02 異世界転移
赤と白色を基調とした、洋風宮殿の様な部屋の中に何本かの水路が作られ、髪の長い全裸の若い女性達が半身を浸していた。
髪と同じく金色の睫毛は長く容姿は美しいが、その耳は長く尖り、額には赤い線が縦長に描かれている。
「今回は、どの様な物だ?」
彼女達を見下ろす様な、少し高い場所に豪華な椅子があり、一人の男が脚を組み、片肘を付いて尋ねた。
人間の様だが、女性同様に額に赤いラインをひいている。
水路に半身を浸している女性のうちの一人が、表情すら変えず目を閉じたまま答える。
「大きさ、脈動などから見て、生きている人間だと思われます。場所は山岳地帯でラコル村の近くです。エクド」
「人間?人間なのか?ラコルならば、近くに巡回基地があったな。久々の収穫になるぞ。他の者に奪われない様、至急に奪取しろ」
椅子の主が目配せすると、部屋の隅に立っていた男が、一礼をして姿を消した。
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長一郎は、いきなり地面に叩き付けられた。
かなりの勢いで叩き付けられたのに、思ったほどの痛みは無い。
体感的には五メートル位は落ちた感覚だったのに、骨折も、捻挫もないのだ。
打ち身くらいだろうか?
下手に首や脊髄を打てば、一メートルの高さからでも人間は死ぬのだから。
だが、身体の痛みより、彼に襲い掛かったもので、そんな事に気を回している余裕は無かった。
「いっ、息が出来ない・・・」
空気は有って、吸う事はできるが、全く息苦しさが無くならない。
酸欠。
顔を真っ赤にしながら、浅い呼吸を繰り返すが、次第に思考能力がなくなっていく。
一酸化炭素中毒や高山病の様に、死に至る状態だ。
手や顔と言った、露出した部分がチクチクする。
辺りを見回すと、住み慣れた町は消え、デコボコと岩が目立つ荒野の様な場所だった。
見上げれば、真っ赤な太陽の様な物が輝いている。
既に思考能力は無くなってきている。
気を失う直前に、長一郎が地面に倒れながら見たのは、大きな鳥の様な影だった。
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次に長一郎が目覚めたのは、いく分か硬いベッドの上だった。
傍らでは、白い髭を蓄えた老人が座って本を読んでいる。
化粧か何かなのか、額に縦一文字に引かれた赤いラインが印象的だ。
どうやら、病院ではないらしい事は彼にも直ぐに理解できた。
周りをキョロキョロ見回すと、白い部屋で、無地の白カーテンが幾重にも掛けられている小部屋の様だった。
身体の痛みも無く、息も普通にできる。
「ここは?」
長一郎の声に老人が気が付き、最寄りのテーブルに本を置いて長一郎へと歩み寄ってきた。
「ぐーでらーと」
「えっ?」
老人の発する言葉が聞き取れなかった長一郎は、首を傾げる。
それを見た老人は、懐から細い棒状の物を取り出し、長一郎の首もとへと手を伸ばしてきた。
反射的に首をかばった彼の手に、覚えの無い感覚が有った。
首の周りに巻き付いているソレを引っ張ると、若干の抵抗はあったものの、容易に取ることができたのだった。
「なんだコレ?首輪?」
若干のデコボコはあるものの、ドラマや漫画で奴隷に付けられている【首輪】に似た物が、彼の手には握られていた。
「でらはいど、へくた」
「うっ、うがっ・・・」
老人の慌てる様子と共に、長一郎の身体を、呼吸困難と痛みが再び襲ってきた。
膝の上に首輪を落として、長一郎は痛みに身体を押さえてしまった。
「でらはいど、でらはいど」
老人は、意味不明な言葉を繰返しながら、落ちた首輪を再び長一郎の首にはめた。
途端に苦しみは失せ、長一郎は肩を前後に動かしながら、深呼吸を繰り返した。
「いったい、どうなってるんだ?」
「でらはいど」
依然として言葉は分からないが、身振りからすると、どうやら『動くな』と言う意味らしい。
老人は、長一郎の肩を優しく押さえて、この言葉を繰り返している。
静かになった長一郎を確認すると、老人は再び先の細い棒を取り出して、長一郎の首輪をゴソゴソといじり始めた。
「ぐーでらーと、ぐーでらーと・・・・・」
老人は当初の言葉を繰り返していたが、首輪をいじり始めると、その言葉が違って聞こえ始めたのだ。
「ぐーでらーと、ぐーでらーと、シャローム、グーテンモルゲン、グンモーニング、ニイハオ、お早う、ドーブラエウートラ・・・・」
幾つかの聞いた事のある言葉のうちに、日本語が混ざっていた。
老人は、長一郎の表情を見ながら、細い棒で首輪を調整していたらしい。
「ドーブラエウートラ、お早う、ニイハオ、お早う、お早う、お早う。どうだ?言葉がわかるか?」
『お早う』以外にも、老人の言葉が、わかる様になった。
「あっ、はい。わかります。コレは翻訳機ですか?」
「翻訳と言うよりも、【変換機】だよ。しばらくは付けていないと、ここでは死ぬから注意してくれ」
老人は、長一郎へコップに入った水を手渡すと、飲む様に促した。
ひと息つきながら長一郎が感じたのは、高山病の環境適応の様な症状ではないかという事だった。
高所順応みたいなものだろうと。
その苦しみは、二回も味わってしまったが。
老人は、首輪の様な物を付けていないので、慣れれば外せるのだろう。
先程も、長一郎の腕力で容易く外せたので、拘束する目的ではない事がうかがえる。
「どのくらいの時間で外せるんですか?」
「個人差もあるが、八十年ほどで外せるだろう」
「はっ、八十年?一生?」
「一生?・・・あぁ、そうか。そうだったな」
返事に驚いた長一郎の反応に、老人も驚きを見せたが、直ぐに何かを思い出した様に落ち着きを取り戻した。
「君達の世界では、百歳くらいで長寿なのだったな。久々の来訪者なので失念していたよ」
長一郎の知識でも、人生五十年と吟っていた織田信長の時代に比べたら、八十から百歳位まで生きる現代は、異様な長寿だ。
だが彼は、老人の言葉に違和感を感じた。
助けられたのは確かだろうが、何か違いを感じる。
「【君達の世界】?ここは何処なんですか?」
「その前に、名乗っておこう。儂はマリクアート・グージャス。術師じゃ」
「グージャスさんですね?俺は林長一郎。林が家名で長一郎が個人名です」
老人は、グージャスと言うらしい。
彼は、内ポケットから紙とペンを出すと、名前を記録している様だった。
「で、グージャスさん。ここは何処なんですか?」
「そうだな。君達の世界では、【常世】とか【アストラル界】などと呼ばれている様だが」
「えっ?あの世?俺、死んだんですか?」
「いや、生きているよ。君達の世界の隣にある、別の世界と言う方が分かりやすいかな?」
長一郎の頭に、最近ネットや本で見た言葉が浮かび上がった。
「い、異世界ってかぁ?マジすか?」