08 農村暮らし
長一郎達は、畑の見学を終えて村に戻って来た。
ラノベや漫画では特別な能力を与えられた主人公だけが活躍する作品が多いが、ここに転移したのは長一郎だけではない。
運悪く多数の人間が、何の能力も付加されず、巻き込まれ呪われ、この地に集められている。
長一郎との差異は時代のみであろう。
特に見張りも無く、長一郎を除く皆が首輪をしていない様子から、首輪が取れても、この地以外では生活が困難なのだろう事が推測できる。
先ずは、憲明の家と家族を紹介された。
帰れない異世界で百年も暮らせば、新しい家族くらいは出きるだろう。
これが、息子や娘ならば気不味い感じになるが、面識の無い曾祖父と曾孫くらいになると、遠い親戚レベルでドライだ。
次に村長の所に連れていかれ、憲明の家の近くの空き家をあてがわれた。
曾祖父の家庭に間借りすると言うのも、一人暮らしが続いた長一郎には居心地が悪かったのだ。
村の各所に井戸や泉があり、トイレは共同の物が同様に存在する。
食品や生活用品は共同倉庫が有って、必要な分だけ無許可で持ち出せる。
一応、見張りは居るらしいが。
共同の託児所があり、村の管理や事務仕事は年配の者が行なっている。
若い者は生産業務を行っているが、一部は酒場や娯楽施設の運営を行っているらしい。
極端な争い事は、公爵の配下がやって来る。
一応は終身刑まであるそうだ。
死ぬ事も許されず、数百年の監獄暮らしは、気が狂う事もあると言う。
だから、ここの住人はあまり他者に干渉しないで話し合いに勤めている。
水汲みと生活用品の搬入も終えて、長一郎はひと息ついた。
【太陽】が動かない世界では、時間の経過を身体で覚えるしかないらしい。
「明日また来るが、先ずは休んでから調子がよければ村や畑を見て回ると良い。ただ、城や貴族街へは行くなよ長一郎」
「襲われでもするんですか?」
「貴族にも、躾のできていない子供が居るからな」
畑の仕事に戻る憲明に注意を受けた。
死ぬ事は無いが、数日は意識を失う事があるらしい。
部屋でじっとしていたが、なぜか落ち着かなかったので、長一郎はインフラ関係を確認していく事にした。
家屋の中の状況と、器具や消耗品の使い方。
近くの井戸と次に近い井戸。
トイレと汲み取りの状況。
共同倉庫の品揃え。
警備の人員と配置。
あとは再び畑を見て回っていたら、頭上の【太陽】が、暗くなってきた気がした。
時間の経過感覚がおかしい。
思い起こせば、転移してきてから半日以上経つのに、水を数杯飲んだだけ渇きも空腹も感じない。
「この状況は、不味くはないか?ナチュラルハイってやつでは?」
人間は体がパニック状態だと、疲労や空腹などの自覚が無くなる事があるらしい。
長一郎は、農業用の湧き水を口にふくむと、しばらく休んでから帰宅した。
「長一郎、長一郎!大丈夫か?」
憲明の起こす声が聞こえる。
案の定、かなりの疲労が貯まっていたらしく、帰宅から憲明が来るまでの記憶がない。
保存食を食べた跡はあるが、一切記憶に無いのだ。
頭痛に全身の痛み、耳鳴りまでしている。
特別に経験を積んだ者なら兎も角、普通の人間なら極度の環境の変化に寝込む事すら有るのだ。
「あ~憲明さん。まだ体が慣れてないみたいです。今日は家でじっとしています」
「そうだな。初日に連れ回し過ぎたか?済まなかった」
「いいえ。あの後に一人で動き回ったのがいけなかったんです。自業自得ですよ」
しばらくしてから憲明が、病人用の簡易トイレとしてバケツを持ってきてくれた。
基本的に、各家庭にトイレが無いのは、下水の集中管理システムが無いのと、排泄物を畑の肥料に使う利便性の為だ。
中世ヨーロッパの都市部などでは、屋外の道端に排泄物を投げ捨てていたので、路上が汚れて厚底靴やハイヒールが発明されたとも言われている。
江戸時代の日本では、専門の回収業者が町中を歩いていたので、道端に散乱する事は無かったらしいが。
時代を越えた多国籍集団では下水道は勿論、家庭に回収に行くのも『面倒』なのだろう。
国民性も有るのだろうが、窓から道に投げ捨てるよりはマシになっていると言える。
「ありがとうございます」
長一郎は、水を一杯だけ飲んで、再び眠りにつくのだった。
次に目覚めた時には、けっこう暗かった。
体調不良で二度寝した時には良く有るアルアルネタだ。
昼間は太陽の様に輝いていた【太陽】も、皆既月食の月の様に薄暗く赤い。
大陸部分は真っ暗だが、幾つかの光が見える。
大陸と大陸の間にあるのが海かと思っていたが、その部分から星空がのぞいている。
「マジで、ここは【ガミ○ス】だな!」
西暦二千年以降にリメイクされたそのアニメは、若干は設定が変わっていたが、長一郎はオリジナルもビデオで見ていた。
この世界の【地球】は、そのアニメに登場する惑星に、良く似ていた。
屋外に歩く姿は無く、空には尻尾の長い【何か】が複数飛んでいる。
「これは一人で出歩かない方が良いな!」
現代人は好奇心が優先して危機管理が成ってないと良く言われるが、この状況で出歩くアホは現実には居ない。
子供向け童話の主人公くらいだ。
長一郎は扉を閉め、ベッドに座って情報の整理をする事にした。
目が冴えて、三度寝は出来そうになかったからだ。
先ずは、夢やVR-バーチャルリアリティ-系では無い様だ。
現実/物質世界の地球と関係性のある【異世界】や【亜空間】らしく、ある程度の共通性がある【伝説や神話の世界】と言える。
数多くの先達者が居て、高いレベルで情報の共有がされており、コミュニケーションがとれる現地者が居る。
元の世界に帰るのは難しいらしいが不可能ではない。
幸運な事に利害関係を度がえしした【親戚】が存在し、最低限の生活をする事はできる。
「あ~あ、これからどうしようか?いや、何ができるんだ?こんな状況で!」
長一郎の曾祖父を含め、幾人もの者達が同じ事を考えただろう。
そして多くの者が、この地で公爵支配の元にて慎ましい生活をしている。
「何にしても、まだまだ情報が足りないな。後は明日以降か・・・・」
長一郎は、再度ベッドに横になって、羊を数え始めた。