33 変化の権化
経過日数の記述を変更しました。
現世においても、物事は変化を続ける。
宇宙でさえ、小さな塊からビックバンという変化を経て、素粒子が生れ原子が生れ、物質となり太陽や惑星の様な天体が生まれてブラックホールにが生まれる。
空間は膨張限界を経て縮小に至るのか、そのエントロピーと共に希薄になっていくのかは、今のところ不明らしいが。
勿論、人間達の私生活という小さな範囲でも、常に変化は起きていて、繰り返されている様に見えても、決して同じ事が起きているわけではない。
常世においては、繰り返して維持をする者と、産み出し続ける者、変化を起こし続ける者が存在し、地球全体的には何とかバランスを保っていた。
だがそれも、局部的にみると、明らかにバランスを崩した状態の場所が有るのは、仕方がない事だ。
----------
馬車の中で、うたた寝をしていた長一郎は、鼻をつく異臭で目を覚ました。
火災をはじめ異物の接近など、生命活動を損なう恐れのある事に、生物は敏感に反応する。
「何なんですか?この臭いは」
見回すと、他の人間達もキョロキョロと動揺している。
血の臭いやドブの臭い、硫黄や排気ガスの様な臭いが混ざり、何とも表現が難しい。
馬車が村を出て二ヶ月近く経過していて、長旅の為に馬車の中がダラケていたせいもあり、変化に声をあげている人間も居る。
「そろそろ、シーヴァスの領域に近付いてきた様だ」
同じ馬車で雑魚寝していた年配の蜥蜴人が口にした。
隊列はヴァイスとシーヴァスの不干渉区間を走っていた筈だ。
「まだ不干渉区間だからと言って、気を抜くなよ。窓や扉を不用意に開ければ、煤だけじゃなく、厄介な虫や小物が入って来るぞ」
若い蜥蜴人が、窓を格子に変えて、何やら魔法をかけている。
他の蜥蜴人は、地図の魔法を展開して、現在位置を確認しようとしている。
この魔法は、GPSや衛星映像の様に正確な物ではなく、外部の警護者の持つ情報を手持ちの地図データに当てはめただけの不正確な物だ。
言わば船や潜水艦が灯台の明かりやソナーの反応と古い地図を付き合わせて現在位置を推測する様なものだ。
周囲の見間違いや距離感の勘違い、地図データの信頼性など穴だらけだが、現実的に他に手段がない。
「チートが欲しい」
ファンタジー物に浸っていた長一郎には、現実異世界の厳しさが苦痛にも感じる。
頭で理解できていても、感情が受け入れられない事は多々あるのだ。
「お前が時々騒いでいる、その【チート】とは、何なのだ?」
「あぁ、チートってのはですね、俺の国で流行っている【物語り】の中でですねぇ・・・・」
長一郎は、周囲の人間や興味を持った蜥蜴人に、物語りの中の異世界転生や転移と、神の加護とも言える【チート】をはじめ、スキルやレベルや進化について話した。
「理解に苦しむな。世界の創造主なる偉大な者が人間の様な矮小な者に関わる事もだが、特殊能力など与えなくとも神の力で【異世界でその者に平穏な人生】を定義すれば済む話ではないのか?国や大陸に大きな変化をもたらすよりも、結果的には創造主の介入としては小さいものになると思うのだが」
「まぁ、読者の興奮を呼びたい【物語り】なのですから、イベントを起こしたいのでしょうが稚拙だな。幼児向けの英雄譚や、婦女子向けの恋愛大成物では無いのだろう?」
蜥蜴人や昔の人間の評価に、長一郎も苦笑いをする。
実際に英雄譚や恋愛、出世物は若年齢向けが多く、文学的とされる物には悲恋や苦行、バッドエンドが主である。
出世や目的を達しても、多くを失い、決してハッピーにはなれない主人公ばかりだ。
蜥蜴人からは『やはり人間には欲望と堕落しか無いのか?』と言われ、人間達には『お前の国だけだよな?』と問いただされた。
実際には、偶然にも超人的パワーを手に入れたり、超技術を用いてヒーローになる者の話は、大人が見る映画界でも世界中に溢れているのだが、長一郎は首を縦に振るしかなかった。
何故なら、その多くに客観的には『御都合主義』と呼べる物が含まれているからだ。
ここに居る人間の多くは、力を欲した本人や祖先の行った外法による因果関係で、望まずに転移してしまっている。
人生の全てを失い、経験は優位に働かず、得るものは現地では最下位の能力と地位でしかない。
そんな彼等にとって、因果関係もなく異世界で第二の人生を送り、他者を圧倒する超絶能力や、有り得ない有益な出会い、他者を上回る効率が与えられ、現世でのわずかな知識と経験が持て囃される物語りなど、『現実を舐めているのか?』と憤怒を感じずにはいられないのだろう。
現実から逃避して妄想の世界に浸りたがる者と、多くを経験して理想論に敵意まで持つ者、その二つを使い分けて実生活のストレス解消などに使っている者など複数居ると思うが、これらの溝を埋める事はできない様だ。
長一郎は、早急に話題を変えた。
「それはそうと、確か人間って、元々がシーヴァスの存在なんですよね?行けば、まだ居るんですよね?」
長一郎の質問に皆が首を傾げる中で、年配の蜥蜴人が顔を向けてきた。
「シーヴァスにはもう人間は居らんよ。一時期は、我が領を真似て周辺から掻き集め【養殖】しようとしたが、我慢できずに食い潰してしまった。と言っても、いまだに【養殖】を諦めていない者も居るらしいので、今回の隊列に加えられた人間は、雄ばかりじゃ」
「『養殖』って・・・確かに養鶏場に似た状況ではあるけど・・・・・今回、男ばかりなのは、性行為などの防止のためだと思っていましたが、そんな理由もあったのですねぇ」
人間組は勿論、蜥蜴人にもシーヴァス領域について詳しい者が少ないのだろう。感嘆の声をあげる者がいる。
「では、元々シーヴァス領域に居た人間は、食べ尽くされてしまったのですか?」
「何を言っておるんじゃ?シーヴァスに居た人間達が、【バベルの塔】を作って、内側の大地【下界】と共に異世界へと行ったのを聞いておらんのか?」
「あぁ、そうでした。それで常世と現世に別れて、現世で人間だけが繁栄しているんでしたね」
長一郎は、目先の話題に縛られて、完全に基礎教育された事を失念していた。
ココでは、【諸悪の根源は人間】なのだったのだ。
「じゃあ、この臭いは何なのですか?現世の人間の工場地帯みたいな臭いだから、てっきり人間が都市でも作っていると思ったのですが?」
「科学技術や工業生産は、人間のものではなく、元々がシーヴァスの上位種のものじゃからな。人間が行ったものは所詮は【猿真似】。じゃから、現世の伝承には超常的にみえる伝承が多いのじゃろう?」
「【猿真似】にしては、よく空間分断を起こしたものですよね?人間は」
「人間は元々、悪知恵だけは秀でていたからのう。最上位の【神々】の一部を誑かして、協力させたと聞いておる」
「誑かした?」
年配蜥蜴人は、フンと鼻息を荒くしてから口を開く。
「【シーヴァスの神々】も『変化』を好む方々じゃ。これ程の変化が、どの様な結果を生むか興味を持たぬ筈がないじゃろう?」
変化と快楽を好むシーヴァス派ならばと、聞いていた全員の府に落ちる話だった。
不定期掲載進行中ですm(._.)m




