06 曾孫との話
曾祖父である東加茂憲明に連れられて、長一郎は部屋を出た。
壁の様な場所が、憲明達が近付くと出入り口となっていた。
扉は見当たらない。
「面白いわ。御兄様にお願いしなくちゃ」
部屋を出た瞬間に、後ろから女性の声が聞こえた様な気がしたが、振り返っても姿は無かった。
「誰か居たんだろうか?」
長一郎達は気を取り直して、廊下を歩く。
内装を見る限り、建物全般は西洋の城風で、岩と木材が混在して使われている。
【公爵】の居城としては、コンナモノなのだろう。
「こんな世界で曾孫に会えるとは、不幸なのか幸せなのか」
「どっちなんでしょうね」
憲明の時代も、いまだ長寿とは言えないので、曾孫に会えるまで生き長らえるのは稀なのだ。
「【関東大震災】と呼ばれたのか、あの地震は。能収が死んだと言う事は、東加茂家の陰陽道は途絶えたのだな」
「はい。憲明さんは行方不明、能収さんも亡くなられ、文献も家ごと燃えたそうです。茜婆ちゃんも、そっちには興味があったみたいですが、流石に独学では限界が・・・」
「特に奥義は口伝だからな。仕方がない事か・・・」
大正十二年の関東大震災は、揺れによる倒壊よりも、火災による死者が多かったと記録に残っている。
時間が昼時で、未だに釜戸炊きの家が多かった為と言われている。
「御爺さ・・・なんか見た目からは言いにくいので【憲明さん】で良いですよね?グージャス様が、人間世界に帰る手段がある様に仰っていましたが、憲明さんはご存じ無いですか?または、憲明さんの陰陽術で帰れたりできませんかね?」
「その事か・・・」
憲明は、少し辛そうな顔をした。
「すまないが、私の術では返してやれない。我が家の陰陽術は式神を使って・・・言い方をかえれば魔界から魔物を呼び出して人を襲わせるものだ」
「人を襲わせる?だから禁呪なんですか・・」
「公家や武家の時代は、裏の仕事ではあったが禁呪ではなかった。しかし、時代の流れと共に禁呪扱いになったのだ」
まぁ、有りがちな常識の変化だ。
「既に理解していると思うが、その【魔界】や【魔物】とは、この世界の事だから、この世界で私の術は全く意味を持たないのだよ・・」
「駄目なんですね?」
「それどこれか召喚術を使った影響で、術者に呪いの様な物が掛かり、本人と子孫が今回の様な転移に巻き込まれやすくなるらしい」
長一郎は、頭を押さえた。
『親の因果が子に報い』と言うらしいが、陰陽術で生じた超空間移動の歪みか何かが、血族にまで絡み付くと言う事なのか。
曾祖父や彼が異世界へと巻き込まれたのは、決して偶然ではないらしい。
「では、他の方法は?」
「グージャス様が言っていたとすれば、魔術を使える者が百人くらいで数十日かけて行う転移魔法だろう。現世を侵略する目的だったり、調査目的で送り込むとか言っていた。こちらの住人を送っても、結局は数日で押し返されると言う話だったが」
仮に人間を送っても戻って来ず、手間を掛けても何の利益も無いと言うことなのだろう。
出来ても、やりたがらないハズだ。
憲明の話では成功率を上げるためには、常世からの送還と現世での陰陽術や召喚魔術とタイミング等が合致して、供物/生け贄などの物質的な付与がなければ受肉に成功しにくいのではないかとの事だった。
陰陽師など召喚術師の見解で、保証はないらしいが。
常世側も既に現世を侵略する事は辞めているし、現世でも【正しい召喚術】の伝承は皆無なので、現世に魔物などが現れる事は無くなっているらしい。
「あとは、そうたな。古い人間から聞いた話だと、西の果てにある【アトラスの大陸】に、現世と繋がる裂け目があると言う話だが・・・これも保証はない」
確実な【情報】など、世界には存在しない。
「【アトラスの大陸】って、まさか【アトランティス大陸】?アトランティス大陸は異世界に有ったのか?いや、海に沈んだのではなく、異世界に分離されたのかぁ?」
急に長一郎のカルト知識が噴き出してきた。
これも茜婆ちゃんの教育の賜物だ。
そんな会話を続けながら、長一郎と憲明は城の外へと出ていた。
貴族街の様な街並みを見ながら、長一郎が気になったのは、頭上に浮かぶ赤い太陽だった。
「憲明さん。あの赤い太陽は、何なんですか?白くなるんですか?」
「あれは【ブラフの心臓】とか【ジュビタ】とか言って、この世界の中心にある。確か【ユグなんとかの樹】が世界の中心まで延びていて、その先に居る神様か魔王の心臓が光っているって話だ。昼と夜で明るさの差が生じるが、色は変わらない」
「その樹って【世界樹】じゃ無いですか?」
「ああ。確か、そんな名前だ」
長一郎は、多少の混乱を感じた。
ソクラテスが聞いたアトランティス伝説は元々がエジプト神話だと言われている。
ブラフマーはインドの創造神。
ジュピターことゼウスはギリシアの太陽神。
ユグトラシルは北欧神話。
何か、いろいろと混ざっている。
「我々人間から見れば、一つの物に複数の名前が付いているが、こちらの言語だと全て同じらしい。これは【首輪】が外れてバイリンガル以上にならないと、区別がつかないが」
「元は同じ言葉なのに、人間によって名詞や言語とかが違ってくるって、まるで【バベルの塔】の話みたいですね」
「聖書のアレか?私も和訳された新刊を少し読んだ事があるが・・・」
流石に明治から大正の日本人には聖書の普及率は低い様だ。
「昔の人類は、一つの言語と一つの国家で文化と栄華を極め、天まで届く高い塔をたてようとしたのを【人間の傲り】と見た神様が、言葉をバラバラにして一致団結しない様にしたと言う話です」
「それってナニか?人間が戦争している根元は、神様が作ったって事か?まぁ、ここで本物の神様とか魔王とかを見ていると、諸悪の根元かも知れないって思えなくもないがな」
既成概念を植え付けられていない人間は、意外と真実を突くものらしい。
言われてみれば、そうかも知れない。
「いや、むしろ誰かが世界を分断させたから、言葉の統一性が失われたのかもしれませんよ。あれっ?えっ?まさか、【バベルの塔】が世界の分断装置とか?人間が諸悪の根元?」
長一郎は、グージャスから聞いた【世界の分断】をバベルの塔に組み込んでみた結果、とんでもない結論に至ってしまった。
確かに現世では、人間が最強なのが事実だ。
自然災害以外で人間に抗える者はいない。
その自然すら、森林伐採や温暖化、オゾン層破壊など人間の行いで変動していく。
人間の努力の結果とは言え、当たり前の事が如何に【人間に都合良くできている】のかが、神や悪魔と言った上位種の居るコノ世界を前提に考えると、異常に思える。
「まさか、人間が人間に都合の良い部分だけを切り取って世界を分断させたとしたら?」
長一郎が口にする【仮説】に、憲明が顔をしかめた。
「どちらにしても【推論】でしかないがな」
憲明も、考えなかった事ではない様だ。
東洋の【導師】や日本の【陰陽師】、西洋の【魔法使い】は、実質的に当時の【科学者】である。
事象の観測と分析、探求は十八番だ。
長一郎も、カルト雑誌を読み続けていた影響で、少し考え方がソチラに傾いている。
でも、真実を知る事は出来るのか?