37 ラピュータ
「【ラピュタ】って、あの【ガリバー旅行記】の?」
これらの都市を【ラピュータ】と呼ぶ訳ではなく、この転移者が浮遊都市を見てガリバー旅行記を思い出したに過ぎない。
だが、同じ様な物だろうと頷く転移者に、長一郎はガリバー旅行記の内容を思い出していた。
祖母のコレクションの中には、子供向けでない古い【ガリバー旅行記】があり、その特異性を教えられたものだった。
特にラピュータの記述には、コンピューターらしい機械の記述や、その時代には発見されていない火星の衛星の数、あまりに酷似している衛星軌道については、未だにオーパーツ的な物があるのだと。
「そう言えば、ガリバー旅行記のモトネタは、プラトンの【天空の書】だと言う説があったっけ。プラトン、ソクラテス、アトランティス、磁力、南極・・・そう言う繋がりか?」
ガリバー旅行記に登場する空中都市【ラピュータ】は、磁石でできた島の上空を、磁力の反発力を使って浮いている支配者の都市だ。
その形は薄い円盤状で、磁力を調整して島の上を移動していたと言う。
ガリバー旅行記執筆の当時は明確ではなかったが、現実の現世地球において磁力を発する島というものは実在する。
南極大陸である。
ヒトラー総統やカールセーガン博士達は南極大陸がアトランティスであると主張していた。
そのアトランティスの首都が同心円状の運河を有する円形の都市であり、磁石でできた島の首都【ラピュータ】と似かよっているのは偶然なのか、作者スウィフトの故意なのか、モトネタの必然なのか?
【バベルの塔】以前の空中都市の伝承が伝わったのか、以後の南極に稼働できる空中都市が残っていたのかは分からないが、ココが元祖には違いないだろう。
途中から、踏み固められた【商用街道】とおぼしき道へと出て、馬車は軽快に走り出した。
ココまでは、街道を走らなかったのではなく、敵対勢力通しを直線で繋ぐ街道など無かったと言う話だ。
既存の【商用街道】は有るが、軍事併用されるのを怖れて遠回りになっている。
国境らしい壁には、強固な門があり、その手前には門前町とも言える集落があった。
幾つかの行商人馬車も停まっている。
門前町と言っても馬車に対応する施設があるだけで、東京駅や豊洲の様に、ビルや倉庫、巨大施設が軒を並べている。
隊列は門に並ぶ行列をよそに、別のゲートへと進んだ。
商用とは別扱いのゲートが存在するのだ。
「先触れから伺っており、既に中央府には連絡を致しております。しかし、中央府へは、どの様な方法で向かわれるので?」
貴族や地位のある者の訪問に、数日前から『先触れ』と呼ばれる連絡係りが先行してアポイトメントをとるのは、現世の古今東西でも常識だ。
地位のある者が側仕えや侍女も連れず、先触れもなく行動する物語りなど、現実も知らない非常識極まりない下級愚民の読み物の中にしか存在しない。
日本のテレビで、中納言まで勤めた御隠居様が諸国漫遊する話も二人の部下を側に置いているし、将軍が身を偽って城下で世直しする話も街中に御庭番が常に控えている。
「馬車では行けないのですか?」
警護の蜥蜴人の一人が疑問を口にした。
都市の規模や仕様は、文化や文明レベルと共に大きくなり、インフラや規制が変化してゆく。
日本でも、かつては可能だった東京<>京都間の馬や馬車での移動は、現在では道路や道交法の規制で容易くは出来ない。
馬車を停める施設も、飼い葉や水場を手配する施設もない。
同様に、このシーヴァス領では飛べない移動手段は考慮されていないのだった。
地上はゴミや汚物で荒れ果て、騎乗なら行けそうだが馬車での走行は無理そうに見える。
行商人達は、門前町で地元業者と取り引きをしているので交通手段を気にする必要は無いし、レンタルの飛行ユニットも有るが、敵対勢力であり高貴な存在が他者の力を借りるのは、保安上の問題がある。
「そうだ。ここからは磁力を使った乗り物と、精鋭部隊のみの同行となる。他の者は、ここで待機だ」
隊長であるディーガが問いに応え、副隊長とアイコンタクトをとった。
