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32 吸血の現実

吸血鬼の現代的解釈としては、狂犬病患者説が有名だ。

この解釈上、吸血鬼と狼男は同一の存在と見られる事が多い。


人間が、狂犬病になった犬や狼などに噛まれる事により発症する狂犬病は、ウイルスによるもので、人間にも興奮、意識障害、錯乱、幻覚などの神経症状が起こりる。


また、狂犬病で生じうる特徴的な症状には恐水症があり、喉の筋肉が痙攣する事によって水などが飲めなくなり、極度の脱水症状に陥る事がある。


この様な病状の結果、錯乱して狂暴で、渇きの為に人体にすら噛みつく様な病人が出来上がるのである。


吸血鬼や狼男伝説同様に、噛みつかれる事によるウイルス感染で、この病気は広がる。


特に吸血鬼伝説は、精神錯乱による悪魔憑き的なものも混ざって、不思議な能力も付加されたものと見る事ができる。




次に、生物学的な進化の話をしよう。

生物が、より高等に進化する際に、多くの能力を失う事は事実である。


無機物を食べてアミノ酸などを合成し、肉体を作っていた単細胞生物だった者は、他の生物を補食する事によりアミノ酸合成の手間を省いて、その分だけ高等な運動能力を手に入れた。


この傾向は、多細胞生物や陸上生物になっても続き、人間を含む一部の生物は体内におけるビタミン合成まで破棄して他者に依存している。


草や肉など、単一の食品だけで生きていられた動物から、様々な食品をバランスよく食べなくては生命活動を維持できない者がうまれてきたのだ。


そして、更には他の生物の体液を糧とする『哺乳類』が登場する。


現在は、幼児期のみ母親の母乳という体液を摂取しているが、別に成体になったら母乳で生きていけないと言うわけではない。


以上の様に、生命活動に必要な消化機能などの一部を他者に依存する事で、生物は機能と構造の簡略化を実現し、より高度なエネルギー消費を必要とする脳の活動と、運動能力を手に入れてきた。

他にも、腸内での食物の分解を乳酸菌や大腸菌に補佐してもらっているのは周知の通りだ。


近年の他のもので例えると、電気自動車は、ソーラーパネルを乗せて、それを充電して使い走っていた。

近年は、その発電を外部に依存し、充電スタンドで充電する事により、以前とは比較にならない程の高出力と持続性を手に入れている。


今後に生物が、より進化を求めるのであれば消化器官の簡略化が鍵となり、その為には他者の生きた血液を取り込む様な事が必要になるのは間違いない。


病院等では、既に『点滴』と言う形で行われているし、『スポーツドリンク』にも近いものがある。


科学技術の無い自然界において、高等な生物が吸血行動をとる事は、必然とも言えるのである。




更にSF的な話に移行しよう。


いまだに発見はされていないが、肉体をも超越し、エネルギーに近い物にまで進化した生物が居たとしよう。


エネルギーは物質と違い、急激に拡散するので、その保持とエネルギーの補充が必要となる。


保持に関しては、バッテリーの様な物質や、他の生物に憑依するのが現実的だ。

エネルギーの補充に関しては、これまで述べてきた様に、下位の生物から奪い、補ってくだろう。


エネルギー生命体が下位の生命に寄生して、他の生物からエネルギーを奪う行為は、外観的には『吸血行動』と差異は無いものと思われる。



----------


「勿論、蚊などの血を吸う下位の生物も居るけど、我々【吸血鬼】は、スライムの様な群体生物に憑依したエネルギー生命体に近いと言えるわ」

「その伝承が、現世での【吸血鬼】のイメージを生んでいるんですね」


先頭馬車の中で長一郎は、ミストレアに身体を触られて生気を吸われながら、【吸血鬼】についての話を聞いていた。


事の発端は、『吸血鬼に生気を吸われ続けると吸血鬼になってしまうのか?』と言う疑問からだ。

吸血鬼の感染は、相手に分体を憑依させなければ起きないと聞いて長一郎は安心したのだが、そのついでに話が進んだのだった。


「第一、噛みついたら吸血鬼になるんだったら、やがて人間の全てが吸血鬼になって、飢えてしまうんじゃない?」

「確かに、そうですね。そう言えば、ゾンビも人間を襲うけど、全ての人間がゾンビになったら、どうなるんだろう?」


長一郎は、現世のオカルト物語りに、とんだ『穴』がある事に気付いた。

勿論、これらには諸説あるが。


「常世では、人間を補食する生物が多種存在しているから、その【吸血鬼伝説】みたいに異常増殖する事は無いのだけど、現世では天敵が居ないから、人口問題が大変なのでしょう?」

「はい。次々と自然界を侵食し、他の人間の領地を奪う戦争までして、それでも更に増えています」


実際に日本などは平穏だが、世界では領地掠奪戦争が常に起きていて、食糧難も多いのだ。


吸血鬼の領内に住む人間は、命の危険がない代わりに産児制限がなされている。

ある年齢までは、男女別々の地区に居住させられ、百歳を越えた辺りで分別が解除される。


個人差はあるが、肉体的には若くても、精神的に成熟した人間は、子作りに励む事が少なくなり、必然的に産児制限が可能になる。


逆に、命の危険がある他の領地や荒野では、十代から子作りを行ない、子沢山が普通で、村落が共同で育てるらしい。


「現世と常世の荒野に住む人間に比べたら、領内の人間は幸せなのかも知れませんね」

「その【幸せ】を捨てて、危険を犯してまでして、【現世】へと戻ろうとする者も居るけどね。何が手に入るのかしら?【自由】ってやつ?」


長一郎は首を振る。


「皆が【自由】を求めるもんで、実際には【自由】なんて手に入らないですけどね。法律にモラル、力関係に押さえ付けられて、手に入るのは【許された行動】だけですから」

「それって領内の【村】と、何処が違うの?」

「違わないから、みんな出ていかないんですよ」


長一郎は乾いた笑いをミストレアに向ける。

現世の大国が掲げ、戦争の理由にまでされる【自由】という物の空虚さは、ミストレアには理解できないだろう。


【納税】の虚脱感も重なり、力の抜けた長一郎は、解放されて馬車を出ていくのであった。


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