07 地下空洞説
背丈の高い建物が並ぶ貴族街の様な所を抜けると、幾分と視界が開けた場所に出た。
平屋の粗雑な木造建築が並ぶ【村】と言った感じの地区だ。
遠目に幾人かの【人間】の姿が見える。
「ここが、人間の住んでいる場所だ。今は仕事に出ていて少ないが、五百人位は生活している」
「仕事って、何をやっているんですか?」
「主に農業だが、一部の工業や加工業もある。技術レベルは明治初期ぐらいだから、蒸気機関は有るが、ガス灯や電気はない」
大正まで生活していた憲明でも『古い』と思うレベルなのだろう。多少、表情が曇っている程度だ。
しかし、【農業】と言う単語に長一郎は疑問を感じた。
「農業?江戸時代みたいに年貢を納めるわけじゃないんでしょ?」
「年貢なんて無いさ。聞いていると思うが、納めるのは【血】と言うか【精気】だよ。農業で作っているのは、我々人間が食べる分だ」
そう言って憲明は、住宅街を抜けた所の農地を指差した。
かなり広い農地で、ちょっと見でも複数の作物が作られている。
長一郎は、それらの畑で働いている人間達を見て、『あれっ?』と思った。
「憲明さん、ここって日本と繋がったんですよね?畑に外国人が多い様に見えるんですが、理由が有るんですか?」
長一郎が見る限り、アジア系以外にも、白人や黒人、ヒスパニック系など、複数の人種が見える。
「今回は、たまたま日本と繋がったらしいが、別に現世の地球と、常世の地球の動きが、全く同期している訳ではない様だ。だから、時間と共に位置関係はずれていくし、空間に穴が開いて繋がる場所も変わる様だ」
「けっこう詳しいんですね?」
「ここに来て、暫くはグージャス様に呼ばれて現世の事を色々と聞かれるから、その時に聞いてみたのさ。お前も知りたい事は、その時に聞いてみるといい」
一般の住民が、何でも知る事は出来ない。
また、生活に必要のない事まで興味を持つ者は稀にしか居ない。
ここに転移した者は、皆が何日もグージャスの質問責めに会うが、多くが『帰れるか?』の質問ぐらいしかしない様だ。
だが、魔術師や科学者などは、世界の有り様などを逆に質問するのだと言う。
勿論、そういった人間達が集まって情報交換する場所が、村にはあるそうだが。
説明を受けながら、畑を歩いていると、一人の外国人男性が歩み寄って声をかけてきた。
「ノリアキ!帰ってきたのか。どうだったんだ?」
金髪の白人だが、流暢な日本語だった。
いや、流暢な日本語に聞こえた。
その口の動きは、聞こえてくる言葉と連動していない。
『翻訳機のお陰か・・・』
長一郎は、首輪に手を当ててみる。
「ああ、曾孫だったよ。すまないが家の手配とか有るので、しばらくは作業が出来ない」
「勿論わかっているさ。仕事の説明も有るだろうしな。なぁに、一人抜けてもたいして変わらんさ」
どうやら、憲明と一緒に作業をしている人らしい。
「はじめまして。これからお世話になります長一郎です」
「チョウイチロウね。俺はルイス・モーガンだ」
曾祖父の同僚と握手をする。
「シャンバラへようこそ、チョウイチロウ!」
「えっ?シャンバラ?」
固有名詞は、あまり変換されないらしい。
「シャンバラって、インドの理想郷ですよね?確かアガルタと同様に【地球空洞説】にも取り上げられた・・・・」
そこまで言って長一郎は、この世界に地平線が無い事に気が付いた。
遠方は雲に隠れているが、SFにでてくる円筒形の閉鎖型スペースコロニーの内面の様にせりあがっているのがわかる。
太陽の様な赤い発光体のある【空】の方を見ると、うっすらと大陸か島の様なシルエットがうかがえるのだ。
上空にあるので雲かと思っていたら、変化しないアレは、どうやら大陸の様だ。
「なんだ、チョウイチロウはノリアキと同じ魔術師なのか?」
ルイスは、長一郎の話にヤレヤレと言ったアクションを返しているが、長一郎は、それを気にする暇もなく空を見上げていた。
『なんだココは!ガミ○スかぁ?』
某SFアニメに出てくるマントル部分が欠落し、地殻とコア部分が柱で繋がった様な惑星。
人々は地殻の内側に、ぶら下がる様に生活している世界観だった。
--- 地球空洞説 ---
地球空洞説または地下空洞説とは、地下に知的存在や多くの生物が住む巨大空間が存在すると言う説である。
宗教関係にも、死者の行く世界として似た物が存在する。
日本神話では【根国】または、【根之堅洲國】と呼ばれている地底の国がある。
北欧神話ではヘルヘイムと言う地底国家が登場する。
西洋宗教における地獄や、ヒンズーや仏教における地獄も、おおかた地の下にある様に描かれている。
近代史においても、多くの地球空洞説が唱えられてきた。
1692年イギリスの天文学者エドモンド・ハレーの地球空洞説
1770年頃スイスの数学者レオンハルト・オイラー
スコットランドの物理学ジョン・レスリー
1818年アメリカ陸軍の大尉ジョン・クリーブス・シムズ
以後、多くの書籍/小説を含む/で、地球地下空洞説が引用されている。
第二次世界大戦終結時
「アドルフ・ヒトラーと少数の側近が、南極にある開口部を通って地球の空洞内部に脱出した」という空想的な記事が流布された。
1968年11月23日気象衛星「ESSA-7」が鮮明な“北極の穴”を撮影したとされ、世界中が大騒ぎになった。
当時の気象衛星軌道からのカメラアングルと、複数の写真を一枚に合成する過程で、撮影されていない極地方は真っ黒になり、ちょうど、ポッカリと穴が開いているように見えたと言う。
過去の地下空洞説との偶然の一致から、地下空洞への穴が撮影されたとして騒がれたのだ。
実際の地球内部は、マントルの吹き出しや測定結果から推測する事しか出来ず、真実を見た者は居ない。