声が追ってくる
「じゃんけんぽーん!」
アイスクリームに似た入道雲を背に僕らは思い思いにグーやパー、チョキを繰り出した。
神社と隣接した高台にある公園。ここで遊ぶのが僕らの日課。学校が夏休みに入った今は午前中から午後まで遊び放題だ。やらなきゃならない宿題もあるけれど、夏休み終了まで一ヵ月ある。まだまだ慌てる必要はない。
「あいこで……しょっ!」
「なぁ、かくれんぼしようぜ!」集まったみんなを見てすぐにケイタが言ったんだ。突発的な行動が多いケイタらしい提案だと思う。今日もトレードマークの黒と白のキャップ帽を被り、原色のペンキをベタベタ塗ったような派手な柄のTシャツを着ている。
かくれんぼなんて、僕らにしては珍しい。普段は高台の下にある駄菓子屋【みのわ堂】でお菓子を買ってから、公園の大きな銀木星の木に登って話をしながら駄菓子を食べたり、シンゴがサッカーボールを家から持ってきてサッカーをしたり。かくれんぼの「か」の字すら最近は聞いていなかった。
「かくれんぼ?」「えー……小6にもなって?」と眉を八の字にした僕らにケイタは「昨日観た芸能人たちがかくれんぼをする番組が面白かったんだよ。たまにやるから面白いこともあるだろ? ゲームとかもそうじゃん!」その発言に妙に納得してしまい、僕らは思い思いに拳を丸めたり、ピースをしたり、手の平を上に出したりしている。
「はい、ノギーが鬼ね!」
「……あーぁ、負けちゃった」
ノギーは野城という苗字だから、ノギーと呼ばれている。去年、両親の離婚を機におじいちゃんが住んでいるこの町に引っ越してきたのだが、僕はノギーが本名で彼を外国人だと勘違いしていた。図工の教科書に載っている銅像の【考える人】のように目の堀が深く、鼻が高い。さらに軽くパーマがかった髪がその印象を強めた。実際は生まれも育ちも日本で、そんな僕の勘違いをノギーは盛大に笑ってくれた。
「じゃあ、ノギーは10数えて! ほら、早く隠れようぜ!」
ケイタの声に僕らは散り散りになる。銀木星に額をつけながら、「いーち……にー……」ノギーはカウントを始めた。
ドキドキと心臓が鳴る。確かに、かくれんぼはたまにやると面白いかもしれない! 青々としたツツジの植え込みに僕は身を隠した。左側に視線を向けると、近くのトンネル状の遊具の中に坊主頭のタカの姿が見えた。僕に気づき、「しーっ」と人差し指を口に当て楽しそうに笑っている。僕も同じポーズをして頷いた。
「……じゅー! もういいかーい?」
「もういいよー!」
右側の飲み物が売っている赤い自販機の裏の茂みから眼鏡をかけたシンゴが顔を出しているのが見え、僕は慌てて「隠れて」と手で合図を送った。それに気づいたシンゴは指でオーケーサインを作ると、茂みに身を隠した。僕が隠れた場所からはノギーの動きも見える。でも、ケイタの姿は見つけられなかった。派手なTシャツを着ているから、真っ先に見つかりそうな気もするけど、公園を出て神社のほうに隠れたのかもしれない。
どんどん近づいてくるノギー。「ここかな? ……いない」を繰り返しつつ、確実に僕らが隠れているエリアに近づいてきた。真っ先にピンチを迎えたのは、自販機の裏に隠れているシンゴ。見ているこっちまで緊張が伝わって来る。遊具の中に隠れているタカも空いている穴から、その様子を窺っていた。
ドキドキ……ドキドキ……心臓がうるさい。
「あれー? いないなー」
よかった……見つからなかったようだ。
「……みーつけたっ!!」
「クソー!! バレてないと思ったのに!」
「最初から足が見えてたよ」
「だったら、最初からそう言えばいいじゃん!」
「それだと、つまらないでしょ?」
「……ちぇっ」
「さ、他のみんなも探すよ」
今、ノギーと目が合ったような気がする。もしかして……僕の隠れている場所もバレてる? 見つかる前に場所を移動したほうがよさそうだ。どこかに隠れられる場所は──
「……よし、あそこにしよう!」
