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21 バベルの塔

苦境に立つ者や信仰心の厚い者達は、一度は疑問に思うだろう。


「なぜ、神は助けて下さらない?お姿をお示し下さい」


計略的な者や、答えを出せない者は、この様に言うだろう。『これは、神の与えたもうた試練なのです』と。


決して、『神なんて存在しない』とは言わない。


国によっては、信仰を持たない事を異常視する所さえある。

誰も、神を見た者が居ないのに。


本当に居ないのか?

昔は居たのか?

今は、何処に行ったのか?



----------



農業には作業を休む【農閑期】という物がある。

季節的には多くの作物が育たない季節で乾期や冬季があげられる。

他にも、大地を休ませる為に耕作を休む場合もある。


長一郎ちょういちろうが居る村は、後者であった。

畑を休ませている間に、食品加工や生活必需品の制作などを行っているのだ。


そんな時期に長一郎は曾祖父の憲明のりあきに連れられて、ある集会に招かれていた。


「私は、あまり興味がなく、来たことも無いが、ここなら御前が知りたい事の多くが聞けるだろう」


そこは、簡単に言えば【科学者の集会】だった。

複数の国と時代。更にはグージャスから聞いた情報を累積して分析と推論を重ねた人達の集まりだ。


集会所の一室には、幾つもの書き留められた物が納められている。


長一郎は、先ずは、この世界の形状と、成り立ちを延々と聞いていたのだった。


「では、やはり、この世界を分断した首謀者は【人間】だったのですね?」

「今となっては、おこなった人間も協力した神々も居ないので、証拠も承認も居ないが、状況からは、ほぼ間違いない」


元々の地球は、【地上界】と呼ばれる現世の地球の外側に、何本かの【世界樹】が支える【天上界】と言う殻の様な大地が存在していた。


形状は、長一郎が前にイメージした昭和のSFアニメに出てくる【ガミラ○星】そのものだったのだ。


「被支配階級にあったが、傲慢な【人間】が、人間に協力的だった神々を利用して・・・いや、ここは『騙して』と言うべきか・・・・騙して生け贄として、地球を自分達に都合の良い物と、それ以外に分断し、次元の壁で隔てたのだと推測されている」


科学者は、物証の無い事を【断言】はしない。


だが、現世の地球の環境が人間に都合の良い状況である事は否めない。

人間が倒せない生物は存在せず、自然環境すら人間の影響で変動している。

絶滅生物や環境破壊、砂漠化や温暖化、オゾン層の破壊と人間が引き起こした変動は世界規模に及んでいる。



話を戻すと、内側の現世地球が失われた姿が現在の常世地球という事らしい。

結果的に、その姿は、伝説にある地球地下空洞説として現世に伝えられている。


「こちらの伝承との比較から考えて、西にあるアトラスの大陸に有った太い世界樹を壊して、バランスを壊してから分断したのだろう。その時に殆んどの世界樹が崩れ、聖書のバベルの塔として現世に伝わったのだと我々は考えている」


『人間が壊した』では後世に聞かせにくいので『人間が作った物を神が壊した』と伝えたのだろう。


「全ては人間の企みの様に言われているが、物質世界を排除して、より高次元な精神世界を目指した優位者の意思も有った事はいなめないのではないだろうか?」


少数意見なのだろう。

一人の老人が、ぼそっと呟いた。


しばらくの沈黙の後に、別の者が話を続けた。


「現在、疑問視されているのは、不完全な分離で我々の様な転移が生じるにしても、なぜ一方通行の様な状況なのかだ。近年でも現世では吸血鬼や魔物の発見例は無いのだろう?」


日本の寺に【人魚のミイラ】と呼ばれる物は有るが、伝説に出てくる様な生物の存在は公表されてはいない。

ビッグフットくらいだろうか?


だが、長一郎には思い当たる事が有った。

観測出来ないが、それが無いと現象を説明できない周知の存在。


「天文学で【ダークマター】と呼ばれる物が有るのですが、それが影響しているのかも知れません」

「【暗い物質】?確か、そんな見えない高質量天体の事を論じていた奴が居たな?名前は忘れたが・・・・」

「ブラックホールの事ですかね?ブラックホールは光を吸収するので、逆に黒く見える天体で、幾つか発見されています。そしてダークマターとは別物と考えられています」


長一郎は、記憶している限りのダークマターについて話した。


「つまりは、観測不能だがソレが無いと星々の動きに説明がつかない存在があると言う訳か?」

「はい。地球の様に現世と常世が別れていない遠方の宇宙では、現世の地球人から見える【物質的結果】が、現世と常世の両方の影響を受けていると見るべきです」

「確かに、そうだろうな長一郎君。で?」

「現在の天文学では、ダークマターとダークエネルギーの総量は、観測可能な物質とエネルギーの十倍近いと聞いています。これ程の質量差が有るのならば、重たい方に引かれるのは当然ではないでしょうか?」


科学者達は、考え込んだ。


「現世と常世では、質量差が圧倒的だから、常世の方に一方的に引っ張られると言うことか?実に興味深い話だ」


百年前には無かったダークマターの情報が、この世界の謎を一つ解決した様だった。


「【ダークマター】と【ダークエネルギー】。我々の言う【魔素】や【魔力】【法力】と言った物か?」

「【魔力】って有るんですか?」


実のところ、長一郎は常世に来てから不思議生物は見たが、【魔法】と呼べる現象を見てはいなかった。


「【魔力】は存在する」


そう言って科学者の一人が、その手に炎を発生させて見せた。


汚物処理の時にスライムを燃やせと言った同僚の言葉を、長一郎は、この時に正しく理解した。


「残念だか長一郎君。その説が正しければ、我々が現世に戻るのは、とても困難になると言わざるを得ない」


長一郎は、己で帰投の道を論破してしまっていたのだ。

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