副隊長は現地の係員と話をしてから部隊の後半部分へと指示をだしている。
数名の蜥蜴人の人がミストレアの馬車から馬を切り離し、馬車の装飾品をいじりだした。
「何をしているんですか?ティラナ様」
「この馬車が飛べる様にしているのだよ。我々が何故人間であるグージャスという魔導師(科学者)を重用していると思っている?」
そう。グージャスの部屋には、幾つかの機械の様な物もあった。
人間は、元々がシーヴァスの存在であり、彼がシーヴァスの技術を会得していたとしても、何の不思議はない。
そんなグージャスが現世の技術等に興味があったのは、シーヴァスの技術では先行し過ぎていて、ヴァイスの地では運用しきれない面があったからだ。
ミストレアの馬車に同乗していた長一郎が窓越しに覗くと、荷物用の馬車から持ち出した機材を、幾つかミストレアの馬車に取り付けていた。
既に馬車の側面には、数人程が乗れる足場が付けられている。
十台程のバイクの様な乗り物が用意され、蜥蜴人達が乗り込んでいる。
「ティラナ様、最初は多少揺れますので御注意ください」
「承知した。気を付けてな」
御者の声にティラナが答えて、馬車内の手すりに掴まった。
不安定に揺れ出す動きは、電車の出発か観覧車のゴンドラに乗った感覚を長一郎に思い出させる。
光る輪の様な、何かの検査機械の間を幾つも通り抜けて、馬車は国境壁の内側へと飛び出した。
馬車の外に居る蜥蜴人は、顔にガスマスクの様な物を装着している。
下方には、グレーのデコボコが広がり、まるでゴミ置き場だ。
馬車は夜の飛行機の様に、幾つかの発光信号を出しながら、巨大な空中都市の間をすり抜けていく。
先行する見慣れぬ三機の飛行体は、案内役のガイドなのだろう。
遠方には、門で見掛けたレンタルの飛行ユニットが幾つも見えた。
ココまで近づくと、【バベルの塔】にも幾つかの規則的な光があるのが見えてきて、これが巨大な人工物と化しているのが理解できる。
「あの光は何なんでしょうね?」
遥か遠方だが、国境壁の外からも見えた打ち上げ花火の様な物に長一郎の興味は移った。
その疑問にティラナが、門で借り受けた情報パッドをかざす。
カメラモードのパッドに写し出された映像には矢印と情報が表示され始めている。
「どうやら、あれは地域紛争らしい。光は・・・・よく分からないが遠距離兵器の一種だな」
「浮遊都市間で戦争ですか?」
遠方ではあるが、生き死にが起きている事に驚く長一郎に、ミストレアが不思議な顔をして口を開く。
「長一郎達の世界でも、常に争いは起きているのだろう?シーヴァスの存在は、年中争い、奪い合い、変化し続けるものだ。違ったか?」
「いや、確かにソウですが・・・・」
地球では、常に何処かで戦争が起きている。
戦争とまではいかないが、日本でも商社から政党まで御互いに足を引っ張り合い、多くの『敗者と言う不幸な存在』を産み出すのを承知で欲望や嫉妬に押されてスポーツの勝敗に参加し、他者を下した物を称賛する傾向がある。
奇麗事を言っても、現世の人間には『皆で幸せになろう』と言う気持ちが無いのだ。
その根源とも権化とも言えるシーヴァスに、平和など有りはしなかった。
「最終目的地は、この都市郡の最上部にある、光る空中都市だが、一気に行ける場所ではない。途中で、幾つもの中堅権力者に会う必要がある」
「手間が掛かるのですね」
「例え、高貴な者同士であっても、面会には手順が有るのだよ」
会社でも、いきなり社長同士の面談は出来ない。
アポイトメントを取り、配下が事務レベルでの交渉や調整をし、面会日程や時間の調整をして、はじめて成立する。
実際に社長達が行うのは、事前に配下により打ち合わせされた内容の承諾確認なのだ。
多忙な社長同士が、書類を片手に交渉し会うなど、貴重な時間が幾らあっても足りない。
国会などで、既に質疑応答の内容が決まっているのも、同様の理由からだ。
あそこは会議の場所ではなく、御互いの意見や立場を『承認する場所』なのだ。
何とか一日おきの正午に更新できるようになりました。