見つからないようにツツジの植え込みの後ろをハイハイして進んでいく。またお母さんに叱られるだろうな……。「どこで遊べば毎回こんなに汚してくるの!? 洗濯する身にもなってよね!」アブラゼミの声が口うるさいお母さんの声と重なった。
背後にある裏山。といっても、そんなに大きくない。大人たちは【丘】と呼ぶが、僕たちの目には【山】に見える。公園と隣接している裏山のところに人が入れそうな穴を見つけた。そこに僕は身を隠した。50mほど這って来たが、幸い、ノギーに見つからずに済んだ。
日陰だからか、土が湿気っているからか、外の気温よりも穴の中は涼しい。それに穴は思った以上に広かった。僕らの中で一番大きい160cmのケイタが三角座りをしても全然余裕があるかもしれない。穴の横幅も広いから、みんなで入れそうだ。ここを新たな秘密基地にするのもいいかもしれないな。
「おーい」
鬼役のノギーにみんな見つかったのだろうか。僕を探しているのだろうか。でも、まだ出ていくわけにはいかない。もしかしたら、ノギーの作戦ということも考えられる。もう少し粘ってみよう。
「おーい」
まさか僕がここに隠れているなんて誰も思わないだろう。この場所をみんなが見たら、どう思うかな。「すげー!」と喜ぶのは間違いない。早く、みんなと合流してこの場所を教えたい。
「おい!!」
声が近い。慌てて振り返ると、光に照らされた二つの目があった。野生動物のように鋭い目。だが、それはすぐに人のものだと分かった。土にまみれた頬のこけた顔。中途半端に伸びた短い髭。暗闇から伸びてきた大きな手に恐怖を覚え、僕はその場を飛び出した。
それでも声は追ってくる。
「おい!!」
早く逃げなくちゃ。みんなにも知らせないと。だが、公園を見て愕然とした。
──あれ!? みんなは? どこ!?
アブラゼミの声だけが響く公園。みんなの姿がどこにもない。でも、自転車はある。どうしよう……。僕を追ってきた男は周りを見渡し、僕を探している。もし、みんなと男が遭遇したら……マズイ。その前に僕も身を隠さなきゃ。でも、みんなも探さないと。
茂みに隠れつつ、僕はみんなを探した。遠くから「おーい」と声がする。男の姿とは反対の右側から聞こえた気もする。だが、その直後「おーい」と今度は反対の左側から声がした。複数の「おーい」があちこちから聞こえてくる。みんなが僕を探しているのだろう。それに便乗して男も「おーい」と声を飛ばしている。
男がいる方向とは反対の右側に僕は進んだ。誰かしらに会えることを願って。──頼む、誰でもいい! ケイタ、シンゴ、ノギー、タカ!!
「おーい!」僕を探す声の主を見つけて、僕は急いで声を掛けた。
「シンゴ!!」
「うわっ!? マサやん、よかった! 見つかって……。ったく、探したんだからな!」
「とりあえず、こっち来て!」
シンゴの腕を掴んで茂みの中へ引き込んだ。
「どしたんだよ!」
「しっ……。実は、隠れてるときに変な男の人に見つかって追われてるんだ」
「は?」
「だから、僕もみんなのことを探してたんだよ。ほら、あの人」
茂みから少しだけ顔を出して、僕を探している泥だらけの男の人を指差した。
「うわ……あれ、絶対ヤバい人だよ」
「だから、他のみんなも早く見つけないと!」
「分かった。確か、ケイタが神社の方を探してるはずだよ」
「ケイタとまずは合流しよう」
「うん!」
シンゴの後に続き、神社側へと急いだ。男の人は変わらず、キョロキョロしながら「おーい」と声を飛ばしている。ノギーとタカも心配だ。早くケイタと合流して二人を見つけないと。
セミたちが大合唱を繰り広げている神社に辿り着いたが、ここでも「おーい」と叫ぶ声が響いていた。声は近い。砂利を踏みしめながら、境内を進んでいく。
「おーい」
「ケイター?」
「ケイター!」
僕たちも声を飛ばず。
「おーい」
だが、返って来るのは「おーい」という声だけ。僕とシンゴは顔を見合わせた。ケイタだったら、僕たちの名前を呼ぶはずだ。
「おーい」
