38 阻害する者
40話で終わりそうです。
気圧の変化に、鼓膜の変調を何度も調整しながら、馬車は最初の都市へと到着した。
長一郎は馬車での待機を命じられたが、窓から覗くとミストレアとティラナを筆頭に、数人の蜥蜴人が建物の奥へと入っていくのが見える。
地域の有力者に対する簡単な挨拶程度なので、あまり時間が掛かる事は無いらしい。
だが、勢力争いの為に『この俺に断りも無しに・・・』と言う輩は何処にでも居るのだ。
手間ではあるが、門で案内された順に数ヵ所を回らなくてはならない。
この変化の激しい勢力圏では頂点を除き、常に関係が変動している。
この地の貴族に相当する【鬼族】に呼ばれた場合以外は、複数系統の権力者への挨拶が必要となるのだ。
長一郎の立場は『ミストレア様のオヤツ』なので、その様な場所に同行する事はない。
「何かが浮いているなぁ」
馬車の周囲は、恐らくはロボットやドローンとおぼしき物が、遠巻きに残留した部隊を監視している。
複数のカメラの様な物が動き、ライトが辺りを照らしている。
「ここは、剣と魔法の世界じゃないのかよ?」
長一郎の感覚からすれば、まさにSFの都市に来た感じだが、その技術の一部を支えているのは、俗に言う【魔法】らしい。
確かに『高度に進んだ科学技術は魔法と区別がつかない』と言われているが、魔法自体が物理法則の一つであるならば、それらを区別する事自体が誤りである。
【放射線】や【細菌】が発見される以前は、それらによる体調不良や死を【呪い】と称してした。
【魔素】の様なエネルギーが発見されれば、それを誘導し利用できる魔方陣や呪文は、単なる【科学技術】と言えるだろう。
現在の現世・地球の人間は、ソレを見つけてはいないだけなのだ。
無知な者は、ホテルのカードキーを魔法の御札と言い、形や模様を模倣して巧くいかないのを『迷信だ、作り話だ』と言っているのが、恐らくは現代の人間なのだと長一郎は推測した。
「地磁気と磁力を使った浮遊は超伝導か?魔法の併用か?生物らしき者の姿が見えないが、まさか、あの案内ロボットみたいな中に入って居るのか?」
長一郎の予想は、あながち外れてはいなかった。
この地の者の多くは、培養ケースの中からロボットを分身として遠隔操作しているのだ。
そのロボットも、半ば生物としての機能まで持っている。
繁殖は遺伝子操作で、より高機能高知能の生物を産み出し、後継者として育成しているのだ。
彼等は既に、【生物としての本能】を超越し、探究心を優先して論理的合理的に発達している。
そんな暴走しそうな者達を抑えているのが、貴族に相当する【鬼族】で、その生物的能力は下々の者の科学技術すら凌駕するらしい。
こうして、下層の有力者に挨拶をして回っているのは、使節団として抗議文を【鬼族】へ持っていく事を妨害されない為でもある。
馬車の窓から、そうした未来型社会を眺めていると、ミストレア達が早々に帰ってきた。
「どうでした?」
「いや、単に『軽んじてはおらず、ちゃんと挨拶に来た』と言う事が重要じゃからな。奥でモニター越しに自己紹介と目的の概要を述べただけよ」
長一郎の心配に、馬車へと帰ったミストレアの返事は坦々としたものだった。
「ここは、まだ大丈夫でしたが、問題は現世に関わっている種族の関係者ですね、ミストレア様」
「まだ先の予定じゃが、いつ襲って来るかは、わからぬからな」
外では出来ない会話を、ティラナとミストレアは始める。
だが、外の機械の盗聴を気にして、具体的な名称を使うのは避けているのだった。
ほぼ同じ様な訪問を二回繰り返した後に、ソレはやって来た。
移動中の馬車に、小さな何かがぶつかり、衝撃音と共に馬車が少し揺れはじめた。
こんな音に長一郎は覚えがある。
「雹か?」
「いや、攻撃だ!」
窓から覗くと、先行する案内役の一つが煙を出しながら落ちていく。
護衛の蜥蜴人が、剣を振り回して、飛んで来る何かを叩き落としていた。
剣の刃は、うっすらと光を帯びていて、斬る度に閃光と煙が起こる。
巧みに飛行バイクを操作し、蜥蜴人は飛んで来る物体を迎撃していた。
中には、直撃を受けてバイクから落ちる者も居るが、バイクが自動で蜥蜴人を救い上げ、隊列を追っ掛けている様だ。
馬車の近くで、彼等が切り飛ばした物の一部が、馬車の窓ガラスに当たり、体液を撒き散らして潰れた。
「これは、虫?でも・・・サイボーグか?」
握り拳大のソレには、昆虫の羽と内臓、光る電気回路らしき物が見えていたのだ。
「とうとう、手を出して来たか!」
ティラナが馬車内の計器をいじって、操作を始めた。
ガラス越しに見える御者は、死んではいないが、流血して目を閉じている。
今、レーダーらしき物を見ながら、馬車の操作をしているのはティラナらしい。
彼女の操作で、馬車は移動速度を早め、弾幕から逃れたのか、雹の様な音は、次第に少なくなった。
前方に、新たな空中都市が見えてくると、攻撃音はしなくなり、ティラナは速度を落として護衛のバイクと隊列を組み直す。
「ここまで来れば、大丈夫でしょう」
空中都市の近くで攻撃をすれば、狙っている相手が別でも【敵対行動】として見られる。
手を出しすぎて、敵を増やすのをヨシとしなかったのだろう。
都市のゲートに着くと、蜥蜴人が話を付け、怪我人の応急手当を始めた。
ロボットばかりの屋外には、蜥蜴人を治療できる施設が無く、処置対応も出来ないらしいので、場所を借りてバイクの救命キットで対応していた。
この世界には【回復魔法】は存在しない。
他者の魔力を、肉体が拒否するからだ。
それが出来るなら、相手の体内で爆裂魔法を使える。
可能なのは、外面の出血を抑えたり、表面から魔素を送り込んで、自己治癒能力を補助する位だ。
他は現世の医療と変わり無い。
ミストレアは、馬車の中から負傷者の具合と数を見回し、長一郎へと向きを変えた。
「長一郎、ここからならバベルの塔も遠くはないし、護衛に怪我人が出たので、バイクも空いている。操作は左足が高度調整の他は、現世のバイクと同じだ」
「じゃあ、いよいよココで?」
ミストレアとティラナが同時に頷く。
妨害があり、護衛の者に怪我人が出るのは、想定済みだったのだ。
「頑張れよ」
「気を付けよ。成功を祈っておるぞ」
「ありがとうございます。お世話になりました」
長一郎が頭を下げている間に、ミストレアとティラナは馬車を降りて、前回同様に挨拶へと向かった。




