレート様の気を引きたい上級貴族の娘達が、さっきからこちらを睨んでいる。
面倒ごとは御免だから、そろそろ別れた方がいい。
アルフレート様も、わたしがソワソワしているのに気がついたのか、それではと言って離れていった。
「ふぅ……エレインはどこに行ったのかな?」
パーティー会場には居ないみたいだ。
どこかで休んでいるんだろうか?
会場を離れて、辺りを探してみる。
すると、離れた広間の方で話し声が聞こえてきた。
覗いてみると、エレインが五人の上級貴族の娘に絡まれている。
いや、あれは……ヘルンメイル様の妹であるローゼル様と、その取り巻き達だ。
「アルフレート様に、変な色目を使っていたわね、落ちぶれた家柄の癖に」
「ちょっと出過ぎているのではないかしら?」
「そ、それは、その……」
ローゼル様は何も言わずに、後ろから見ているだけだ。
さすがに王家の方は違うと、感心している場合じゃない。
エレインを助けたいけど……どうしよう。
今なら誰もいない……やってしまうか?
我が家の祖先は、世界中に名の馳せた宮廷魔術師だった。
わたしは、その祖先の魂に魔術を教わっている。
でも、まだ、わたしの使える魔術はひとつだけ。
それは、変身魔法。
「ローゼル、そこで何をしているのかしら?」
「お、お姉様!?」
「ヘルンメイル様!」
わたしは、ローゼル様よりも立場が上の人、そして、このドレスを着ていてもおかしくない人……そういう人に変身していた。
「こ、これは……少し、立ち話をしていただけですわ」
「立ち話というのは、どんなお話かしら?」
「何でもありません、行きますよ」
エレインを置いて、ローゼル様とその取り巻きが逃げて行ってしまう。
醜態と言える状況だったから、当然だろう。
「へ、ヘルンメイル様……ありがとうございます!」
「あなたも、早く会場にお戻りなさい」
「は、はい!」
ふぅ……フィアンセの浮気相手に変身するなんて、複雑な心境だったけれど、エレインを助けられて良かった。
わたしは変身を解いて、元の姿に戻る。
すると、そこに、拍手の音が聞こえてきた。
「すごいすごい、メアリーにこんな特技があったなんてな」
「げ、ゲオルグ様!?」
いつから見ていたのだろう、わたしは、変身を解いたところを婚約者のゲオルグ様に見られてしまった。