よく聞けば声もケイタのものじゃない。声変わりをまだしていない僕らに低い声は出せない。それじゃ、この声の主は誰……? まさか、あの男がここまで追ってきた……!? 公園内を走ってくれば、僕らの先回りをすることも十分可能だ。コソコソ隠れながら進んでいた僕たちよりも堂々と彼は歩いて来れるのだから。
「マサやん! こっち!」シンゴに手を引かれ、大きな社の近くにある木造の物置に身を潜めた。一人じゃなくてよかった……。一人だったら恐怖が足を支配して、地面に埋められた電柱のようにあの場に棒立ちになったままだっただろう。
この物置には鍵がかかっておらず、ホースや掃除道具などが入っていて誰でも使用することができる。主に自治会のボランティアのおじさんたちが公園や裏山を清掃するのに使用している。
「おーい」まだ外では声がしている。それもさっきより増えたような……。
「ど、どうしよ……」
「とりあえず、ここでやり過ごそう」
「ケイタ、大丈夫かな……」
「分かんない。でも、アイツは俺たちのまとめ役だから、きっと大丈夫だって!」
「……うん」
大丈夫だと信じたい。きっと、みんなとまた会えるよね……? でも……もし、みんなに何かあったら、どうしよう。僕のせいだ。僕があんな穴を見つけて隠れなければ、あの男の人に会うこともなかった。
「そんなに落ち込むなって。アイツらは、木登りだってできる。いざとなれば、木の上に隠れるはずだよ」
──ジャリッ……ジャリ……ジャリッ……
「おーい」一直線に僕らがいる物置に向かって足音が近づいてくる。人物よりも先に影が物置に届き、扉の隙間から差し込む陽を遮っている。
隣にいるシンゴと唾を飲み込んだ音が重なった。……絶体絶命だ……。
──ジャリッ……ジャリ……
足音が止んだ。ついに物置の扉が開かれる。
「……みーつけた」
「うわぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
「ひぃぃぃいぃぃぃ!!!!!!」
逆光の中、僕らに向かって差し出された手。この手を取ったら、僕らに未来はない。怖くて僕は目をつぶった。
「……あー、参ったな。驚かせちゃった?」
「よかった。無事だったか」
聞き慣れた声がして目を開けると、太陽を反射した後頭部と僕を見て微笑むおじいちゃんの顔があった。僕らに手を差し出していたのは、制服を着た警察官だった。
「よ、よかった……。死ぬかと思った……」
「……ど、どうして、おじいちゃんたちがここに?」
「驚かせてごめんよ。四日前、隣の市で強盗が入ったのは知ってる?」
そんなニュースを見たような気もする。でも、自分と関係のないニュースは記憶に残らない。隣の市といっても、子供の足で行ける距離にない。車移動をしている大人たちからしたら身近なニュースかもしれないが。
僕とシンゴは首を横に振った。
「その犯人が今朝方、この近くで目撃されたんだ。自治会の皆さんと協力して探していたところ、この場所で遊んでいる君たちを見つけて保護していたんだよ」
「そうだったんだ……。じゃあ、ケイタとタカとノギーは無事なの!?」
「あぁ。アイツらなら、先に家に帰したぞ」
「よかった……」
「あ、マサやんが怪しい男に追いかけられたんだ!」
「なんだって!? どこにいるか分かるかい?」
「まだそこにいるかは分からないけど、裏山から出て公園の近くにいたよ。赤い自販機辺り! 全身土まみれだから、すぐに分かると思う」
「ありがとう!」
警官はすぐに無線で仲間の警官たちに僕が言った情報を伝えた。
「マサヤ、シンゴ。わしと帰るぞ」
「うん」
「自転車は?」
「この件が落ち着いてからでもいいじゃろ」
僕らはおじいちゃんと手を繋いで高台を下った。いつもは静かな通りもパトカーが何台も止まり、赤いランプが点滅して、物騒な雰囲気に包まれていた。野次馬の姿もちらほら。その横を通った時、鋭い視線を感じた。穴で見たあの視線と似ている。
ほのかに土の香りが鼻に届いた。心臓が警鐘を鳴らす。どくん、どくん……。僕は、恐る恐るその視線の先を見つめた。
「……みーつけた」
にたぁと笑う白い歯が土で汚れた顔の中に浮かび上がっていた。
【完】




